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私の日常が平和すぎるのは、周囲の男たち(全員ヤンデレ)が水面下で不可侵条約を結んでいるかららしい  作者: ヒデコ


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第26話:莉緒の本格調査

十二月の第一日曜日。冬の澄み渡る陽光が、南青山の並木道を柔らかく照らしていた。


大通りから一本入った閑静な路地裏に佇む、テラス席を備えたフレンチカフェ『ル・ジャルダン・ヴェール』。白を基調とした洗練された空間には、焼きたてのクロワッサンと芳醇なアールグレイの香りが心地よく漂っていた。


テラスのガラス戸際、日当たりの良い丸テーブルの席で、槇原紬(まきはら つむぎ)は、運ばれてきた三段のアフタヌーンティースタンドを前に、満面の笑みを咲かせていた。


「わあ……っ! 見て莉緒ちゃん、すっごく可愛い! 一番上の段、小さなイチゴのタルトとピスタチオのマカロンが乗ってるよ!」


「ふふ、紬の好きそうなやつばっかり選んだからね。先週の伊豆旅行、お疲れさま。はい、お茶冷めないうちに飲んで」


向かいの席に座る日下部莉緒(くさかべ りお)は、上品にティーカップをソーサーに戻しながら、優雅に微笑んだ。


オフホワイトのタートルネックニットに、エメラルドグリーンのタイトスカート。緩く巻かれた艶やかな黒髪と、外資系人気コスメブランドの敏腕PRらしい完璧なメイクは、道行く人々が思わず振り返るほどの洗練された大人の美しさを放っていた。


大学時代からの親友である紬とは、どんなに仕事が忙しくても月に一度はこうして顔を合わせ、近況を報告し合うのが習慣だった。


「ありがとー! 莉緒ちゃんとお茶するの、本当に癒やされるなあ」


紬は手元のアールグレイを一口すすり、幸せそうに息を吐き出した。


「それでね、莉緒ちゃん! 先週の伊豆の社員旅行、本当に、本当に信じられないくらいすごかったんだよ!」


「へえ、どんなふうに?」


莉緒はフォークでスコーンを取り分けながら、何気ない調子で相槌を打った。


しかし――その長いまつ毛に縁取られた瞳の奥には、わずかな鋭い光が宿っていた。


先月、紬の部屋に泊まりに行った際に目撃した、数々の異様な光景。


個人宅のルーターに仕込まれた米国家安全保障局規格の暗号化プロトコル。


ベランダの外壁に設置されていた軍用赤外線動体センサー。


そして、紬がベランダに出た瞬間だけ音もなくカーテンを動かし、絶対零度の視線を放っていた隣人の元SP・梶原敦志。


あの夜から、莉緒の頭の片隅には、拭い去ることのできない巨大な疑問符が居座り続けていたのだ。


紬はそんな親友の胸の内など露ほども知らず、スコーンにクロテッドクリームをたっぷり塗りながら、楽しそうに話し始めた。


「最初ね、編集部で予約してたのは昔ながらの大衆旅館だったの。でもね、急に配管トラブルで臨時休業になっちゃって……普通なら旅行中止になるところだったんだよ?」


「……配管トラブル。へえ」


「そうなの! そしたらね、社長室と鷹見副社長のご厚意で、グループ最高峰の老舗旅館『翠巒亭』の【全館貸し切り】に変更になったの!」


「……は?」


莉緒の手が、ピタリと止まった。


「……ちょっと待って。今、なんて言った? 翠巒亭?」


「うん! 修善寺にある、創業三百年のすっごく立派な旅館! 一万坪のお庭があって、全室離れ造りでね、お部屋に源泉掛け流しの露天風呂がついてたんだよ!」


「…………」


莉緒の脳内で、急速に電卓が弾かれた。


翠巒亭。外資系ブランドの富裕層向けインバウンドイベントや、政財界のVIP接待で名前が挙がる、日本屈指の超高級迎賓旅館だ。一泊二食で最低でも十五万円、離れであれば三十万から五十万円。


それを、一編集部の社員旅行三十名のために、全館貸し切り?


一泊で数千万円のキャッシュが消し飛ぶ計算になる。そんなものを、ただの「社内レクリエーション」で一存で下ろせる企業など、日本中探しても存在しない。


「……ねえ、紬。それ、誰が決済したの?」


「鷹見副社長だよ! 大型連動企画の成功を労って、社長室特命の福利厚生費で全額会社持ちにしてくれたの! 移動の特急列車もグリーン車が一両丸ごと貸し切りでね、千疋屋のフルーツサンドまで配られたんだよ!」


「…………」


莉緒の背筋に、ツツツ……と微かな悪寒が走った。


だが、紬の「奇跡の報告」は、まだまだ序の口に過ぎなかった。


「それでね、旅館に着いたらもっとびっくりしたの! なんと、副社長秘書の佐伯千冬さんが、本物の仲居頭の着物を着て玄関でお出迎えしてくれたんだよ!」


「……はあ!? 佐伯さんって、あの氷の鉄仮面で有名な、鷹見グループのトップ秘書でしょ!? なんでその人が伊豆の旅館で仲居やってるのよ!?」


「ふふ、社長室からの特命で、最高峰のおもてなしと安全管理を現地で直接統括しに来てくださったんだって! 宴会の時もお給仕してくださって、すごく優しかったよ!」


「……(それ、おもてなしじゃなくて完全に監視と現場統制じゃないの……!?)」


「それにね、渡り廊下を歩いてたら、社内エンジニアの成瀬くんが作業着姿で脚立に乗っててね! 年に一度のネットワーク特別点検ウィークで出張に来てたんだって。旅館のWi-Fiを最新型に直してくれて、すごく頼もしかったなあ」


「……エンジニアの成瀬くん。あの、あんたの部屋のルーターを国家機密仕様にした男の子ね」


「そうそう! あ、それからね、離れのお部屋で荷物を解いてたら、幼馴染のタカちゃんが白衣を着て現れたの!」


カラン。


莉緒の持っていたティースプーンが、カップの縁に当たって甲高い音を立てた。


「……保科先生が? 白衣で?」


「うん! タカちゃんのクリニック、鷹見グループの産業医契約を結んでるから、慰労旅行の【旅館専属嘱託医】として医務室に待機してくれたんだよ! 有給取って来てくれたんだって。おかげで風邪も湯あたりも全然心配なくて、本当に心強かった!」


「……港区南青山のセレブ御用達クリニックの院長が、一企業の社員旅行のために有給取って現地待機……?」


莉緒のこめかみが、ピキピキと痙攣し始めた。


狂っている。完全に、常軌を逸している。


「あ、極め付けはお隣の梶原さん!」


「……梶原敦志もいたの?」


莉緒の声のトーンが、スッと一段下がった。


「うん! 中庭をお散歩してたら、完全装備の黒い警備服を着た梶原さんが竹林から現れてね! 梶原さんの警備会社が、旅館の夜間警備を委託されてたんだって。夜中の竹林もずっとパトロールしてくださっててね。露天風呂に入ってる時、外でパキッて音がしたんだけど、梶原さんがいてくれたから全然怖くなかったんだ〜!」


「…………」


「しかもね、深夜に喉が渇いて自販機に牛乳を買いに行ったら、抜き打ち視察に来てた鷹見副社長とばったり廊下で会っちゃって! 『湯冷めをするから早く寝なさい』って優しく気遣ってくださって……本当に、知ってる人たちがみーんな勢揃いして守ってくれてるみたいで、最高の旅館だったよ!」


紬は両手を胸の前で合わせ、陶酔するように目を細めた。


「私ね、改めて思ったの。うちの会社も、お仕事で関わる人たちも、ご近所さんも、みんな本当に親切で温かい人ばっかりだなって。私って本当に、世界一運が良いんだと思う!」


一点の曇りもない、陽だまりのような純粋な笑顔。


悪意の存在など微塵も疑わず、すべてを「親切」と「幸運」として受け止める無垢な心。


その笑顔を真正面から見つめながら、日下部莉緒の全身の血は、完全に氷点下まで凍りついていた。


◇


(……笑えない)


莉緒は膝の上で、リネンのナプキンを爪が食い込むほど強く握りしめていた。


笑えない。冗談でも、おとぎ話でもない。


これは、ホラーだ。極限まで洗練され、完璧に偽装された、現代のサイコ・サスペンスだ。


莉緒は外資系コスメブランドのPRとして、夜の港区、六本木、西麻布の社交界に日常的に身を置いている。


政財界の大物、IT長者、裏社会に片足を突っ込んだフィクサー、そして彼らに群がる有象無象の人間たち。権謀術数と愛憎が渦巻くその世界で、莉緒は「男が女に執着した時に見せる狂気」を嫌というほど目撃してきた。


だからこそ――紬の語った「楽しい温泉旅行」の裏に隠された、あまりにも異常な構造が、鮮明な輪郭をもって脳裏に浮かび上がっていた。


(点と点が……全部、繋がっていく……)


莉緒は冷めかけた紅茶を一口含み、頭の中でこれまでの「紬の身の回りで起きた奇跡」を猛スピードで整理し始めた。


第一の点。住居。


港区の一等地に建つ、デザイナーズマンションの最上階角部屋。家賃相場はどう低く見積もっても三十万円以上。それを、紬は「オーナーの好意」という名目で、毎月たったの【三万円】で借りている。


第二の点。不可解な神隠し。


紬の周囲で、彼女を不快にさせたり、害を及ぼそうとした人間が、例外なく異常なスピードで社会的に抹殺されている。


満員電車のチカンは物音ひとつ立てずに消去され、


企画会議で怒号を浴びせたパワハラ部長・角田は翌朝九時に懲戒解雇され、


記事に粘着コメントをつけた悪質クレーマーは投稿からわずか三十分で土下座謝罪してアカウントごと消滅。


極め付けは、先週の東都エージェンシーの花形プロデューサー・神崎翔吾だ。業界屈指の権力者だったはずの男が、紬にセクハラまがいの圧力をかけた直後、過去の横領と女性問題の動かぬ証拠を完璧に突きつけられ、地球の裏側――南米チリ支社へと永久左遷された。


第三の点。過剰すぎる供給。


紬が「食べたいな」と呟いた翌日、オフィスに四箱集結したという一日二十個限定の表参道カヌレ。


ゲリラ豪雨のエントランスに、四人の男が同時に四本の高級傘を持って現れたというコントのような光景。


そして――今回の伊豆旅行だ。


一泊数十万円の老舗迎賓館『翠巒亭』を全館貸し切り。


仲居頭に変装した副社長秘書。


電気工として潜入し全監視カメラを掌握したエンジニア。


嘱託医として医務室に張り付いた幼馴染の名医。


夜間警備主任として竹林で不審者を狩り続けた元SPの警備会社社長。


深夜にわざわざ東京から駆けつけ、廊下で紬の浴衣姿を見張っていた大企業の副社長。


(……偶然? 幸運? 日頃の行いが良いから……?)


莉緒は心の中で、激しい嘲笑を吐き捨てた。


(ふざけるな。そんな奇跡が、この世に連続して起きるわけがない!!)


男たちの顔ぶれを、改めて一人ずつ思い浮かべる。


鷹見 征司(29歳):東証プライム上場・鷹見ホールディングス副社長。総帥一族の御曹司であり、政財界に巨大なパイプを持つ冷徹エリート。


成瀬 郁(22歳):社内システムの業務委託エンジニア。だがその実態は、米軍規格の暗号を操り、監視カメラ網を自在に掌握する天才ハッカー。


保科 貴文(28歳):南青山の名医。セレブや政治家も通うクリニックの院長であり、医療界・法曹界に影響力を持つ精神科・心身医学の権威。


梶原 敦志(30歳):要人警護会社社長。元警視庁SPであり、政財界の要人を守る超一流のフィジカルと武闘派部隊を率いる男。


全員が、二十代から三十代前半。


それぞれの業界において、頂点に君臨する超一級のハイスペック男子。


容姿端麗、頭脳明晰、莫大な資産と圧倒的な権力。女性からのアプローチなど、星の数ほどあるはずの男たちだ。


それほどの男たちが――なぜか全員、独身。


浮いた噂のひとつもなく、夜の街で遊ぶこともなく、そのすべての時間と才能とリソースを、たった一人の女性――槇原紬の半径数メートルを守るためだけに注ぎ込んでいる。


(……狂ってる。全員、完全に頭のネジが焼き切れてるわ)


さらに、莉緒の背筋を最も寒からしめたのは、その「異常なまでの規律」だった。


男が四人。しかも全員が、一人の女性に常軌を逸した執着を抱いている。


普通であれば、男同士の嫉妬や独占欲から、血みどろの奪い合いが起きるはずだ。拉致、軟禁、既成事実作り、相手の社会的抹殺――ヤンデレと呼ばれる人種が取るべき行動は、常に独善的で破滅的なはずなのだ。


なのに、彼らは殺し合っていない。


それどころか、職場の安全は副社長、ネットワークはエンジニア、健康管理は医師、物理防衛は元SPと、寸分の隙もなく役割を分担し、驚異的なチームワークで紬の周囲を「無菌室」に保ち続けている。


誰も強引に紬の身体を奪おうとせず、


誰も紬を怯えさせず、


彼女が心から笑っていられる日常を、全員で命がけで維持している。


(……これは、個人の暴走じゃない)


莉緒の喉が、ヒュッと小さく鳴った。


(ゲーム理論だわ。囚人のジレンマを逆転させた、冷酷で完璧な力学。誰か一人が抜け駆けをすれば、残りの三人に即座に殺される……だからこそ、四人が互いを監視し合いながら、手を組まざるを得ない……)


水面下に張り巡らされた、目に見えない巨大な蜘蛛の巣。


その名は――【不可侵条約】。


四人の怪物が、己の狂気と独占欲を抑え込み、たった一つの絶対防衛ライン――「紬に嫌われないこと」「紬の笑顔を守ること」のために結んだ、悪魔の同盟。


そして、その網の中心で。


自分が世界で最も重厚で、最も危険な鳥かごの中に閉じ込められていることすら知らず、無自覚な女神はスコーンを美味しそうに頬張っているのだ。


「ん〜〜っ! このクロテッドクリーム、濃厚ですっごく美味しい! 莉緒ちゃんも食べてみて!」


紬が屈託なく笑いかけてくる。


その無垢な瞳を見つめた瞬間、莉緒の胸の奥で、親友としての激しい感情が爆発した。


愛おしさ。


そして――底知れぬ怒りと、焦燥感。


放っておけるわけがない。


大学時代、誰に対しても真面目で、お人好しで、時に損ばかりしていた紬。そんな彼女の純粋さを、莉緒は誰よりも愛し、大切に思ってきたのだ。


それを、あのハイスペックな狂人たちが、己の歪んだ欲望のために無菌室に閉じ込め、空気の成分すらコントロールしようとしている。


今はまだ、彼女に実害はないかもしれない。彼らの手厚い庇護のもとで、彼女は幸せそうに笑っている。


だが――もし、紬が誰か別の人間に恋をしたら?


もし、紬がこの無菌室から外へ出たいと望んだら?


その時、あの四人の怪物が、一体どんな恐ろしい牙を剥くのか。想像しただけで、心臓が凍りつきそうだった。


「……紬」


莉緒はフォークを置き、真剣な眼差しで親友の目を真っ直ぐに見据えた。


「え? 莉緒ちゃん、どうしたの?」


紬がきょとんとして首をかしげる。


莉緒は低く、しかし凛とした声で、はっきりと告げた。


「あんた……自分がどれだけヤバい『鳥かご』の中にいるか、分かってないでしょ」


「……えっ?」


紬は目を丸くしてパチパチと瞬かせた。


「鳥かご……? 鳥かごって、何のこと?」


「そのままの意味よ。あんたの住んでる部屋も、職場も、人間関係も、今回の旅行も……全部、誰かが計算して作った『檻』の中の出来事だとしたら、あんたはどうする?」


「檻……? うーん……」


紬は小首をひねり、それから吹き出すようにクスリと笑った。


「もう、莉緒ちゃんったら、またサスペンスドラマの観すぎだよ! 檻だなんて、私、毎日自由に好きなところへ行って、美味しいもの食べて、楽しくお仕事してるよ? 誰かに閉じ込められてるなんて感じたこと、一度もないもん」


紬は温かい紅茶のカップを両手で包み込み、優しく微笑んだ。


「副社長も、成瀬くんも、タカちゃんも、梶原さんも……みんな私にすごく親切にしてくれるけど、それは私が一生懸命頑張ってるのを見てくれてるからだと思うんだ。日本の治安が良いのも、みんなが真面目に生きてるからだし……私、本当に恵まれてるんだよ」


「…………」


だめだ。


莉緒は心の中で、静かに悟った。


この天然ポジティブの塊のような少女に、外側から「あんたは監視されている」「周囲の男たちは全員ヤンデレだ」と理屈で説明したところで、何一つ伝わらない。


むしろ、中途半端に告げれば、紬は混乱し、無用に怯え、あるいは「そんなことないよ、みんな良い人だよ!」と男たちを庇ってしまうだろう。


そして――もし莉緒が紬に余計な警告を与えていることが男たちに察知されれば、今度は莉緒自身が「紬の平和を脅かす害虫」として、成瀬にデバイスをハッキングされ、鷹見の法務部に包囲され、梶原に路地裏へ連行されるかもしれない。


(相手は、国家を動かせるレベルの怪物たちよ。生半可な証拠や直感だけで騒いでも、一瞬で握り潰される……)


莉緒はすっと息を整え、唇にいつもの完璧な営業用スマイルを戻した。


「……ふふ、そうね。ごめんごめん、ちょっと最近、仕事で厄介なクライアントに絡まれてて、人間不信気味だったのかも」


「もう、莉緒ちゃん無理しちゃダメだよ? 何かあったら、いつでも私に愚痴ってね!」


「ええ、ありがとう。持つべきものは優しい親友ね」


二人は再びアフタヌーンティーをつまみ、他愛のないコスメの話題や新作映画の感想へと会話を戻していった。


――しかし。


ケーキを口に運びながら、日下部莉緒の瞳の奥には、氷のように冷たく、刃のように鋭い決意が宿っていた。


(絶対に、暴いてやるわ)


莉緒はバッグの中のスマートフォンにそっと触れた。


男たちが裏で繋がっているのなら、必ず「密会」の場が存在するはずだ。


副社長の鷹見、医師の保科、エンジニアの成瀬、元SPの梶原。社会的立場も所属も異なる四人が、顔を合わせ、情報を共有し、条約のルールを擦り合わせるための秘密の拠点。


港区の最高級ホテル。


限られた富裕層しか足を踏み入れることを許されない、完全会員制のシークレットバー。


莉緒には、外資系コスメブランドのPRとして築き上げてきた、夜の港区の太い人脈がある。ハイブランドの重役、芸能関係者、高級ホテルのコンシェルジュ――彼女が本気で情報網を動かせば、辿り着けない場所などない。


(待ってなさいよ、ハイスペック狂人共。……うちの大切な紬を囲い込んで、好き勝手できると思ったら大間違いよ)


冬の柔らかな日差しの下で、無自覚な女神の平和を守るため、もう一つの知性派の防波堤が、静かに動き出そうとしていた。


四人の怪物たちが支配する無菌室の分厚いガラスに、最初の小さな、しかし決定的な亀裂が刻まれる夜は、すぐそこまで迫っていたのである。

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