17.距離
あれから光司さんには考える時間が欲しいと言われた。
正直な所、振られるとばかり思っていた私は考える余地だけで充分だった。
どうせあのままの状態でいたら、気まずくなっていたのだし、遅かれ早かれバレていただろう。
それを考えると、私からきちんと告白できたのは良かった事だ。
あれから、光司さんとは直接会っていなかった。
きっと次に会う時に私に対する返事をくれるのだろう。
友達として仮面婚約者を演じ続ける事になるのだろうか、
それとも、彼の恋人になれるのだろうか。
何だか実感がわかなかった。
以前と同じ毎日を過ごしていても、妙に落ち着かなかった。
メールや電話は以前の様にしていた。
ただ、兄弟の様な遠慮のない遣り取りもしなくなった。
彼は私に配慮してくれているのだろう。
何だか優しくなった分だけ、距離が遠のいた気がした。
それが何処か寂しさを感じさせた。
そんな時だった。
高校の同窓会の知らせが届いたのは。
せっかくの機会だったので、気分転換も兼ねて参加する事にした。
稽古の時間と被っていたので、途中参加でもいいかと感じに尋ねてみたらOKという返事が来た。
そうして、同窓会当日にピアノの稽古を終えてから参加をした。
一応成人前だと言うこともあってお酒は飲んでいないが、既に盛り上がっている空気に酔いそうだった。
空いている席を探すと生徒会で一緒だった高山君が手で招いてくれた。
彼は当時生徒会長もやっていた人で同い年だと思えないほどしっかりしていた。
お金持ちの家に生まれて、小さい頃から英才教育を施されてきたという噂があった程であった。
そして、その噂は事実で私の家の取引会社の社長のご子息だった。
その関係から無下に出来ないものの私は彼が苦手だった。
同じ生徒会の役員で表面上は親しかったのにもかかわらずだ。
何故そう感じるのかは分からない。
「久しぶり。元気だった?」
爽やかで穏やかで非の打ちどころがない。
それが逆に訓練された物であると言う事が透けて見えた。
「ええ、高山君は…。聞く必要がないわね。」
どうせ彼の事だから、大学でも自然と人に頼られているのだろう。
その様子が目に浮かんだ。
「そんなことないよ。新しい環境だからね。それなりに苦労している。」
苦笑しながらに優等生然と続けた高山君にどうしても一歩引いてしまう。
それでもこの人は猫を被っている訳じゃない。
この人はこれが素なのだ。
「婚約したって聞いたけど、本当?」
「ええ、本当。」
私は出来るだけ穏やかに返答する。
高山君が私を探る目になったのが分かる。
「驚いたな。相手は宮之瀬のご子息だっけ?」
予想はしてたけれど実際に光司さんの名前が出てくると、周囲のざわめきが遠くなるのを感じた。
正直な所、私は彼の事を忘れるために今日の会に参加したのだ。
「よく知っているわね。」
「まあね。昔、彼は荒れていた事があったと聞いたけれど平気?」
「え?」
「乱暴されてないかって言うこと。君って、結構はっきり言うタイプだろ?」
「彼と会ったこともないのに変な事を言わないで。
光司さんは私に優しくしてくれているし、意見を言ったからって暴力を振るう人じゃない。」
私にしては随分低い声が出た。
思わず、高山君を睨みつけてしまう。
それから、ハッと気が付き慌てて取り繕う。
ぎこちないほほ笑みを顔に張り付けて、私は言う。
「高山君は結婚の話とかは出ないの?」
「僕の話はいいよ。」
話題を変えようとしたら、あっさりと失敗をした。
彼は考え込む様な素振りを見せた。
「光司さんね。名前で呼んでいるんだ。」
高山君はぽつりと零した。
婚約者を名前で呼ぶ事は普通の事だろう。
私は首を傾げた。
その様子を見た彼は笑う。
「その人のこと、好きなの?」
「すきよ。」
さらりと答えたかったが、どうにも気恥かしい。
ゆっくりと顔が赤くなっていくのが分かる。
そう言えば、光司さんの事が好きだと人に話したのはこれが初めてだ。
女友達ではあるまいし、
なんでこんな事を話しているんだろうと猛烈に後悔をした。
それでも、答えなくても追及される予感が何故かした。
「参ったな。」
そう言って、高山君は髪を掻き上げた。
いつも礼儀正しい彼らしからぬ乱雑な所作で、目の前に居る男の子の素が垣間見えた。
「僕はね。君のことが好きなんだよ。大学には入ってからも忘れられなかった。」
「え?」
告白されたのに全くときめかない。
どういうことだろう。
光司さんもこういった気分だったのかと思わず、別の方向に意識を飛ばしてしまった。
「結構アプローチをしたんだけど。」
「気が付かなかったわ。」
いや、よく話しかけられるとは思っていたが家絡みの奴かと思っていたのだ。
しかし、どうして好かれたのか分からない。
思い切って聞いてみる事にした。
「その、どうして?」
「どうしてかな。何となく似た者同士だと思ったからじゃない?良い理解者になれると思ったんだ。」
「分かった。」
「何が。」
「貴方を苦手だと思っていた理由。」
同時に光司さんを好きになった理由もはっきりした。
多分、この人と正反対の所だ。
高山君の顔を見ると、驚いた顔をしていた。
それでも素直に気持ちを伝える事にした。
「似た者同士だから苦手だと思っていたのよ。
気持ちは嬉しいけれど、光司さんの事がなくても断っていたと思う。」
高山君は家の為に優等生でいて、良い後継ぎになるのが当然だと思っている。
私も家の教え通りに良いお嬢様として振る舞わなくてはという意識があった。
独立して働きたいと言う気持ちを持っても、家に恥ずかしくない行動をしなくてはという意識があった。
多分、そう言った所が人との間に距離を生んでいたのだろう。
高山君もそれと同じだとしたら人から頼られる一方、寂しい思いをして来たとしても不思議ではない。
自分の同じ種類の人間として私を傍に置こうとしたのも納得できる。
しかし、私は彼が似た様なタイプだからこそ、好きになれなかったのだ。
私が光司さんを好きになったのは、建前と本音を使い分けている所だと思う。
そうなる為に、周囲の期待との葛藤があった事は容易く察する事が出来た。
厳しい家で育ってただの良い子に育たないで、自分のやりたい方向に進んでいる所が眩しく見えたのだ。
「それは、見事な片思いだね。」
「ごめんなさい。」
私は俯いた。
けれど、好意を伝えてくれた人には本音で接したかった。
「何か、変わった?」
「自分ではわからないわ。」
「昔だったらありがとうって言われて流されてお終いだった気がする。」
「私、はっきり言うタイプなんでしょ?」
さっきの事を蒸し返すと、
高山君はごめんごめんと手の平を上げた。
「うーん。肝心の所は打ち明けてくれないって言うか、そんな感じだった。
それでもきちんと振ってくれてすっきりしたよ。」
それが本音かどうか分からないが、彼は笑顔だった。
流石は英才教育を受けているだけあるとしみじみ実感させられた。
正直な所、彼に告白されたのがショックでその後の事は覚えていない。
ただ、気を晴らすようにして二次会でカラオケで歌ったのは記憶していた。




