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悪女夜会へ

 「シャル」


 柔らかく、親しげな声で名前を呼ばれるのと同時に、目の前へすっと手が差し出された。


 その愛称で私を呼ぶ相手なんて一人しかいない。シャルロッテの婚約者であり、この国の皇太子のジュラデュースだ。


 「……ジュラ、ありがとうございます」


 自然と言葉が口から出る。私の意思というより、身体に残るシャルロッテの記憶だった。


 差し出された手へそっと自分の手を重ねると、ジュラは優しく手を引き、そのままエスコートするように馬車から降ろした。


 「今日も俺の婚約者様はとてもお綺麗だ」


 金色の髪を揺らしながら、爽やかな笑顔を向けてくる。想像していた王族はもっと冷たい人だと思っていたが、思った以上に好青年で、私は軽く微笑み返した。


 「ありがとうございます」


 そう答えると、ジュラは少し驚いた表情をしたが、満足そうに目を細めた。そのまま手を引かれ王宮へ足を踏み入れると、既にパーティーは始まっているようだった。


 豪華なシャンデリア、オーケストラの生演奏、煌びやかなドレスに身を包んだ貴族達。

 広い会場には多くの人が集まり、華やかな空気に包まれていた。


 そして、ジュラデュース王太子と、その婚約者であるシャルロッテが入場した瞬間。自然と人々の視線がこちらへ集まると、あちこちから声が飛ぶ。


 「殿下!こちらへ」

 「先日の件ですが」


 彼は慣れた様子でその声に応じていて、誰に対しても自然な笑顔で、彼の周りに人が集まる理由が分かった。


 だから余計に感じた。そんな彼を毒殺しようとする人間が、この会場にいる。

 そう考えると、周囲を観察した方がいい気がした私は、ジュラへ顔を向ける。


 「ジュラ、私はあちらにおりますので、皆様とお話してきてください」


 彼は少し申し訳なさそうな顔をした。


 「すまないな、シャル。後で迎えに行く」

そう言って、ゆっくり手を離す。


 ジュラが官僚や貴族達の輪へ入っていくのを軽く手を振りながら見送ると、私は会場を見回した。

 人の集まり方を見る限り、派閥や立場ごとに自然とまとまっているようだった。一人で周囲を観察していると。


 「あら、シャルロッテ様ではありませんか」


 振り返ると、豪華なドレスに身を包んだ可愛らしい女性が立っていた。後ろには三人ほど連れている。シャルロッテの記憶が自然に名前を教えてくれた。私は微笑見ながら返した。


 「あら、シンラ様。ご機嫌よう」


 シンラは柔らかく笑った。


 「本日はお会い出来て嬉しいですわ。お召し物もとても素敵ですもの」


 すると後ろの女性達が続けた。


 「シャルロッテ様は、いつ見ても堂々としていらっしゃいますものね」

 「殿下のお隣に立てる方は、やはり違いますわ」

 「……少し近寄り難いくらいに」


 最後だけ、少しだけ空気が止まる。でも褒め言葉に見せた距離感を感じる嫌味の様なものだろうか。私は笑顔を崩さず返した。


 「ありがとうございます。皆様も今日はとても華やかですわ」


 シンラは少し困ったように笑う。


 「もう、その言い方では誤解されますわよ」

取り巻き達は慌てて頭を下げた。


 「失礼いたしました」

 シンラは話を切り替えるようにジュラへ視線を向けた。


 「ですが、殿下と並ばれるお姿は本当に絵になりますわね」

私は答える。


 「ありがとうございます。私も婚約者として名に恥じぬよう努めたいと思っております」


 シンラは微笑む。


 「楽しみにしておりますわ」


 

 そう言うと、三人を連れて離れていった。その直後に近くにいた王宮のメイドが近づいてくる。トレーに乗せたワイングラスを持っていた。


 「シャルロッテ様、いかがでしょうか」


 ワインを一つ差し出される。その瞬間、すっと目の前へ手が伸びた。


 「すまない」


 遮ったのは、いつの間にか戻って来ていたジュラだった。彼は穏やかに笑う。


 「彼女はアルコールが苦手なんだ」


 メイドは少し驚いた顔をした後、頭を下げる。


 「失礼いたしました」

 そう言って離れていった。


 シャルロッテはアルコールが苦手なのか、助かった。ジュラは不思議そうにこちらを見ながら、私へ手を差し出した。


 「シャル」


 柔らかく微笑む。


 「一緒に踊っていただけますか?」

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