悪女は踊る
「一緒に踊っていただけますか?」
柔らかく微笑みながら差し出された手を見つめる。
正直、踊れる気がしない。現世でもダンスなんて体育祭のフォークダンスくらいしか記憶にない。けれど、身体は不思議と焦っていなかった。
私は軽く息を整えると、その手へ自分の手を重ねた。
「喜んで」
ジュラは嬉しそうに目を細めると、そのまま中央へと私を連れて行った。周囲の貴族達が自然と道を開け、視線が集まる。
王太子とその婚約者。注目されない訳がなかった。音楽に合わせて足を動かしていく。不思議だった、頭では分からないのに、身体は自然に動くこの感覚。
ジュラのリードが上手いのか、想像していたよりずっと滑らかだった。
「……上手ですわね」
思わず小さく零すと、ジュラは少し笑った。
「それは嬉しいな」
そう言うと、私の腰へ添えた手を僅かに動かし、自然と次の動きへ導いていく。
躓きそうになる事もなく、気付けば音楽に合わせて踊れていた。
やっぱりこの王太子、思ったよりすごい人かもしれない。
ジュラは私を見ながら口を開いた。
「シャルも綺麗に踊れている」
私は少し驚くとジュラは、少し楽しそうに続けた。
「今日は静かなんだな」
その言葉に少しだけ目を瞬いた。意味を考える前に、周囲の声が耳に入る。
「珍しいですわね」
「今日は何も仰らないのかしら」
「騒ぎを起こさないと良いけれど……」
「殿下も何故あの方を……」
声は小さいけれど聞こえるように話している。私は少しだけ視線を伏せながら、あぁそういうこと。
シャルロッテは嫌われている。実際こうして間近で陰口を叩かれると余計に感じる。
ジュラは少しこちらへ顔を寄せた。
「今日は反論されないのですね」
耳元で少し意地悪そうに笑いながら囁いた。本物のシャルロッテなら、ここで噛み付いていたんだろう。
私は少し考えた。このまま反論しても変わらない。そんな息苦しい雰囲気に、この身体が可哀想に思えた。
短い沈黙の後、私はジュラを見る。
「……私は、この国の王太子様の婚約者ですので」
ジュラが目を見開いたが、私は気にせずに続けた。
「私が何かを言えば、殿下の評判にも関わりますわ。婚約者として、恥ずかしい振る舞いは控えようかと」
言い終わった瞬間、ジュラは一瞬黙ったが、自然とふっと笑った。少し驚いたような、でも嬉しそうな顔だった。
「……流石、私のシャルだ」
私は思わず笑ってしまう。
「褒めても何も出ませんわ」
ジュラも笑った。そのまま最後の旋律に合わせて一礼すると、周囲から控えめな拍手が起こった。
私は軽く礼を返した。すると、一人の近衛が近寄って来て、ジュラへ耳打ちする。ジュラは少し眉を下げると、私へ向き直った。
「父上に呼ばれてしまった」
「少し席を外す」
そう申し訳なさそうな顔をしながら手を離した後、こちらを見た。
「すぐ戻るよ」
私は軽く頷いた。
「行ってらっしゃいませ」
ジュラは少しだけ私を見つめた後、王の元へ向かって歩いて行った。その背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。ここからどう行動しようか。




