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【連載版】神様に願ったのは衣食住  作者: あずきまんま
第1幕:異世界への第一歩と『衣食住』の確保

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第12話:木漏れ日亭の特製夕食と第1幕の結び

窓の外に広がる空は、抜けるように青く澄み渡っていた。


アロマソイルの納品を終えた日の午後、葵はふとマルタに切り出した。


「マルタさん、また少しだけ厨房をお借りできませんか? 採ってきたハーブを使って、何か作ってみたくて」


「またかい? もちろん構わないよ。今度は何を作ってくれるんだい?」


「今日はお肉料理と、汁物を」


マルタは楽しみにしている様子で頷き、厨房の使用を快く許してくれた。


思えば、この街に来たばかりの頃は、慣れない環境に戸惑うことばかりだった。


今ではこうして厨房を借りることも、街の人たちと打ち解けることも、すっかり当たり前になっている。


その変化がなんだか感慨深く、葵は小さく息をついた。







客足がまだ落ち着いている午後のうちに、葵と琴音は厨房に立った。


もう何度目になるかわからないこの厨房も、すっかり勝手知ったる場所になっている。


調理台には、丁寧に刻んだ玉ねぎと、市場で選んだ挽き肉、そしてアロマソイルの葉が並んでいる。


窓から差し込む午後の光が、湯気の向こうでやわらかく揺れていた。


「今日はハンバーグにしましょう。あとは、具だくさんのお味噌汁も作りたいわ」


「わあ、ハンバーグ! 楽しみ!」


まず玉ねぎをじっくり炒めて甘みを引き出し、粗熱を取ってから挽き肉に加える。


そこへパン粉代わりに硬くなったパンを砕いたもの、卵を入れてよく捏ねた。


「玉ねぎは炒めておくと、甘みが出て肉の臭みも和らぐのよ」


前世で幾度となく繰り返した手順が、体に染み付いている。


「アロマソイルは、こう細かく刻んで混ぜ込むの」


刻んだ葉を混ぜ込むと、生地からふわりと爽やかな香りが立ちのぼった。


「わあ、いい匂い……!」


『あたちも、まぜまぜてつだうー!』


「フィニも、混ぜるの手伝いたいって」


琴音が伝えると、葵は微笑みながら小さなボウルを手渡した。


『まかせて!』


小さな手で懸命に生地をこねる真似をするフィニに、琴音がくすくすと笑いをこぼす。


しっかり捏ねた生地を小判形に成形し、真ん中を軽くくぼませてフライパンに並べる。


じゅうっという音とともに、香ばしい匂いが厨房に広がった。


「こうして真ん中をへこませておくと、中まで均一に火が通りやすいの」


両面にしっかり焼き色をつけたら、蓋をして弱火でじっくりと蒸し焼きにする。


「あとはこのまま、しばらく待つだけよ」


大根はきめ細かくすりおろし、軽く水気を切っておく。


無限醤油とみりん、少量の和風だしを合わせ、すりおろした大根を加えてひと煮立ちさせる。


とろりとした和風のたれが、焼き上がったハンバーグの上でつやつやと輝いた。


仕上げに刻んだアロマソイルの葉を少し散らすと、爽やかな香りが肉の匂いにふわりと重なる。


大根おろしをたっぷりのせた皿は、彩りも鮮やかで、我ながら上出来の仕上がりだった。


その間に、琴音は味噌汁の下ごしらえを進めていた。


「大根と人参、それにキャベツも入れましょうか」


「うん、具だくさんにしよう!」


琴音は手際よく大根と人参を薄めのいちょう切りにし、キャベツはひと口大にざく切りにしていく。


その手つきも、最初の頃に比べればずいぶん様になっていた。


和風だしをたっぷり張った鍋に、根菜を入れて火にかける。


野菜に火が通ったところで、無限味噌を溶き入れると、ふわりと懐かしい香りが立った。


「わあ、お味噌の匂い……」


琴音が目を細めながら鍋を覗き込む。


その匂いに誘われて、フィニがふらふらと鍋の方へ寄っていった。


『これ、なんのにおい……?』


顔を近づけすぎたフィニの鼻先に、ふわりと湯気がかかる。


『わぷっ……くすぐったい……!』


思わずくしゃみをしたフィニの鼻先に、味噌の香りがついたのか、しきりに小さな手でこすっている。


その様子がおかしくて、琴音は思わず吹き出してしまった。


「フィニ、味噌の匂いがお気に入りみたい」


『あたち、これすき……』


くしゃみをしながらもまだ鍋の傍を離れないフィニに、葵まで思わず笑ってしまう。


具材にしっかり火が通ったところで火を止め、彩りに刻んだ青ネギを散らすと、湯気とともに食欲をそそる香りが立ちのぼった。


仕上げに刻んだアロマソイルを少し散らすと、爽やかな香りが味噌の風味を引き立てた。


「よし、両方ともできたわ」


湯気の立つハンバーグの皿と、具だくさんの味噌汁の鍋を手に、二人は食堂へと向かった。







「マルタさん、できました」


「待ってたよ!」


マルタはまず味噌汁を器によそってひと口すすると、目を大きく見開いた。


「……これは、うまい! このお味噌汁というスープ、体に染み渡るねぇ……!」


続けてハンバーグに箸を伸ばし、ひと切れ頬張った瞬間、驚いたように声を上げた。


「んん~っ! 大根おろしのたれと、このお肉、最高の組み合わせだよ!」


「お口に合ってよかったです」


葵が微笑むと、マルタは何度も頷きながら食べ進めた。


「それにしても、この爽やかな香りは何なんだい? お肉の匂いなのに、後味がすっきりしてるねぇ」


「実は、少し前に依頼で採ってきたハーブを使っているんです」


「へえぇ、あの調薬師組合が欲しがってたってやつかい。道理で良い香りがすると思ったよ」


納得したように頷くマルタに、琴音が誇らしげに笑う。


「フィニが匂いで見つけてくれたんですよ」


『えへへ……』


フードの中から漏れ聞こえた照れ笑いに、マルタは目を細めた。


「精霊様々だねぇ」


その時、食堂の扉が開き、見覚えのある眼鏡の男性が姿を見せた。


ギルドでいつもお世話になっている職員だった。


「あら、こんな時間にどうされたんですか?」


「仕事帰りに、たまにはここで食事をと思いまして。……おや、良い匂いがしますね」


マルタに勧められるまま席についた職員は、運ばれてきたハンバーグと味噌汁にすっかり舌鼓を打った。


「これは……採集の腕だけでなく、料理の腕も一流でいらっしゃる」


眼鏡を押し上げながら、職員はしみじみと味わうように箸を進めた。


「お二人がこの街に来られてから、ギルドの雰囲気も少し明るくなった気がしますよ」


思いがけない言葉に、葵は少し照れくさくなって頬を緩めた。


こんな場所で顔を合わせるとは思わず、葵と琴音は互いに顔を見合わせて笑ってしまった。


食事を終えたマルタが、満足そうに息をつく。


「今日はまた一段と、体の芯まで満たされる料理だったよ。ありがとうね」


その言葉に、葵は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。


空になった食器を片付けながら、琴音がぽつりと呟く。


「木漏れ日亭に来てから、ずっとこんな風にみんなで囲む食卓だったね」


「そうね。前世では、こんな風に誰かと食卓を囲むこと自体、少なくなっていたのに」


窓の外はすっかり日が落ち、通りに並んだ灯りが柔らかく揺れていた。







夜、自室に戻った葵と琴音は、ふかふかのベッドに並んで横になった。


窓の外では、グランベルの街灯りが静かに瞬いている。


「お母さん」


「なあに?」


「私たち、ちゃんと異世界でやっていけてるね」


ぽつりとこぼれた言葉に、葵は隣を見やって微笑んだ。


思えば、右も左もわからないままこの世界に降り立った日から、ずいぶん遠くまで来たものだと思う。


見知らぬ土地で目を覚まし、若返った自分の姿に戸惑い、寄る辺のない不安を抱えながら歩き出したあの日。


宿を見つけ、仕事を得て、フィニという大切な家族が増え、街の人たちとの繋がりも少しずつ広がってきた。


薬草の採集も、依頼の受け方も、最初は戸惑うことばかりだったけれど、今ではすっかり日常の一部になっている。


ギルドの職員やマルタ、市場の行商人たちとの何気ないやり取りも、今では大切な日々の彩りだった。


目を閉じると、これまでの日々が次々と胸に浮かんでは消えていく。


若返った体に戸惑いながら見上げた青空、初めてくぐったグランベルの門、緊張しながら受けたギルドの適性鑑定。


草むらでSOSを聞きつけ、トゲに絡まったフィニを助けた瞬間の琴音の真剣な顔。


名付けたばかりのフィニと分け合った、森でのささやかな昼食。


数えきれないほどの採集依頼、マルタの温かい笑顔、そして今日のような賑やかな食卓。


どの記憶も、色褪せることなく胸の奥で輝いている。


「大変なことも色々あったけど、振り返ってみると、あっという間だった気がするわ」


「うん。フィニと会えたのも、マルタさんと出会えたのも、全部この街に来たからだもんね」


琴音の言葉に、葵は静かに頷いた。


「ええ、琴音。これからもっと素敵な毎日にしましょうね」


「うん……! もっと色んな依頼に挑戦したいし、フィニと一緒にまだ行ったことのない場所にも行ってみたいな」


「ふふ、楽しみが増えるわね」


「うん! お母さんと一緒なら、なんでも楽しくなる気がする」


屈託のない笑顔でそう言う琴音に、葵の胸は温かいもので満たされた。


その時、丸まって眠っていたフィニが、寝ぼけたように小さく身じろぎした。


『……んぅ、しあわせ……』


小さな寝言に、二人は思わず顔を見合わせて笑ってしまう。


窓辺から差し込む月明かりが、穏やかな三人の寝顔をやさしく照らしていた。


前世では、仕事と家事に追われる毎日の中で、明日への不安を抱えながら眠りにつくことも少なくなかった。


けれど今は、隣で娘がすやすやと眠り、足元では小さな精霊が幸せそうな寝言を漏らしている。


過酷なはずの異世界での日々は、今や葵にとってかけがえのない、大切な居場所になっていた。


言葉も文化も違うこの世界で、それでも自分たちらしく生きていける場所を、少しずつ築き上げてきた実感がある。


(これからも、この子と一緒なら、きっと大丈夫)


静かな夜の中、葵はそっと目を閉じた。


隣で寝息を立て始めた琴音の温もりを感じながら、葵もまた安らかな眠りへと落ちていく。


こうして、慣れない異世界での第一歩を、二人と一匹はしっかりと踏み出したのだった。


ここで第一章が終わりとなりました。

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!


次からは、第二章が始まります。

これからも、よろしくお願いいたします!


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