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不倫された上に「コストカット」と自社からリストラされたおっさんエンジニア、中1に戻って未来の知識で大富豪になる  作者: 猫又ノ猫助
第3章大学編

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第五十四話:プライド

 レイが残した宣戦布告の余韻は、夏の強い日差しが照りつける中庭の空気を物理的に凍りつかせたかのように重く支配していた。周囲の学生たちは、誰一人として言葉を発することができずにいる。


 レイはフンと鼻を鳴らすと、彫刻のような横顔に傲慢な笑みを浮かべたまま、優雅な足取りでサークル棟の奥へと去っていった。その背中を見送る学生たちの間から、ため息のようなざわめきが漏れ出す。


 だが、その場にはまだ、もう1人の男が取り残されていた。


「あ……、あ……」


 中庭のゴミ箱の前。レイに資料を目の前で放り捨てられ、衆人環視の中でプライドをへし折られた男――藤堂が、幽霊のように青ざめた顔で立ち尽くしていた。


 かつて高級スーツに身を包み、「ビットバレーの申し子」と自惚れて佐藤家を破滅させようと画策していた頃の傲慢な面影は、どこを探しても見当たらなかった。着古した皺だらけのスーツは彼の痩せこけた身体には明らかに大きく、泥を被ったような虚ろな瞳は、ただ床の一点を見つめて小刻みに震えている。


 藤堂は現実すら正常に認識できない様子で、ゆっくりと膝を折り、這いつくばるようにしてゴミ箱の中から自分の書いた資料を拾い集め始めた。


「まだ、終わってない……。俺の考えは完璧だ……。レイだってすぐに認めてくれるはずなんだ……。あいつを見返して、佐藤蓮を、あのガキを地獄に突き落とすまでは、俺は……っ」


 ブツブツと、周囲の学生に丸聞こえの声で狂気的な独白を繰り返す藤堂。その姿は、憐れみを通り越して、ただただ不気味で醜悪だった。周りの新入生たちが「うわ、何あの人……」「関わらない方がいいよ」と、露骨に嫌悪感を露わにして距離を置いていく。


 俺は背後に庇っていた華の手を優しく握り直すと、ゴミ箱の前で無様に這いつくばる男へと、冷徹な一歩を踏み出した。


「無様ですね、藤堂さん」


 一片の感情も含まない俺の声が、藤堂の耳に届いた。

 その瞬間、藤堂の身体がビキリと硬直した。彼は紙束を握りしめたまま、首の骨がきしむような不自然な動作で、ゆっくりと顔を上げた。その血走った瞳に俺と俺の隣で佇む華の姿が映り込む。


「さ、佐藤……蓮……っ! 貴様、貴様ァ!!」


 藤堂は地を這うような怨嗟の声を上げ、弾かれたように立ち上がった。手にした資料が怒りのあまりクシャクシャに引き裂かれる。


「よくも、よくも俺の前にツラを出せたな! お前さえ、お前というイレギュラーさえ現れなければ、俺は今頃、日本のIT界の頂点に立っていたんだ! 自己破産して、執行猶予付きの状況にまで落とされて、ドブ水をすするような生活を送る羽目になったのは、すべてお前のせいだ!!」


 藤堂の狂気的な怒号が中庭に響き渡る。だが、その脅迫めいた態度に対しても、俺は動揺を見せなかった。


「言葉が不正確ですよ。あなたが破滅したのは、俺のせいではない。あなた自身のシステムと考えがあまりにも低俗で脆弱だったから、市場の原理に基づいて自動的に淘汰された。ただそれだけの結果です」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」


 藤堂は頭を掻きむしり、狂ったように叫んだ。


「お前は何も分かっていない! レイの背後にあるベルンシュタインの資本が、どれだけ巨大かを知らないんだ! 確かにお前は国内の有象無象を相手に無双してきたかもしれないが、世界は違う! お前の作った【RS-HS】なんて、レイの次世代アーキテクチャの前では、ただの砂の城だ! 俺は、レイのパーツとして、お前たちのすべてを根こそぎ買い叩き、今度こそお前の一家をドブ底に沈めてやる!!」


 狂気に駆られた男の、負け犬の遠吠え。

 そんな藤堂の言葉を、俺の隣に立つ華が、一歩前に踏み出しながら静かに遮った。


「藤堂さん。あなたこそ、何も見えていないのですね」


 華の瞳には、かつて藤堂の嫌がらせに怯えていた頃の弱さは微塵もなかった。俺と共に会社を経営すると決めた彼女の言葉には、重厚な説得力が宿っていた。


「あなたが信じているレイさんは、あなたを『共同経営者』としても、あるいは『技術者』としても認めていません。言葉通り、あなたはただ、佐藤くんへの怨恨を燃料として消費されるだけの、使い捨ての『部品』に過ぎないんです。そんな場所にしがみついて、誰かを呪うためだけに生きることが、あなたの言っていた『頂点』なのですか?」


「な、何だと……っ!? 小娘が、偉そうに語るな!!」


 華の理路整然とした、そして何よりも残酷な本質を突いた言葉に、藤堂の顔が今度は屈辱で土気色へと変わった。


 かつて自分が「ただの飾り」だと見下していたはずの一六歳の少女が、今や十八歳となり、洗練されたスーツを纏って、自分を蔑む様子が藤堂の歪んだプライドを容赦なく殺していく。


「白雪さんの言う通りだ、藤堂。お前がどれだけ狂気的な執念を燃やそうが、お前は、レイにとってはただのオモチャだ。そして、俺にとってもすでに過去に過ぎない」


 俺は一歩、さらに藤堂へと近づき、その耳元へ冷酷なトーンで囁いた。


「お前の動きは、すべて俺の監視網セキュリティがリアルタイムでキャッチしている。もしこれ以上、俺の会社や、俺の最も大切なものに、物理的な干渉を試みようとするなら……。次は執行猶予の取り消しだけでは済まない。お前の存在そのものを、この社会から完全に消去してやる」


 俺の底冷えするような瞳に射抜かれ、藤堂はヒッと喉の奥で短い悲鳴を上げた。


 さっきまでの狂気的な勢いは一瞬で霧散し、全身から冷や汗を流しながら、ガタガタと膝を震わせる。


「ひ……、ひいぃっ……!!」


 藤堂は引き裂かれた資料を地面にぶちまけたまま、頭を抱えて、中庭から脱兎のごとく逃げ出していった。その惨めな背中に、周囲の学生たちから冷ややかな嘲笑と蔑みの視線が浴びせられる。


「終わったね、佐藤くん。……あの藤堂さんが、あんな風になっちゃうなんて」


 華が少し寂しげに、でもどこか吹っ切れたような表情で、俺のスーツの袖をきゅっと握りしめてきた。


「ああ。奴はもう勝手に崩壊していく。俺たちが気に掛ける必要すらないよ」


 俺は華の手を優しく握り直し、その温もりに自らのトーンを和らげた。


「それよりも白雪さん、さっきの反論は見事だったよ」


「ふふ、本当? 少しは佐藤くんの盾になれたかな?」


「少しじゃない。キミは本当に頼れる共同経営者だよ」


 俺がそう告げると、華はサクラ色の頬を真っ赤に染め、嬉しそうに、けれど愛おしそうに俺の手を強く握り返した。


 旧時代の遺物である藤堂のプライドをへし折った俺たちの前に、未来はその複雑さを増していく。


 夏の青空が高く広がるキャンパスの真ん中で、俺たちは並んで次なる講義室へと歩みを進めるのだった。

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― 新着の感想 ―
 ヒロイン、立派に自立しておりますねー❗️  これからの国際巨大資本との戦いがどの様に動いていくのか? 期待してお待ちしております。
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