猫の国からの伯爵への接触
次の朝、すっかり寝不足で、ぼうっとしていたら、侍女のルルにどうかしたのかと聞かれてしまった。そして朝食の時、お皿に顔を突っ込みそうになって、お父様にもどうしたのかと聞かれた。
眠れなくてずっと起きていたので、眠いのだと言い訳したら、なんだかおかしいと言って、じっと見つめる。
叱られるから黙っておこうと思ったのに、二人共ちっとも納得してくれず、結局昨夜の事を話してしまった。
「黙ってお出かけしてごめんなさい」
「どこで誰と、どんなことをしたのか、話してごらん」
お父様が優しく聞いてくれたので、私はホッとした。怒られなくて済みそうだ。
それで、昨夜のことを全て話した。迎えが来て猫の国の会議に出たこと、そこで貴族猫として登録されたこと、服を着たように見せる変身は実演して見せた。
それから、貴族猫の一般常識を勉強しなくてはいけない、と言われたことこも。
「旦那様、どうしましょう」
ルルが心配そうな顔をしている。お父様も心配そうだ。
「一人で大人に囲まれて、怖くはなかったかい」
「怖くないよ。だって同族だもの」
「この次はいつ行くの?」
「わからない。必要があれば、また使者が来ると思うわ」
「今度使者が来たらお話をしたいから、私を呼んでくれるかな」
夜中でもいいのと聞いたら、いつでもいいとお父様は言う。
それから三日後の夜、茶色と黒の使者コンビがやって来た時、私はすぐにベッドから起き上がった。
「お父様を呼んでくるから少し待っててね」
部屋から出ようとしたら、パーシーが袖を掴んだ。
「お父さんに話してしまったの?」
「うん。でも、怒られなかったよ。それで、今度使者が来たら、話したいから呼びに来てくれって言われたの」
「話がしたいって? 宰相様も一度話をしないといけないって言ってたけど。僕たちはただの使者で、重要な事を話す権限が無いから、宰相様にどうするか聞いてからでないと駄目だろうな」
「わかった。じゃあ宰相様に聞いてからね。ところで、今日はどんな御用なの?」
「これからの予定を届けに来たんだ。貴族猫の常識の勉強と、猫の国の会議の予定表だよ」
そう言って、二枚の紙を渡してくれた。一枚は授業の予定表のようだ。結構ぎっしり詰まっている。
猫の国の会議は三か月に一度で、各家から一名。私の場合一人なので、毎回自分が出るしかない。
「ねえ、私、人間のレディ教育も受けているの。これだと被ってしまって、大変なのだけど。やっぱり授業のスケジュールについて、お父様と相談してもらえない?」
そして結局、お父様をこの場に呼んで、挨拶と説明だけすることに決まった。
私が呼びに行くと、お父様はルルも呼んで、一緒にすぐ来てくれた。
「今晩は。私はこの子の父親でクレイグ・ノーザンだ。君たちが猫の国の使者なのかい?」
「初めましてノーザン伯爵。私はパーシー、彼はビリーです。ミーア嬢宛の使者を務めております」
「今日はスケジュール表を持って来てくれたと聞いたが」
「ええ、ミーア嬢は貴族猫としての教育を受けねばなりません。人間界で問題なく暮らすために必要なカリキュラムです」
「君たちも、人間界に溶け込んで暮らしているのかい?」
「詳しいことは、もっと上の立場の者とお話しください。本来、人間に対して貴族猫の存在を明かすことは、禁止されているのです。ミーア嬢の存在は、猫の国始まって以来の、例外中の例外なのです」
ああ、と言ってお父様が頷く。猫の国側も戸惑っているのだと、すぐに状況を把握したようだ。
パーシー達も、お父様の様子を観察しているようだ。猫の観察モードに入っている。
彼らはスケジュール表の内容をざっと説明してくれた。宰相との会議は、日程が決まったら手紙で連絡すると言う。
挨拶をしてパーシー達が文字通り姿を消した後、お父様とルルは、魔法って本当にあるのですね、と言い合って興奮している。
その三日後に、宰相からの手紙が届いた。
『 明後日の午後三時に、ミーア嬢と共に宮殿においでいただきたい。
今までの事、今後の事、それからミーア嬢の身の振り方についての相談をしたい。それから、猫の国について秘密を守る誓約を結んで欲しい 』
お父様はそれを承諾し、二人で宮殿に出向くと返信した。
当日、支度をして待っている二人の前に、パーシーとビリーが現れ、魔法陣を使って王宮へ運んでくれた。
前回と同じ会議室には、宰相と三人の男性が待っていた。
「初めまして。ようこそ猫の国に」
宰相は話し合いに先立ち、ノーザン伯爵の覚悟を確認したいと言う。
万に一つだが、もしミーアが猫だと公にされた場合、猫の国の秘密を守り、彼女を無事に逃がすことを約束するか、と厳かに問う。
お父様は即答した。
「ミーアが無事に幸せに生きていけるよう、全力を尽くす」
宰相はその覚悟を本気だと判断した。猫の直感は鋭い。特に何の情も感じていない相手に対しては、正確な判断ができる。
「では、会議を始めましょう。その最後に、猫の国に関する事を、一切他人に伝える事が出来なくなる魔法制約を、交わしていただきます。よろしいですか?」
「承知しました」
お父様は一切迷わずにそう答えた。