18.壊れやすい物
光司さんと私は無粋な形で再会を果たした。
欠席できないパーティーに二人揃って招待されてしまったのである。
久しぶりの再会がこれかと思うと、
何だか結局家の力で好きな人関係を持っているに過ぎないと思い知らされた。
それでも光司さんの顔を見る事が出来るのは嬉しい。
告白までした男性なのだから当然である。
出来るだけ彼の隣に並んでいても、
可笑しくない様に大人びたデザインのドレスを選んできちんと化粧をした。
鏡を見ると、私は成人した女性に見えた。
どうせなら、光司さんに綺麗だと思わせたいと考えた。
実際に家に迎えに来た彼は一瞬驚いた顔をした。
時間の余裕がある内に尋ねてきたのが光司さんらしかった。
「いつもとイメージが違うな。」
「どうせだから、大人っぽく見せようと思いまして。」
私はほほ笑むと、彼は目線を逸らした。
きちんと女性なのを自覚してくれればいいと思った。
それからタクシーを呼んで、目的地に向かった。
電話やメールなら、話題が付きなかったと言うのに何処かぎこちがない。
運転手もこの微妙な空気を察したのか、沈黙を守ったままだった。
自然と、乗車内は静かな空気が流れた。
私達はどういう風に見えているんだろう。
喧嘩している恋人達。
或いは、年の近い兄妹。
どちらかというと、後者に見えるかもしれない。
そんな益体のない事を考えながら、私は外の景色を見ていた。
会場に辿り着くと私達はそれまでの様子と一変した。
まるで示し合わせたように中の良い婚約者達として振る舞った。
要するにお互いに小さい頃からこう言った場所でどうすればいいのかを叩きこまれているのだ。
目ぼしい人達に私達は連れ添って挨拶に回る。
彼等の目には、大層親しく見えたらしい。
猫を被っている光司さんと礼儀正しい令嬢を振る舞っている私はさぞお似合いに見えただろう。
「お綺麗な婚約者ですな。」
「ええ、私は幸せ者です。」
そうやって品よく微笑む光司さんの内心が分からなかった。
兄妹の様に親しくしていた頃には嘘をついているかどうかぐらいは察せられたのに。
それは私が彼を好きだからだろう。
私達の振る舞いは婚約者達としてほぼ完ぺきだっただろう。
にこやかに愛想を振りまき、褒めて、時に謙遜して周囲を渡っていく。
今日の役割をほぼ果たせたと、安堵した時にアクシデントが起ったのだ。
私が会場で配られていたお酒を誤って飲んでしまったのである。
今まで当然口に含んだ事すらなかったので知らなかったのだが、私はとてもお酒に弱いらしい。
すぐに顔が真っ赤になって光司さんが心配そうな顔で話しかけて来て、その後は記憶になかった。
気が付いたら、知らない部屋のソファーの上だった。
ここは何処だと思うものの、頭が痛くでふらふらした。
視線を動かすと、ラフな格好の光司さんがいてどっと安堵をした。
「ここは…。」
「気が付いたのか。」
彼がこちらに近づいてくる。
手の平で前髪を軽く寄せられた。
触られた所が熱いのは多分気のせいじゃない筈だ。
「ここは俺の部屋だよ。挨拶周りが終わった後、気分が悪いって言って来たんじゃないか。
あんた、間違って酒を飲んだんだよ。面白いぐらい弱いんだな、頬が真っ赤になってた。
用は終わったっから帰るかって話になったら、酔っ払ったまま家に帰れないって主張されてな。
仕方ないから、俺の家まで連れて帰って来た。」
「申し訳ありませんでした。」
私が小さくなって言うと、光司さんは分かればよろしいと言って去って行った。
彼に説明されて断片的に記憶がよみがえってきた。
よく見渡してみれば、光司さんの部屋であることが分かる。
失敗してしまったと落ち込んでいたら、
彼が戻ってきて水が入ったコップを差し出された。
受け取って、少しづつ飲んでいく。
「しかし、如何接しようかと悩んでたのが吹っ飛んだ。」
「悩んでたんですか?」
「俺はポーカーフェイスが上手いんだ。知らなかったか?」
「知っていました。」
ふにゃふにゃとして私は微笑む。
今なら、酔っ払いの戯言で済ませるから何でも話せそうな気がした。
「あの時はすいませんでした。」
「あの時?」
「貴方に告白した時。」
ああ、そう光司さんは低く呟いた。
あの時は自分の事で一杯一杯で碌に彼の話も聞かなかった。
このチャンスを逃したら告白できないと思っていたのが理由の一つ。
それに加えて…。
「光司さんの幼馴染に呼び出されて、いきなり別れろと言われて気が立ってたんです。」
「あいつ、そんな事を言ったのか。」
「貴方のことを心配していました。」
「分かってるよ。それぐらい。」
そう言って彼は大きく溜息をついた。
やっぱり、光司さんは身内に甘い。
それが分かって胸が痛くなった。
「あいつとはずっと関係が切れてたんだ。だから急に関わってきて驚いた。」
「そうなんですか?」
「ああ。俺が荒れた事があるって言う話をしただろう?
それまでは兄妹みたいに育ったが、それから離れて行った。」
過ぎた過去を思い出すように彼は目を細めた。
そこに私の姿はないのだ。
「羨ましいです。」
「あいつが?」
「ええ、小さい頃の光司さんの傍に居られて。」
そこで空気は停滞した。
彼が私を凝視しているのが分かる。
そうして光司さんの手が私の顎に掛り、目を合わせられた。
「俺の傍にずっといたい?」
「いたいです。でも貴方はそう言うのが嫌いですよね。」
そう言うと彼は黙った。
光司さんが窮屈な今までの生活から逃れて、
自由になりたいと思っている事を知っていた。
一人の女の人をずっと側に置くなんて酷く不自由な事だ。
子供の私でもそれぐらいは分かった。
「カナコだったら、そう言うのもいいかもしれない。」
「そう言うの?」
彼っ密やかに笑った。
それから、囁く口調で続けた。
「壊れやすい物を抱え込んで生きるのも有りかも知れない。」
そう言って、光司さんは私の頭を撫でて寝室に行ってしまった。




