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【連載版】神様に願ったのは衣食住  作者: あずきまんま
第3幕:季節の試練と、旅立ちの準備

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第28話:物資の停滞と、主婦の知恵袋

寒波が続いて数日、木漏れ日亭の朝食の席でも、その影響が話題に上るようになっていた。


「困ったもんだよ。荷馬車が来ないもんだから、仕入れがままならなくてね」


マルタが野菜の皮を剥きながら、ため息交じりに呟く。


「今日のスープも、いつもより具が少なくて申し訳ないんだけどね」


「いえ、十分美味しいです」


葵はそう答えながらも、マルタの表情に浮かぶ疲労の色が気にかかっていた。


朝食を終えると、葵と琴音は様子を見に市場へ向かうことにした。


「今日も、野菜が少ないわね……」


いつもなら色とりどりの野菜が並ぶはずの露店に、今日はまばらな品物しか置かれていない。


「街道が凍結しちまってさ。他の街から荷馬車が来られないんだよ」


露店の主人が困り顔でぼやいた。


「新鮮な野菜が入ってこないってことですか?」


「ああ。うちも在庫が尽きかけてる。当分は、こんな状態が続きそうだ」


葵と琴音は顔を見合わせた。


「これじゃあ、みなさんの食卓も心配ね……」


市場を歩けば歩くほど、閉まったままの露店や、品薄で寂しい棚が目についた。


「野菜が高くなってる……」


値札を覗き込んだ琴音が、驚いたように声を上げる。


いつもなら手頃な値段で買えていた根菜も、今日は普段の倍近い値がつけられていた。


「品物が少ないと、どうしても値上がりしてしまうものね」


通りすがりの主婦らしき女性たちも、困り顔で立ち話をしていた。


「うちも、明日の献立に困ってるのよ。子どもに何を食べさせようかしら」


「本当にねえ。この寒波、いつまで続くんだか」


そんな会話を耳にするたび、葵の胸は重く沈んでいった。







「あら、葵ちゃんに琴音ちゃん」


聞き覚えのある声に振り返ると、いつもの行商人のおばさんが、こちらに向かって手を振っていた。


けれど、彼女の露店だけは、他とは違う活気に満ちていた。


「わあ……! おばさんのお店、こんなに賑わってるんですか?」


驚く琴音に、おばさんは得意げに胸を張った。


「そうなんだよ。うちは、この寒波でも困らずに済んでるのさ」


露店に並べられていたのは、色鮮やかな生野菜ではなく、丁寧に干された野菜や、瓶詰めにされた酢漬けの数々だった。


「これ、もしかして……」


「そう、あんたに教えてもらった保存の知恵さ」


おばさんは、瓶の一つを手に取って見せた。


「干し野菜も、酢漬けも、日持ちがいいだろう? この冬に備えて、少しずつ蓄えてたんだよ」


棚に並ぶ瓶の中では、色とりどりの野菜が酢に漬けられ、宝石のように輝いて見えた。


その隣には、紐で吊るされた干し野菜の束が、風に揺れてかさかさと音を立てている。


「これだけあれば、しばらくは困らないよ。おかげさまで、お客さんも途切れなくてね」


「すごい……。こんなにたくさん作ってらしたんですね」


感心する琴音に、おばさんは得意げに頷いた。


「あんたに教わってから、暇を見つけては少しずつ作り溜めてたのさ。まさか、こんな時に役立つとは思わなかったけどね」


小瓶を手に取った琴音が、興味深そうに中身を覗き込む。


「これ、何のお野菜ですか?」


「それは大根さ。酢漬けにすると、さっぱりして箸が進むんだよ」


「こっちの干し野菜は、何のお野菜ですか?」


「それはにんじんだよ。乾かすと、甘みがぎゅっと凝縮されるんだ」


琴音が興味深そうに一つ手に取ると、おばさんは気前よく差し出した。


「味見してみるかい?」


「いいんですか? ……わあ、本当だ。甘みが濃くて美味しい」


目を輝かせる琴音の様子に、おばさんも嬉しそうに目を細めた。


「わあ……。あの時の知恵が、こんな風に役立つなんて」


葵は思わず目を潤ませた。


かつて困っていたおばさんに、前世で培った主婦の知恵を分けたのは、ほんの小さな親切のつもりだった。


それが今、街の食卓を支える力になっている。







「実はね、うちの品を見た他の露店の人たちからも、作り方を教えてくれって頼まれちまってさ」


「そうなんですか?」


「ああ。この寒波のおかげで、保存食の有難みが、身にしみて分かったんだろうねえ」


おばさんは笑いながら、近くの露店の主人を手招きした。


「おーい、こっちこっち。この子が、あの保存の知恵を教えてくれた子だよ」


「え……」


戸惑う葵の前に、数人の露店の主人たちが集まってくる。


「本当かい? ぜひ、うちにもコツを教えてほしいんだが」


「うちも頼むよ。この寒さじゃ、いつ荷馬車が来るか分からないからねえ」


口々に頼み込まれ、葵は驚きながらも、嬉しさがこみ上げてくるのを感じた。


「わ、私でよければ……。難しいことじゃないので、ぜひ」


「ありがとうよ、本当に助かる」


「琴音、手伝ってくれる?」


「もちろん!」


その場で急遽、簡易的な保存食講座が始まることになった。


「この寒さだと、外で干すのは難しいと思うので、窓辺の日当たりのいい場所で、室内干しをおすすめします。凍らせてしまうと、傷んでしまうので」


「なるほど、外じゃなくて中でかい」


「はい。それと、酢と水を同じくらいの割合で合わせて、少し塩と砂糖を加えれば、こちらは寒さに関係なく、簡単な酢漬けも作れますよ」


葵の説明に、露店の主人たちは真剣な面持ちでメモを取っていた。


「厚さは、これくらいでいいのかい?」


一人が手元の大根を切りながら尋ねると、葵はその断面を覗き込んだ。


「もう少し薄い方が、早く乾きますよ。こんな感じで」


葵が実際に包丁を握り、薄く均一に切り分けてみせると、感嘆の声が上がった。


「おお、本当だ。慣れてるねえ」


「切り方一つで、乾く速さも変わってくるんです」


「琴音、こっちも手伝ってくれる?」


「うん!」


琴音も別の主人の手元を覗き込み、切り方のコツを丁寧に教えていく。


「野菜によって、干す時間も少し違うんですよ。根菜は数日、葉物はもっと短くて大丈夫です」


「なるほどねえ、うちでも早速試してみるよ」


「困った時はお互い様ですもの」


葵の言葉に、集まった人々から温かい笑みがこぼれた。







一通りの説明を終えると、おばさんが改めて葵の手を取った。


「本当にありがとうね、葵さん。あんたに教えてもらった保存野菜のおかげで、この寒波でも店を開けられるよ」


「そんな、大したことじゃ……」


「いいや、大したことさ。この時期、荷馬車が来られなくて、店を畳まざるを得ない露店だってあるんだよ。うちがこうして開けられてるのは、間違いなくあんたのおかげだ」


しみじみと語るおばさんの目には、うっすらと涙が滲んでいた。


「うちの子どもたちにも、ちゃんとご飯を食べさせてやれる。それがどれだけありがたいことか」


その言葉に、葵の胸もじんとした温かさで満たされていく。


「困った時はお互い様ですから。また何かあれば、いつでも声をかけてくださいね」


「ああ、ありがとうね」


温かい笑顔に見送られ、葵と琴音は市場を後にした。







人通りの少ない道に差し掛かったところで、琴音がようやく口を開いた。


「お母さん、すごいね。前の世界での知恵が、こんな風にみんなを助けてるなんて」


隣を歩く琴音の言葉に、葵はくすぐったそうに微笑んだ。


前世では、家族のためだけに培ってきた小さな知恵。


それが今、見知らぬ異世界で、こんなにも多くの人の役に立っている。


「ふふ、琴音が手伝ってくれるから、こうして伝えられるのよ」


フードの中でずっと大人しくしていたフィニが、ひょこりと顔を出した。


『あたちも、なにかおてつだいしたかったな……』


「フィニも、何か手伝いたかったって」


「ふふ、フィニには、また今度お願いするわね。今日は市場の中だったから、大人しくしていてくれてありがとう」


『うん……! こんど、がんばる……!』


やる気に満ちたフィニの様子に、琴音がくすくすと笑いをこぼした。


「これからも、困っている人がいたら、力になれたらいいわね」


「うん。お母さんと一緒なら、きっと何でもできる気がする」


寒風の吹きすさぶ帰り道、活気を取り戻した市場の様子を思い返しながら、葵は静かな充実感に包まれていた。


二人の頭上には、相変わらず冷たい風が吹いていたけれど、その心はどこまでも温かかった。


お読みいただきありがとうございました!


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