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19.海辺

家の方には友人の家に泊まると連絡をして、次に目を開けたら朝になっていた。

私は昨日の夜の事を覚えていない振りをした。

光司さんも普通に話をしてきて、まるで何もなかったかのようだった。

そうして迷惑を掛けたとお詫びを言って私は彼の部屋に出て行った。


ただ帰り際に、


「今度、海に行かないか。」


そう言った光司さんの顔が優しい物だったのをよく覚えている。

勿論、私は断れるはずもなく楽しみにしていると言って暇を告げた。


帰宅をして、自室のベットに横になった私は昨日の夜の事を反芻していた。

何故、光司さんはずっと一緒にいたいかと聞いたのだろう?

無理をして背伸びをしても、自分がまだまだ子供なのだと言うことを昨日の一件で思い知らされた。

昨日彼の言っていた壊れやすいものと言うのは私自身の事だろうか。

確かに自分に危うい面があるのは分かっていたが、

光司さんの目にはそんな風に映っているのかもしれない。


それでも、身軽でいたい彼が内側に抱え込んでも良いかと思えるぐらいには特別なのだろう。

それがどういう形としてなのかは別にしても、

必要としてくれている。

兄妹としてなのか、

友達としてか、

恋人か。


それは分からなかった。

それでも。


彼が海外に行ってしまう時にも連れて行ってくれるかもしれない。

日本に置いて行かれなくても済むかもしれない。

重くて、夢見がちで、甘ったるい。

こういう瞬間、自分が女だと言うことを思い知らされる。


海に行く当日は幸いな事に快晴だった。

今日を純粋に楽しもうと、そう決めていた。

彼が車で迎えに来てくれて、出発する事になった。


「光司さんって運転出来たんですね。」

「まあな。都内だと交通手段が発達しているからする機会もないが。」

「事故を起こさないでくださいね。」

「気をつけるよ。」

彼はそう言って笑った。

運転するのが久しぶりだと言う割には危うげがない。

これは任せても大丈夫そうだと、私は肩の力を抜いた。


海に就いた時は、もうお昼を過ぎていた。

食事でも取るかと提案してきた彼に折角来たんだから砂浜でも歩きましょうと言った。


そう言う訳で、光司さんと私は何をする訳でもなく歩いている。

ハイヒールを脱いで、波打ち際に足を濡らす。


「気持ちがいいですよ。」

「そう。」

彼は目を細めて答えた。

普段とは違う足の下の感触がくすぐったい。

冷たい海に足を晒すのが心地よかった。


見上げると空と海の境界があって、

光司さんはこの向こうに独りで進んでいくのかもしれないと思った。


例え私が傍に居なくても彼らしくやっていけたらいいと、

そんな綺麗事を考える位には美しい景色だった。


「カナコ、俺の事を好きって言っただろ?」

「ええ。」

今日、切り出されるのではないかという気がした。

だから私は彼の話を黙って待つ。


「あれからずっと考えていたよ。」


そこで光司さんは一呼吸を置いた。

どんなことを言われても受け止めるつもりで私は彼を見詰めた。


「あんたはずっと俺の傍にいてくれただろう?

形だけの婚約者としてだけじゃなくて、俺の面倒な事情を知っても引かなかった。

黙って寄り添ってくれるのが居心地が良かった。

良い所のお嬢さんなのに人の目を見てはっきりと意見を言うあんたが好きだよ。」

光司さんの私を見る目は優しい。

けれどそれは、


「それは恋愛感情ですか?」

「分からない。」

胸が痛くなる。

それでも何処か予感はしていた。


「俺が自分から傍にいて欲しいと思ったのはカナコが最初だ。

付き合った人もいたけど、短い間で別れる事になったよ。

壁を感じるってよく言われた。相手の事を傷つけて泣かせたし、同じ事をしたくなかった。」

私は光司さんが付きあったと言う過去の女性に嫉妬した。

何となく感じていたが、本人の口から言われると重みがあった。

恋愛ってもっと楽しい物かと思っていた。

けれど、違う事を実感していた。


「かと言って、男は幾らでも居るからな。

 カナコが他の奴に取られるのも気にくわない。」

「正直ですね。」

「あんた相手だからな。」

そう言って、笑った光司さんに惹き込まれるのを感じた。

この人が好きだと、はっきりと感じてしまった。


「いいですよ。傍にいてあげます。」

そう言うと彼は軽く目を見開いた。

この人は真剣に人を好きになると言うのに臆病なのかもしれない。


そんな事をふと思った。


「光司さんが本当に好きな人が出来るまでずっと隣にいます。」

そう言って、私は笑った。

彼が執着してくれているのが嬉しかった。


「あんたはそれでいい訳?」

「ええ、私は貴方の事が好きなんですよ。知りませんでした?」

光司さんが髪の毛を掻き上げて、知っていたよと言った。

それから、穏やかさと愛おしさの入り混じった眼差しで私を見た。


きっと私達は同じような傷を共有していて、

だから形は違ってもこんなに離れたくないと思っているのだ。

だから、傷が癒えても同じようにお互いを求め合うのか分からない。


それでも私は寂しい彼の傍に居たいと思った。

光司さんが恋愛に対して積極的ではないのは過去を考えれば当然のことだった。

私の気持ちが彼の負担になってしまうかもしれなくても繋いだ手を離したくなかった。

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