↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】神様に願ったのは衣食住  作者: あずきまんま
第3幕:季節の試練と、旅立ちの準備

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/48

第29話:木漏れ日亭の鍋パーティー!

夕暮れ時、木漏れ日亭の扉が開くたび、凍えた冒険者たちが肩をすくめながら入ってきた。


「くそ、今日も一日中冷えっぱなしだったぜ……」


「手も足も、感覚がなくなりそうだったよ」


椅子に腰を下ろすなり、震える手で息を吹きかける客の姿があちこちで見られる。


「今日の依頼、街の外れまで行ったんだが、帰り道は本当に応えたよ」


「ああ、俺もだ。防寒着を着込んでも、この寒さにはかなわねえ」


疲れ切った様子でうなだれる冒険者たちを見ながら、琴音が心配そうに眉を寄せた。


「みんな、すごく辛そう……」


「ええ、本当に」


その光景を見て、葵の中である考えが浮かんだ。


「マルタさん、少しご相談が」


厨房にいたマルタに声をかけると、葵は思いついたことを話し始めた。


「先日お出しした特製お鍋、今夜は大鍋で作って、食堂のみなさんに振る舞えないでしょうか」


「おや、あの温まるお鍋かい?」


「はい。今日はいつにも増して冷え込んでいますし、少しでもお客さんの体を温められたらと」


マルタは目を輝かせて頷いた。


「いいねえ、それ! うちの大鍋、好きに使っておくれ」


「ありがとうございます。それじゃあ、早速仕込みますね」







厨房の奥には、大人二人がかりでも抱えきれないほどの大鍋が据えられていた。


普段は具沢山のスープや煮込み料理を大量に仕込む時に使う、木漏れ日亭の要となる調理道具だった。


「わあ、大きい……! これ、どれくらいの量が作れるの?」


「これなら、食堂のみんなの分もきっと足りるはずよ」


葵は市場で仕入れてきた大量の大根、人参、白菜に似た葉野菜、それにたっぷりの肉を用意した。


「琴音、野菜を切るの、手伝ってくれる?」


「もちろん!」


二人並んで、次々と野菜を切り分けていく。


「量が多いから、切るのも一苦労だね」


「ふふ、その分、みんなに喜んでもらえるわ」


大根の山を前に、琴音が額の汗を拭いながらも、楽しそうに包丁を動かし続けた。


「これ、何人分くらいになるのかな」


「食堂に入っているお客さん全員分は、作れると思うわ」


「わあ、それはすごい量だね」


切り分けた野菜が次々と大きな籠に積み上がっていく様子に、二人は顔を見合わせて笑った。


大鍋に水と和風だしをたっぷり注ぎ入れ、火にかける。


「だし、醤油、みりんの割合は、いつもの十三対一対一。量が増えても、この比率は変わらないのよ」


「うん、覚えてる」


ぐつぐつと煮え始めた大鍋から、出汁の香りがふわりと立ちのぼった。


大鍋を混ぜるための大きなお玉は、いつも使っている物より一回り大きく、琴音は両手でしっかりと握りしめていた。


「重いけど、なんだか楽しい」


「ふふ、お祭りの準備みたいね」


木べらでゆっくりとかき混ぜるたび、鍋の底からふわりと湯気が立ちのぼる。


「まずは、火の通りにくい大根と人参から」


大量の野菜が次々と鍋に投入されていく様子を、フィニも興味津々に眺めていた。


『おおきいおなべ……! なんだかワクワクする……!』


「フィニも楽しみにしてるみたい」


「たくさん食べてもらいましょうね」







煮込むこと数十分、大鍋いっぱいに湯気を立てる特製和風鍋が完成した。


「マルタさん、出来ました」


「おお、こいつは壮観だね……! いい匂いだ」


大鍋を覗き込んだマルタが、感嘆の声を漏らす。


大きなお玉で次々と器によそわれた鍋料理が、食堂のテーブルへと運ばれていった。


「お待たせしました。体が温まるお鍋です」


湯気の立つ器を受け取った冒険者が、待ちきれない様子で箸を伸ばす。


「いただきま……うわっ、あっつ……! でも、うまい……!」


「なんだこの温まるスープは……! 体の底から熱が湧いてくる……!」


驚きと感動の入り混じった声が、食堂のあちこちから上がり始めた。


「肉も野菜もとろとろで、味がしっかり染みてる……!」


「こんな美味い鍋、初めて食ったぞ……!」


見覚えのある冒険者が、器を片手に近づいてきた。


「おっ、これはあんたたちの仕業か。この間の煮物といい、あんたたちの料理は本当に凄いな」


「ありがとうございます。少しでも温まっていただけたら嬉しいです」


「十分すぎるくらいだ。体の芯まで熱が回っていくのが分かるよ」


満足げに笑う冒険者の隣で、常連のご婦人も嬉しそうに器を抱えていた。


「こんな寒い日に、こんな温かいお鍋をいただけるなんてねえ。本当にありがたいことだよ」


「お口に合ってよかったです」


葵が微笑むと、ご婦人はしみじみと頷いた。


次々と器を差し出す客たちの様子に、葵と琴音は嬉しさを隠しきれなかった。







食堂は瞬く間に、鍋を囲む人々の熱気と笑顔で満たされていった。


ハフハフと息を吐きながら鍋をかき込む冒険者、目を細めてスープを味わう常連客、隣同士で美味しさを語り合う旅人たち。


「おかわり、まだあるかい?」


「もちろんです、たくさん作りましたから」


葵が笑顔で答えると、あちこちから歓声が上がった。


「琴音ちゃんも、ありがとうな。こんなに美味い鍋、そうそうお目にかかれないぞ」


「えへへ、お母さ……お手伝いしただけです」


慌てて言い直す琴音の様子に、声をかけた冒険者は気にする様子もなく豪快に笑った。


空になった器を次々と下げながら、琴音もおかわりを配って回る。


「はい、おかわりどうぞ」


「おお、悪いね、ありがとう」


フードの中に隠れていたフィニが、小声で満足げな声を漏らした。


『あたちも、おなかいっぱい……!』


「フィニも大満足だって」


琴音がそっと耳打ちするように伝えると、葵も声を潜めて微笑んだ。


「ふふ、良かったわね」


マルタが厨房から出てきて、賑わう食堂を見渡しながら、目を潤ませていた。


「葵ちゃん、本当にありがとうねぇ。こんなに温かい笑顔で満ちた食堂、久しぶりに見たよ」


「マルタさんが大鍋を貸してくださったおかげです」


「いいや、あんたの腕と、みんなを想う気持ちのおかげさ」


しみじみと語るマルタの言葉に、葵の胸も温かさでいっぱいになった。


「これからも、寒い日が続く時は、また作ってくれるかい?」


「もちろんです。材料さえあれば、いつでも」


「ありがたいねえ。あんたたちが来てくれてから、この宿は本当に賑やかになったよ」


マルタは目元を緩めながら、賑わう食堂を眺めた。


厨房の隅では、フィニが空になった小さな器を名残惜しそうに舐めている。


『ごちそうさまでした……! すっごく、おいしかった……!』


律儀にお礼を言うフィニの様子に、傍で聞いていた琴音がくすりと笑った。


「フィニ、律儀にごちそうさまって」


「あら、フィニったら」


微笑ましそうな鳴き声のような音だけが耳に届いたマルタも、つられるように目を細めた。


「精霊様も、気に入ってくれたみたいだねえ」


窓の外では、依然として冷たい風が吹き荒れていた。


けれど木漏れ日亭の中だけは、まるで別世界のように、湯気と笑い声に包まれた温かな夜が続いていた。


食堂の隅では、常連客たちが鍋を囲みながら、今日あった出来事を語り合っている。


「こんな寒い日でも、ここに来れば温かいものが食べられる。本当にありがたい話だよ」


「まったくだ。木漏れ日亭様々だな」


そんな会話が聞こえるたび、葵の胸にじんわりとした達成感が広がっていく。


空いた器を片付けながら、琴音がふと呟いた。


「こんな風に、みんなで温かい時間を分け合えるの、本当に幸せね」


「うん、本当に」


琴音のフードの中で、フィニも満ち足りた様子で小さく身を弾ませていた。


寒波の厳しさに負けない、木漏れ日亭の賑やかな夜は、まだしばらく続きそうだった。


お読みいただきありがとうございました!


面白かったらぜひ【ブックマーク】とページ下の【★★★★★評価】で応援よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。