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不倫された上に「コストカット」と自社からリストラされたおっさんエンジニア、中1に戻って未来の知識で大富豪になる  作者: 猫又ノ猫助
第3章大学編

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第五十三話:天才留学生「レイ」の宣戦布告

 六本木のオフィスでの深夜、華をこの腕に抱きしめ、生涯をかけて守り抜くと誓ったあの日から数日。東京を濡らす梅雨の長雨がようやく上がり、キャンパスの木々が夏の強い日差しを浴びて青々と輝き始める季節。


 俺と華が通う経済学部のキャンパスは、一つの巨大な「異変」によって、異様な熱気と緊張感に包まれていた。


「……佐藤くん、あそこ。また凄い人だかりができてるね」


 講義棟の間を繋ぐ中庭の回廊を歩きながら、華が少し眉をひそめて視線を向けた。


 視線の先にあるサークル棟の前に、大勢の学生たちが何事かを熱心に覗き込むようにして黒山の人だかりを作っている。その中心にある掲示板には、英語と日本語で書かれた特大のポスターが張り出されていた。


『国際経済研究サークル・特別公開カンファレンス――講師:レイ・フォン・ベルンシュタイン』


 その名を目にした瞬間、俺は思わず身構えた。


 一月の中旬、あの研究発表会で初めて言葉を交わした、海の向こうの巨大テック資本の令息。そして、曲がりなりにも俺が作った暗号防壁をわずか三分でこじ開けてみせた、あの金髪の男。


 奴が特待留学生としてこの大学に入学し、旧時代の情報利権にぶら下がっていた残党や、売国奴の官僚のバカ息子どもを囲い込み始めたという源さんの報告は正確だった。


「噂のレイ先輩、マジで次元が違うよな。アメリカの超巨大ファンドから数十億の投資枠を引っ張ってきたらしいぜ」


「岩崎通信が潰れてガタガタになった国内のシェアを、あのサークルが中心になって外資主導のインフラに乗り換える提案をしてるらしい」


 周囲の学生たちが、興奮気味にそんな私語を交わしている。


 レイは、ただの技術者ではない。資本の流動性と政治の仕組みを完璧に理解し、この大学の「経済学部」という合法的な社交場を最大限に利用しているのだ。奴らが狙っているのは、大沢会長と俺たちが進める国家プロジェクトの根本的なルール変更。


 外資に都合のいい新法案を国会にねじ込み、日本の通信主権を根こそぎ奪うための布陣が、着々と進められつつあった。


「行こうか、白雪さん」


「うん。……あ、待って、佐藤くん」


 華が俺のスーツの袖をきゅっと握り、動きを止めた。その視線は、人混みの奥からこちらへと歩いてくる「影」に釘付けになっていた。


 学生たちがモーセの海割りのように自然と道をあけていく。


 その中心を、優雅に、あるいは傲慢な足取りで歩いてくる一人の青年がいた。


 初夏の日差しを浴びて眩しく輝く金髪に、すべてを見下すような氷の瞳。高級なラペルピンの光るスーツを完璧に着こなしたその容容姿は、周囲の学生たちとは明らかに隔絶したカーストの頂点を示していた。


 だが、俺の視線を鋭く止めさせたのは、レイ本人ではなかった。


 レイの斜め後ろ、まるで影か、あるいは首輪を繋がれた従者のように、ペコペコと卑屈な笑みを浮かべながら付き従う、見る影もなく痩せこけた一人の男の姿だった。


 ――藤堂。


 かつてビットバレーの申し子と自惚れ、佐藤家を破滅させようとして返り討ちに遭い、自己破産したはずの男。執行猶予の身でありながら、どうやらレイの下僕として仕えることになったらしい。


「レイ先輩、次の講義の資料と、経済界へのロビー活動の進捗状況の報告書、すべて完璧に揃えてあります! 素晴らしい出来栄えですので、ぜひご覧に――」


 藤堂は、かつてのプライドなど微塵も残っていない、擦り切れた声でレイに紙束を差し出した。だが、レイは藤堂の方を見向きもせず、その資料を手に取ると、一瞥してそのまま中庭のゴミ箱へと放り捨てた。


「不要だよ、藤堂。君の脳が導き出した内容は相変わらず欠陥だらけで見る価値もない。僕が求めているのは、君の佐藤蓮に対する歪んだ怨恨という原動力だけだ。それ以外の低俗な成果物で、僕の貴重な時間を汚さないでほしいな」


「ひっ……! す、すみません! すぐに書き直します、すぐに……!」


 衆人環視の真っ只中、大勢の学生たちの前で年下に徹底的に尊厳を破壊されているにもかかわらず、藤堂は怒ることもできず、ただ怯えたように何度も頭を下げていた。レイは藤堂を人間としてすら扱っていない。単に、俺の出方を探るための使い捨ての駒として、その狂気的な執念だけを評価して回収したのだろう。


「――おや、素晴らしいね。わざわざ僕の方から会いに行く手間が省けたよ」


 ふいに、レイの氷の瞳が真っ直ぐに俺たちを射抜いた。

 レイは不敵に口元を緩めると、藤堂をその場に置き去りにしたまま、俺と華の目の前へと歩み寄ってきた。


「久しぶりだね、佐藤蓮。それに、経済学部の女神、白雪華さん」


 レイの視線が、俺の隣に立つ華へと向けられた。値値踏みするような、ねっとりとした冷たい視線。俺は瞬時に華の前に一歩踏み出し、彼女を自らの背後へと庇った。


「……レイ。わざわざ学内外を問わず情報を拾い集めてまで俺に揺さぶりをかけようとは、ずいぶんと非効率な真似をするな」


 俺の声は、周囲の空気を一瞬で凍りつかせるほどの極低温へと切り替わっていた。


「どんな無能であっても、適切な役割を与えて僕の組織の部品にすれば、それなりの実用価値は生まれるのさ。君を追い落とし、大沢会長の老いぼれコンツェルンを市場から完全に引きずり降ろすためのね」


 レイはポケットに両手を突っ込んだまま、退屈そうに首を傾げた。


「君たちが大沢と進めている国家プロジェクト。あれは実に見苦しい、旧時代の『鎖国政策』だ。これからの二〇〇〇年代、通信の主権はすべて我がベルンシュタインの巨大資本によってグローバルに統治されるべきなんだよ。今、僕の国際経済サークルが中心となって、君たちの新インフラを合法的に買い叩くための新法案を、裏の政界ルートから進めている。数ヶ月後、君たちのすべてが僕のコレクションに書き換えられる。楽しみにしているよ」


 明確な、世界規模の資本と政治の力を使った宣戦布告。


 周囲の学生たちがその圧倒的なプレッシャーに息を呑む中、俺はただ、冷徹極まる微笑みを口元に浮かべた。


「戦略としては、三流だな。どれだけ無能を集めようが、政治家をいくら抱き込もうが、インフラの根本的な管理権がこちらにある以上、お前たちの計画はとん挫する事が目に見えてる」


 俺は華の手を優しく、けれど絶対に離さないという強い力で握り締めながら、レイの瞳を真っ直ぐに見据え返した。


「俺たちの未来、そして俺の大切な人たちには、指一本触れさせない。仕掛けてくる悪意は、後ろ盾になっている国ごとまとめて完璧に淘汰してやる。首を洗って待っているといい、レイ」


 夏の強い日差しが降り注ぐ中庭で、俺とレイの視線が激しく火花を散らす。

 前世の知識が通用しない男であり巨大資本の怪物。奴との、日本の国家主権を賭けた戦争のゴングが今まさに、鳴り響こうとしていた。

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