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捨てられ猫姫の憂鬱  作者:
第一章 捨てられ猫姫の新生活
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おじいさんと一緒に町へ


 捨てられ猫姫は、床に座り込んだおじいさんの手を引っ張り、大丈夫かと尋ねた。


「君は、今まで猫だった、あの子かい」


「そう、今までは猫だったの」


 そうっと薄いグレーの髪の毛を撫で、肩を触ってから、人間の子供だなとおじいさんはつぶやいた。


「君は猫なの? それとも人間なの?」


「う~んとね、私は王女だったのだけど、選ばれなかったので捨てられたの。それでね、六歳の人間の女の子は裸で外を歩かないから、猫の姿で過ごしなさいって言われたの」


 おじいさんはきょとんとしていたが、とにかく君は裸だ、まずはそれを何とかしようと言った。

 自分の持ち物の中から、縮んだ肌着を出して着せてくれた。それでも大きすぎた。


 あれこれと試して、水着のパンツを引っ張り上げて、胸の辺りで紐で縛ったら、なんとなく恰好が付いた。肩が出ているけど、寒くはないので良しとした。


 おじいさんはしばらくの間、眺めまわしてから、まあいいかと言って、ご飯を食べようと私に提案した。

 


「魚は、どうする?」


「ムニエルにしてクリームソースとケッパーを添えて欲しいです」


「難しい料理は出来ないよ」


 それで単に炭火で焼くので妥協した。

 魚が焼けると、おじいさんはもう一度スープを温め、スプーンを用意してくれた。


 私は食前のお祈りを唱えてから食べ始めた。


「ナイフとフォークの使い方が上手だね。それに六歳にしては、とてもきれいな食べ方だね」


 私は褒められたので、うれしくなって笑った。


「君の名前はなんていうの?」


「名前は無いの。ただの王女よ。今日からは捨てられ猫姫なの」


 お爺さんはしばらく考えてから、頭を振った。 


「さっぱりわからないけど、名前がないと不便だから、とりえず名前をミーアにしておこうか。初めて会った時の鳴き声がミーアだったからさ」


 そう聞いたとたんに、胸がドクンと大きく打って、それから目の前の景色がずっと鮮明になった。


「うわあ、素敵。私ミーアなのね。ありがとう、おじいさん」


 とても素敵なことが起こったのは、本能で分かった。


 今までと、何かが変わった瞬間だった。私はミーアで、猫で人間で、捨てられ猫姫ではなくなった。


 もう一人の王女も、プリンセス・ブルーという名前を貰った時、こういう変化があったのね。ふわふわしていた心が体にしっかりくっついたような気がする。

 姉妹猫に心の中で、お誕生日おめでとうと言った。


「おじいさん。私今日がお誕生日なの。一緒に生まれた子がいて、その子はプリンセス・ブルーっていう名前を貰ったの」


「それは立派な名前だね。君もプリンセス何とかっていう名前の方がいいかな?」


「ううん。ミーアがいい。私はミーアだもの」


 うれしくて笑いながら踊った。時々猫の姿になって、また踊った。おじいさんは驚きながらも、手拍子をしてくれた。そしてまた服を着せなおしてくれた。


「猫になると、服をその度に着直さないといけないから、人間で居ようね。ところで、家も親もないんだね?」


「そうよ。どっちも無いわ」


「じゃあ、一緒に暮らそうか」


 ありがとう。おじいさん、大好き。



 その後、おじいさんが服を買ってくれると言うので、一緒に町まで歩いた。と言っても、私は靴を持っていないので、おじいさんに抱っこされていた。

 重いから猫になろうかと聞いたら、服をまた着せるのが大変だから、そのままでいいよと言われてしまった。


 町には人間がたくさんいる。道を歩いている人や座っている人、家の中に居る人、お店に居る人。

 こんなにたくさんの人間を見たのは初めてだった。


 猫もいた。道を歩いていたり、椅子の上で丸くなって寝ていたりする。薄く目を開け、軽く瞬きの礼をしてくる。猫たちは、私が人間で猫なのをわかっている。

 犬たちも同じだ。でも、同族ではないから挨拶はしない。


 大通りを抜けて、外れの方にある一軒の店に入ると、洋服がたくさん飾ってあった。ここは古着屋さんだそうだ。


「この子に服を一式と、新しい下着を揃えたいのだが」


「いらっしゃい、ハリー。どこの子供なの?」


「親戚の子だよ」


「ああ、以前言っていた、妹さんの所の孫ね。ならサービスしておくよ」


 お店のおばさんが、下着からワンピースまで一式、服を用意してくれた。靴も、靴下も揃えてもらった。

 

 これで、歩いてお家まで帰れる。



 この日から私の人間界での生活が始まった。

 

 おじいさんは、庭の外側一帯に、とげとげの草を植えてくれた。猫になって夢中で遊んでいる内に、外に出てしまわないようにだった。三回ほど、いつの間にか少し離れた所まで行ってしまったことがあったからだ。これは外から他の動物が入ってくるのも防いでくれた。

 私は毎日、おじいさんのお手伝いをした。料理をし、掃除をし、一緒に魚釣りに行き、庭の野菜を育てた。

 

 おじいさんの一番主な仕事は彫金というものだ。小さな金属に細かい彫り物をする。とっても根気が必要なので、1日に四時間、明るい午前中の内だけ、仕事をするそうだ。


 彫金が完成すると、綺麗なお花や、精巧な木の実、動物などが彫り上がっている。


 そして私にも一つ、彫金でブローチを作ってくれた。猫姿の私と魚のブローチだ。

 私が初めてもらった魚を、記念に取っておきたいと頼んだら、おじいさんは骨だけになった魚を、きれいに磨いて干してくれた。

 ずっと大切に持っていようと思ったのに、見ているとよだれが出てくるし齧ってしまう。


 それで、結局彫金で魚を彫ってくれた。猫パンチする私も一緒にだ。生きているみたいな素晴らしい出来だった。


 このブローチと、齧りまくって少し小さくなった魚の骨が、私の宝物になった。

 



  ◇ ◇ ◇ ◇




 選別の日の一カ月後、王宮では宰相が困り果てていた。


 近くの小さな町まで捜査の足を伸ばした結果、捨てられ猫姫らしき人間の姿を、数匹の猫が見ていたことが分かった。なぜか人間の男と一緒だったそうだ。

 平民猫達は相手が貴族猫なのはわかるが、捨てられ猫姫だとは知らない。だから挨拶しただけで、その後のことは誰も知らなかった。


 すぐに町の周辺を探して回ったが、結局見つからなかったし、見知らぬ少女の噂も耳に入ってこなかった。

 幸いなことに、猫人間が現れたとか、化け猫が現れたとかの騒動は聞こえてこないので、最悪の事態には至っていない。


 宰相はふさふさした癖のある髪の毛を掻きむしった。

 女王の代替わりは大体二十年から三十年に一度起きる。

 出産を終えた王女が女王の座に付き、その四ヶ月後に王女が選ばれ、その三日後に捨てられ猫姫が平民になる。

 このサイクルが崩れたと言う話は、歴史書にはない。今回が初めてなのだ。つまり前代未聞、我らが最初だということになる。


 捨てられ猫姫が見つかるまで、気楽にネズミハンティングもできやしないと宰相は嘆いた。


 とりあえず、宰相は回状を貴族猫達にまわした。


『 捨てられ猫姫らしき、見知らぬ人の姿の女の子、もしくは猫を見たら、居場所を突き止め、王宮に連絡すること。平民猫たちにも通達して欲しい。


 猫姿なら淡いグレーの毛並みの美猫。

 人の姿なら淡いグレーの髪の毛で、女王様にそっくりの美少女 』

 


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