貴族猫の登録
浮かれているのが様子に表れていたようで、ルルに「今日はウキウキしていますね」と言われた。
そう、ものすごく楽しみ。歩いていても、すぐジャンプしてしまう。
バレエの先生が、「今日のミーア嬢は羽が生えているようですわ」と感激していた。
夜ベッドに入るとお父様がやって来て、私の頭を撫でて「お休み」と言った。私も「お休みなさい」と言って寝るふりをする。
気が付くと、また頬をぷにぷにされていて、私はまたその前足をガシッと掴んだ。
茶色いスーツのお兄さんが、「起きてね」と言った。
黒いスーツのお兄さんは、「離してくれ」と言った。
「今日は掴まれる前に逃げようと思ったのに。君、寝ているのに手が早いね」
「さあ、行こうか。今日は王宮の特別な魔法陣を借りて来たんだ」
そう言って丸いシートを床に広げる。
これは王宮の秘密エリアに繋がるドアのようなものだそうだ。
「秘密エリアでないところはいつも行けるの?」
「それも手続きが済んでから、少しずつ教えますね。じゃあ、真ん中に立ってください。僕達が両横に立って手を握るから、声を出さず、目を瞑っていてくださいね」
言う通りにしたら、すぐに体がヒュンッとなるような、変な感じがした。
「もう目を開けてもいいですよ」
そう言われて目を開けると、どこかの建物の中にいた。
匂いに覚えがある。
ここは王宮だ。
長い廊下を三人で歩き、大きな両開きの扉の前で立ち止まると、茶色いスーツのお兄さんがドアをノックした。
「どうぞ、入って」
ガチャリ、と重い音がしてドアが開いた。広い部屋の中には、大人がたくさんいる。
真ん中に大きなテーブルがあり、その周りに十数人が座っている。壁際に置かれた椅子には人がぎっしりと座っていた。皆、同族だ。
一番奥に座っているひげの男の人が声をかけて来た。猫の姿で過ごすようにと教えた大人だ。
彼は、今日の議長だと自己紹介した。
「元捨てられ猫姫で、今はミーア・ノーザン伯爵令嬢ですね。合っていますか?」
皆が私を見ていた。選別式の時のようだった。
「そうです。元捨てられ猫姫で、今はミーアです。それで、ノーザン伯爵の養女になってミーア・ノーザンになりました」
「ミーアという名前はいつ付けてもらったのですか」
「捨てられた日に出会ったおじいさんが、その日に付けてくれました」
「その後、人間の姿で暮らしていたのですか? 猫の姿で暮らすよう言われていたのに?」
ちょっと咎めるような物言いにムッと来たので、思ったままを言った。
「おじいさんが服を買ってくれたの。人間の子供は裸で人前に出ないから、猫で居ろと言ったでしょ。服を着たから人間でもいいの。それに猫になると、また服を着ないといけないので、面倒だから人間のままでいたのよ」
ざわざわと貴族猫たちが話をし始めた。
「うちの子もそうよ。面倒なのよね。気まぐれに猫になると、その度に着替えさせないといけなくって」という話が耳に入った。
「静粛に」
皆が静まると、議長が厳かに言った。
「完全に貴族猫だ。疑う余地はない」
他の大人たちも頷いている。
「ミーア嬢を正式に貴族猫と認め、ここに登録する。特殊な例として、人間界の名であるミーア・ノーザンとして登録する。では登録にかかろう。書記、今までの話と、人間形体の姿を書き留めたか?」
「はい。確かに」
「では、猫姿の登録に移る。ミーア嬢、猫の姿になってもらえるかな?」
猫になったら、人間に戻るときには裸だ。もうすぐ八歳の私には羞恥心が芽生えていた。
「ドレスを別室に運びますから安心して」
茶色いスーツのお兄さんはすぐに気付いたようで、そう言ってくれた。
それで安心して猫になると、部屋の中が急にざわついた。
議長が叫んだ。
「ブルーじゃないか。王女より濃いぞ。そんな報告は上がってきていない。調査員!」
呼ばれて立ち上がったのが調査員なのだろう。慌てて弁明を始めた。
「あの時は窓の外の木の上から見ただけで、部屋の中は薄暗かったから、グレーの猫にしか見えなかったのです。こんなに青いなんて気が付きませんよ」
私にはその騒ぎの理由がわからなかった。
ブルーが濃いほど魔力が強いという話を思い出したが、それが何だと言うのだろう。
「ミーア嬢。選別式の日、あなたは淡いグレーの毛色だったはずだ。いつの間に、こんなに青くなったのですか?」
「う~ん。体の成長と共に少し濃くなる感じかしら。毎日見ているから、あまり気にしたことは無かったけど、侍女のルルがそう言ってたわ」
現在の私はグレーがかったブルーの毛色をしている。この姿で家の外に出たら攫われるから、外で猫になっては駄目だと言われている。ブルーの猫は珍しいのだろうか。
女王も王女もブルー系の毛色だから、あまり気にしたことが無かった。
「ブルーだと何か問題でもあるの?」
私の問いかけに、議長は俯いてしばらく考え込んでいたが、ゆっくりと顔を上げた。
「無い。いや、今までに無い、としか言いようが無い。とにかく書記は書き留めろ。そして皆静粛に。今後の事は女王に相談をしてみる。それまで誰も何もしないように」
茶色いスーツのお兄さんが、私を別室に案内して、ドレスを自分で着ることが出来るか聞いてきた。
「出来るけど、服の魔法を教えて欲しいな」
「そうだね。もしかすると、君ならすぐに出来るのかもしれない。やってみようか」
茶色いスーツのお兄さんは、茶色の猫になってから教えてくれた。
「頭の中に服のイメージを作って呪文を唱えるんだ。まずはイメージして」
うん、した。
「次は呪文ね。それを唱えながら人間になるんだ」
ウニャウニャと呪文を唱えると、ブルーのワンピースを着た人間の姿になった。
やった。これで服を着る必要がなくなる。
「バンザイ」と飛び上がって猫になり、またワンピース姿の人間に戻る。
今日は来たかいがあった。
「ありがとう。最高の気分だわ。じゃあ帰るね。さっきの魔法陣で送ってくれる?」
「ちょっと待ってね。宰相様にどうすればいいか聞くからね」
もう帰りたいと思ったけど、帰り道がわからないので黙って付いて行った。
宰相は私を見ると、腕を組んであごひげを擦りながら、うろうろとし始めた。
「王女より濃いブルーの猫。そんなことが有っていいのだろうか。今の王女はブルーががったグレーで、歴代の王女の標準だ。それがミーア嬢はもう、グレーがかったブルーになっている」
一人で何やらぶつぶつ言っている。
「変化が早すぎる。それは力が大きいということだ。つまり彼女の方が王女より強い? そして大人になったらブルーの猫が二匹になる。つまり女王が二人出現することになる。頭が痛くなってきた」
「宰相様、ミーア嬢を家まで送っていいでしょうか」
茶色いスーツのお兄さんが問いかけると、宰相は立ち止まってこちらを向いた。
「ああ、ミーア嬢。今夜は帰ってゆっくり休んでください。またお会いしましょう。色々と今までの事をお伺いしたいのです」
宰相の態度が丁寧になっている気がする。変なの。
「では、さようなら。おやすみなさい」
私は礼儀正しく挨拶をしてから魔法陣で帰宅した。
服一式は茶色いスーツのお兄さんが運んでくれた。茶色いスーツのお兄さんはパーシー、黒いスーツのお兄さんはビリーだと名乗って、「またね」と言って帰って行った。
その晩、私は興奮してなかなか眠れなかった。




