おじいさんと一緒に町へ
捨てられ猫姫は、床に座り込んだおじいさんの手を引っ張った。
「大丈夫?」
「君は、今まで猫だった、あの子かい」
「そう、今までは猫だったの」
そうっと薄いグレーの髪の毛を撫で、肩を触ってから、「人間の子供だな」とおじいさんはつぶやいた。
「君は猫なの? それとも人間なの?」
「う~んとね、私は王女だったのだけど、選ばれなかったので捨てられたの。それでね、六歳の人間の女の子は裸で外を歩かないから、猫の姿で過ごしなさいって言われたの」
おじいさんはきょとんとした後に言った。
「とにかく君は裸だ、まずはそれを何とかしよう」
自分の持ち物の中から、縮んだ肌着を出して着せてくれた。それでも大きすぎた。
あれこれと試して、水着のパンツを引っ張り上げて、胸の辺りで紐で縛ったら、なんとなく恰好が付いた。肩が出ているけど、寒くはないので良しとした。
おじいさんはしばらくの間眺めまわしてから頷いた。
「まあいいか。ご飯を食べよう」
「魚はどうする?」
「ムニエルにしてクリームソースとケッパーを添えて欲しいです」
「難しい料理は出来ないよ」
それで単に炭火で焼くので妥協した。
魚が焼けると、おじいさんはもう一度スープを温め、スプーンを用意してくれた。
私は食前のお祈りを唱えてから食べ始めた。
「ナイフとフォークの使い方が上手だね。それに六歳にしては、とてもきれいな食べ方だね」
私は褒められたので、嬉しくなって笑った。
「君の名前は何ていうの?」
「名前は無いの。ただの王女よ。今日からは捨てられ猫姫なの」
おじいさんはしばらく考えてから、頭を振った。
「さっぱりわからないけど、名前がないと不便だから、とりえず名前をミーアにしておこうか。初めて会った時の鳴き声がミーアだったからさ」
そう聞いたとたんに胸がドクンと大きく打って、それから目の前の景色がずっと鮮明になった。
「うわあ、素敵。私ミーアなのね。ありがとう、おじいさん」
とても素敵なことが起こったのが本能で分かる。
今までと何かが変わった瞬間だ。
私はミーアで猫で人間で、捨てられ猫姫ではなくなった。
もう一人の王女も、プリンセス・ブルーという名前を貰った時、こういう変化があったのね。ふわふわして、取り留めのなかった心が、体にしっかり結び付けられたような気がする。
プリンセス・ブルーになった姉に向かい、「お誕生日おめでとう」と心の中でお祝いの言葉を贈った。
「おじいさん。私今日がお誕生日なの。一緒に生まれた子がいて、その子はプリンセス・ブルーっていう名前を貰ったの」
「それは立派な名前だね。君もプリンセス何とかっていう名前の方がいいかな?」
「ううん。ミーアがいい。私はミーアだもの」
嬉しくて笑いながら踊った。時々猫の姿になって、また踊った。おじいさんは驚きながらも、手拍子をしてくれた。
そしてまた服を着せてくれた。
「猫になると、服をその度に着直さないといけないから、人間でいよう。ところで家も親もないんだね? そして行くところも無いのかな?」
「そうよ。どれも無いわ。今から縄張りを決めないといけないの。好きな場所を探すのよ」
「ふーん、じゃあ、私と一緒に暮らすのはどうだい?」
私は胸で巻いた紐を結び直しながら聞いた。
「ここを、猫の私の縄張りにしてもいい? それから、猫と人間と両方の姿で暮らしてもいい?」
「いいよ」
嬉しくて猫になりそうになったけど、また着替えるのが嫌だから我慢した。
「ありがとう。おじいさん、大好き。今日からここが私の縄張りね」
その後おじいさんが服を買ってくれると言うので、一緒に町まで歩いた。と言っても私は靴を持っていないので、おじいさんに抱っこされていた。
「重いから猫になろうか」と聞いたら、「服をまた着せるのが大変だから、そのままでいいよ」と言われてしまった。
町には人間がたくさんいる。道を歩いている人や座っている人、家の中に居る人、お店に居る人。
こんなにたくさんの人間を見たのは初めてだった。
猫もいた。
道を歩いていたり、椅子の上で丸くなって寝ていたりする。薄く目を開け軽く瞬きの礼をしてくる。猫たちは私が貴族猫なのをわかっている。
犬たちも同じだ。でも同族ではないから挨拶はしない。
そして鳥とは仲が悪い。それは本能でわかる。だから鳥とは目を合わせない。
大通りを抜けて外れの方にある一軒の店に入ると、洋服がたくさん飾ってあった。ここは古着屋さんだそうだ。
「この子に服を一式と、新しい下着を揃えたいのだが」
「いらっしゃい、ハリー。どこの子供なの?」
「親戚の子だよ」
「ああ、以前言っていた、妹さんの所の孫ね。ならサービスしておくよ」
お店のおばさんが、下着からワンピースまで一式服を用意してくれた。靴も靴下も揃っている。
これで歩いてお家まで帰れる。
服さえあれば、人間の姿で生活してもいいのだ。そうやって私の人間界での生活が始まった。
おじいさんは庭の外側一帯に、とげとげの草を植えてくれた。猫になって夢中で遊んでいる内に、外に出てしまわないようにだった。
三回ほどいつの間にか少し離れた所まで行ってしまったことがある。
それに、これは外から他の動物が入ってくるのも防いでくれた。
私は毎日おじいさんのお手伝いをした。
料理をし、掃除をし、一緒に魚釣りに行き、庭の野菜を育てた。
おじいさんの一番主な仕事は、彫金というものだ。小さな金属に細かい彫り物をする。
とっても根気が必要なので、1日に四時間、明るい午前中の内だけ仕事をするそうだ。
彫金が完成すると、綺麗なお花や精巧な木の実、動物などが彫り上がっている。
そして私にも一つ彫金でブローチを作ってくれた。猫姿の私と魚のブローチだ。
私が初めてもらった魚を記念に取っておきたいと頼んだら、おじいさんは骨だけになった魚をきれいに磨いて干してくれた。
ずっと大切に持っていようと思ったのに、見ているとよだれが出て、つい齧ってしまう。
それで結局彫金で魚を彫ってくれた。猫パンチする私も一緒にだ。生きているみたいな素晴らしい出来だ。
このブローチと、齧って少しずつ小さくなっていく魚の骨が、私の宝物になった。
◇ 猫の国
選別の日の一カ月後、王宮では宰相が困り果てていた。
近くの小さな町まで捜査の足を伸ばした結果、捨てられ猫姫らしき人間の姿を、数匹の猫が見ていたことが分かった。なぜか人間の男と一緒だったそうだ。
平民猫達は相手が貴族猫なのはわかるが、捨てられ猫姫だとは知らない。だから挨拶しただけで、その後のことは誰も知らなかった。
すぐに町の周辺を探して回ったが、結局見つからなかったし、見知らぬ少女の噂も耳に入ってこなかった。
幸いなことに猫人間が現れたとか、化け猫が現れたとかの騒動は聞こえてこないので、最悪の事態には至っていない。
宰相はふさふさした癖のある髪の毛を掻きむしりながら、回状を書いていた。
前代未聞の出来事だ。
女王の代替わりで問題が起こったなんて、聞いたことがない。
出産を終えた王女が女王の座に付き、その四ヶ月後に王女が選ばれ、その三日後に捨てられ猫姫が平民になる。
このサイクルが崩れたという記録は、歴史書にはない。
つまり、非常にまずいことになったわけだ。
捨てられ猫姫が見つかるまで、気楽にネズミハンティングもできやしない。
宰相は、回状を貴族猫達にまわした。
『 捨てられ猫姫らしき、見知らぬ人の姿の女の子、もしくは猫を見たら、居場所を突き止め王宮に連絡すること。平民猫たちにも通達して欲しい。
猫姿なら淡いグレーの毛並みの美猫。
人の姿なら淡いグレーの髪の毛で、女王様にそっくりの美少女 』




