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不倫された上に「コストカット」と自社からリストラされたおっさんエンジニア、中1に戻って未来の知識で大富豪になる  作者: 猫又ノ猫助
第3章大学編

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第五十九話:六本木の路地裏のデバッグ

 全面ガラス張りの窓の外には、怪しくきらめく六本木の夜景が広がっている。だが、今夜のその光の海は、数時間後に控えた「日本全土・次世代光回線網構築計画」の利権を巡る、日米総力戦の電脳的な戦場そのものだった。


「蓮、お嬢さん。お帰り」


 メインデスクの前に陣取り、何十枚ものモニターに凄まじい速度で流れる膨大な通信データを監視していた源さんが、眠そうな目をギラつかせて振り返った。仕立てのいいスリーピースのスーツの袖をまくり上げ、キーボードを叩くその姿は、間違いなく世界最高峰の技術責任者のものだった。


「ええ、源さん。あちらへの仕掛けの状況は?」


「完璧だ。お前が組み立てた新システムの防衛策は、すでに日本全土の基幹サーバーへ巧妙な罠として仕込み終えてる。今夜の午前零時、レイのファンドが不当な法案変更を盾に、大沢会長の通信株へ敵対的買収を仕掛けてきた瞬間、奴らの全原資をこの隔離したダミー領域へ自動的に吸い込んで、一瞬で凍結してやるさ」


「うん、源さん。財務の側の包囲網も、今さっき最終決定したよ」


 華が自らのデスクに座り、眼鏡のフレームを細い指先で押し上げながら、ノートパソコンの画面を提示した。ブラウスの袖を少しだけ捲り、真剣な瞳で最終チェックを行うその佇まいは、数か月前までデジタルアートの天才であったことを除けば普通の女子高生だったとは誰も信じられないほどの、冷徹なオーラを放っている。


「大沢会長のメインサーバーと金融庁の監査ルート、そして海外の短期借入金の流動性データを完全に連動させたの。レイさんが今夜動かす数千億の資金は、表の市場ルールの上でも、一歩動いた瞬間に『不適切な不正送金』として自動的に資産凍結される仕組みにしてあるよ」


「……素晴らしい段取りだ、白雪さん。これならレイがどれほど暗号技術に力を入れていようが、根本の資金そのものが破綻する」


 俺が本心からの賞賛を告げると、華は眼鏡をそっと外し、サクラ色の頬を愛おしそうに緩めて、俺のスーツの袖をきゅっと強く握りしめてきた。


「佐藤くんが全力で戦えるように、このオフィスの足元だけは、何があっても私が死守するって約束したもん。……絶対に、負けないよ」


 その健気で力強い言葉が、彼女はもうただ守られるだけの存在ではないと感じさせる。俺の隣で、同じ未来の頂点を掴み取るための、本物のパートナーだ。


 ――だが、午前零時を目前に控えた午後十一時三十分。


 オフィスの防犯アラートが、予期せぬ不穏な接近を告げる警報をけたたましく弾き出した。


『警告:地下駐車場、および正面エントランスの監視システムに、未登録の不審者の接近を感知』


「チッ、往生際の悪い連中が、まだ残ってやがったか!」


 源さんが舌打ちをしてモニターを切り替える。そこには、六本木のオフィスの裏手にある、街灯の届かない薄暗い路地裏を急ぎ足で進む、数人の男たちの影が映し出されていた。


 まさか藤堂たちが逃げ出した?


 ――いや、違う。レイが放った、外資系ファンド直属の、物理的なサーバー破壊(強行突入)を目的としたプロの工作員たちだった。電子の世界での完全敗北を予感したレイが、今夜の午前零時を迎える前に、俺たちのオフィスのメインサーバーを力尽くで破壊しようと、最後の悪あがきを仕掛けてきたのだ。


「佐藤くん……っ」


 華が一瞬、息を呑んで俺の袖を握りしめる力を強めた。


「大丈夫だよ、白雪さん。ここには、俺が事前に配置しておいた『最終防衛策』がある」


 俺は冷徹に微笑み、手元のデジタル端末を軽く操作して、裏社会の連絡ラインへ実行の合図を送信した。


 仕掛けてくる悪意は、この六本木のビルの周辺も含めて、すべて俺の予測の範疇だ。乾の精鋭たちが、すでにオフィスの路地裏に潜伏して、侵入者の襲来を待ち構えていた。


 ――同時刻。六本木のビルを囲む、深夜の薄暗い路地裏。


 黒い特殊戦闘服に身を包み、特殊な工作機器を手にしたレイの直属の工作員たちが、オフィスのバックアップサーバーの搬入口へと近づこうとしていた。


「ターゲットのメインサーバーまであと三十メートル。直ちに破壊を執行する」


 リーダー格の男が無線に向かって冷酷に呟いた、その瞬間だった。


 背後の闇の中から、カチャリ、と重厚なライターの音が響き、一本のタバコの火が赤く闇を焦がした。


「おいおい、東京の六本木のど真ん中で、ずいぶんと不躾な不法侵入をしてくれるじゃねえか、海外のニワカさんよ」


 トレンチコートを揺らし、冷酷な笑みを浮かべた経済ヤクザ・乾が、数人の屈強な男たちを引き連れて闇の中からゆっくりと姿を現した。


「……排除しろ!」


 外資の工作員たちが一斉に懐から特殊警棒やスタンガンを抜き放ち、乾の部下たちへと突撃した。だが、乾の従える男たちは、この国の裏社会で生き抜いてきた、本物の修羅たちだった。


「坊ちゃんの大事なオフィスの真っ白な床を、お前らみたいなゴミの返り血で汚すわけにはいかねえんだよ。路地裏のドブ底で、大人しくおねんねしてな」


 乾の冷酷な合図とともに、手下たちが一斉に地を蹴った。


 ドン、と鈍い打撃音が暗闇の路地に響き渡る。工作員の一人が放った鋭い突きを、乾の手下の大男が片手で完璧に受け止め、無力化。そのまま手首を極限まで捻り上げ、骨が砕ける甲高い音とともに、工作員をアスファルトの床へと叩きつけた。


「がはっ!?」

「くそっ、日本のヤクザがこれほどの戦闘力を――」


 慌てる工作員たちの懐へ、男たちがさらに一分の隙もない速度で踏み込んでいく。強烈な一撃が工作員の顎を砕き、路地裏のコンクリートに無様に転がしていった。わずか数十秒。レイが誇る特殊工作員たちは、裏社会の圧倒的な暴力の前に、手も足も出ずに全員が泥水の中に顔を擦り付けられ、完全に制圧された。


「処理完了だ、坊ちゃん。不審者は一匹残らず片付けた。表の戦い、思いっきり派手にやってきな」


 乾からの確実な報告が、俺のスマートフォンへとリアルタイムで届く。


「終わったよ、白雪さん、源さん。路地裏の障害はすべて消去された」


 俺が静かに告げると、オフィスの中に、張り詰めた、しかし最高に研ぎ澄まされた沈黙が戻ってきた。


「ククク……ハハハ! さすがだぜ蓮!」


 源さんが声を震わせ、モニターのタイムカレンダーが【23:59:59】を刻んだ。

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