選別の日、私は捨てられ猫姫になった
「さあ、王女様、こちらにお並びください」
そう促され、私ともう一人は、乳母に手を引かれて赤い絨毯を敷いた階段を上った。壇上に立つと、私たちの目の前には、たくさんの大人たちがいて、こちらを見上げていた。
私は女王が統べる猫の王国の王女だ。隣に居るのも王女。私たちは二人一緒に生まれた。
そして生まれて四カ月経った今日、人間としては六歳になった。
この日、どちらかが女王の後継者に選ばれる。
「さあ、王女様、猫に変身してください」
そう言われて猫に変身する。着ていたドレスがパサッと落ち、私はそのスカート部分からはい出した。
従者がドレスを片付け、二人を用意された台の上に載せてくれる。
猫の姿になるのは、二人の毛色を比べるためだ。
ブルーの毛は王族の証で、その濃さは魔力の強さに比例する。
だから濃いほうが女王の後継者として選ばれ、プリンセス・ブルーという名を貰う。選ばれなかった方は、捨てられ猫姫になる。
貴族たちがざわめく。
隣の王女は少しブルーががったグレーの毛並み、私は淡いグレー単色。ここまでブルーが入っていないのは珍しいらしい。今までも猫になる度にそう言われてきた。
結果は一目瞭然だった。揉める余地すらない。
私は壇上から降ろされ、残った王女の頭にプリンセスの冠が載せられ、拍手が鳴り響いた。
では、私が捨てられ猫姫になるのだ。
そう思いながら、壇上のプリンセス・ブルーを見上げる。
私の姉は、チラッと私と目を合わせた後、皆に向かって微笑かけた。
「そうしてください」と大人から教えられた通りに。
そして私は、身一つで王宮から放り出された。
生まれて初めて、門の外から王宮を見上げる。
金色の門がしっかりと閉まっていて、戻ることは出来ない。それに戻っても居場所はない。
私は門の前にちょこんと座り込んでいた。
独りぼっちなのは初めてで、心細い。
しばらくしてから立ち上がり、とぼとぼと歩き始めた。
どっちに行ったらいいかわからなかったので、王宮を背に真直ぐ前に向かって歩いた。
もちろん猫の姿で。だって私は服を着ていない。
人間の六歳の女の子は、一人ぼっちで、しかも裸で歩き回ったりは、しないそうだ。だから、ずっと猫の姿で生活するようにと教わった。
どちらかが捨てられ、猫として生きることになるので、私たちは猫としての生活方法も教わっている。食べ物の探し方、寝る場所の選び方、危険から身を護る方法などだ。
だから、すごく困るわけでも無かった。
四ケ月目というのは猫にとって、親離れと独り立ちの時期に当たる。
猫ならば、当たり前の自立の日なのだ。
トットッと歩き、森の茂みの影で少し眠った。
目が覚めたら、楽しい気分が沸き上がってきて、そこら辺の草や実を食べて水溜まりの水を飲み、またトットッと歩いた。天気がいいので気持ちが良かった。
目の前にトンボが飛んできたので、追い掛けて走る。なかなか手が届かなくて捕まえられないけど、面白い。そうやって、とてもたくさん走った。
一旦休憩と思って陽だまりに座り込んだら、すごくお腹が空いているのに気が付いた。
周囲を見回したら、離れたところで男の人がパンを食べている。
少し分けてもらえないかなと思い近寄ったら、追い払われた。
あんなにあるのに分けてくれないなんて。
私はまだ小さいし、猫だからほんのちょっぴりで足りると言うのに。意地の悪い人間だわ、と腹を立てながら他を探した。
教わった狩をしようと思ったけど、何も見つからない。
いつもは目の前に獲物を置いてくれて、それを狩っていたから、自分で探すのは初めてなのだ。
お腹を空かしながら歩いていると、水が流れている場所に行き当たった。
少し水を飲んだ後、その流れに沿って歩く。
水が表面がキラキラ、ゆらゆらしている。それを見るのが楽しくて、速足で水を追いかけて歩くと、また男の人を見つけた。
棒を持って座っている。何をしているのかと思い、近づくと、今度の男の人は私を見て、「おいで」と言う。髪の毛もひげも白いので、おじいさんと言ったほうがいいだろう。
近くに行くと、パンにハムを挟んだものをちぎって、私の鼻先に差し出した。
なんていい人なんだろう。
「ありがとう(みゃあ)」
お礼を言ってから、顔と手を洗い、毛繕いをして、それからパンをいただいた。
これでも元王女候補だ。下品なふるまいは出来ない。
品よくパンを平らげ、「ごちそうさまでした」とお礼を言う私を、おじいさんはずっとにこにこしながら見ていた。
急に紐がピンとなり、おじいさんが棒を引っ張り上げると、糸の先に魚が付いていた。
魚はグリルした物か、ムニエルにした物しか見たことが無い。
こんな風に動いている魚は初めてだ。
おじいさんが私の前に魚を置いた。ぴちぴち跳ねている。
「遊ぶの?」とおじいさんを見ると、どうぞというように手を出した。さっそく魚の腹に手を置いてみた。ビクンと跳ねる。
うわ~気持ち悪い。
思わず猫パンチを数発繰り出してしまった。
おじいさんは楽しそうに笑って見ている。魚とたくさん遊んだ後で、おじいさんが私をポケットに入れた。
それから魚をバケツに入れ、棒を持って歩きだした。私はゆらゆらするポケットの中が気持ちよくて、そのまま眠ってしまった。
暖かくていい匂いがして目を覚ますと、私は畳んだ毛布の上で寝ていた。
おじいさんが野菜のスープと、さっき遊んだ魚を、生のまま皿に乗せて出してくれた。
皿は床の上に置いてある。
私は人間の姿になった。
「おじいさん、ありがとう。でも生のお魚は食べられないの。スープもスプーンが無くては飲めないわ。用意してもらって悪いのだけど」
おじいさんがその場に尻餅をついた。
◇
王宮の執務室で、叫び声が上がった。
「捨てられ猫姫の行方を見失った!」
王宮の従僕達が小さくなっている。
「門の外に座って、こちらをじっと見ている姿を確認しています。捨てに行く者と交代して、迎えに行くまでの、ほんの少しの間に姿が見えなくなってしまいました。もちろんすぐに追い掛けましたが、どこにもいなかったのです。もしかしたら戻ったのかと思い、王宮内も探しましたが、いませんでした。子猫だし、そんなに遠くまでは行けないと思うのですが」
報告を聞きながら、まずい事になったと宰相は慌てた。捨てられ猫姫が、人間の前でいきなり人の姿になったら大騒ぎになる。
「さんざん言い聞かせていても、八歳以下の子供は時に変身してしまう。そのたびに忘却魔法を掛けて、人の記憶を消すことになる。捨てられ猫姫は六歳。その辺りの認識がかなり甘いはずだ」
「そうですね」
うなだれる従僕を睨み付けながら、宰相は片眼鏡をはずして眉間を揉んだ後、ふさふさした癖のある黒髪を掻きむしった。
そしてその手を止めて、独り言を言った。
「いや、きっと大丈夫。問題はおこらない」
大丈夫だろう。捨てられ猫姫には、猫のまま過ごすよう言い聞かせてある。
誕生日からの三日間を猫の姿で過ごし、誰からも名前を貰わなければ、ただの猫に変化する。毛色もブルーではなくなる。
そう考えてから、ガクッと机に突っ伏した。
儀式として一旦捨てる態を取り、それから三日間の間に猫としての生活の実践編を教え、完全な普通の猫になったのを確認してから送り出す。
そこまでが選別の日の儀式なのに、これは大失態だ。宰相はまた髪を掻きむしった。
しばらく悶えていた宰相は顔を上げ、「何とかしよう。探すんだ」と従僕に命じた。
たぶん、すぐに捨てられ猫姫は見つかるだろう。




