第四十七話:最高位の社交界
大沢会長との密談から数日後。
三月の終わりに差し掛かったその夜、俺たちは再び大沢会長の招きに応じ、都内にある格式高い会員制迎賓館を訪れていた。
歴史の重みを感じさせる重厚な漆黒の門をくぐると、外界の喧騒が嘘のように遮断された広大な日本庭園が広がり、その奥に息を呑むほどに華やかな大広間が佇んでいた。
会場に足を踏み入れると、きらびやかなシャンデリアの光の下、タキシードや仕立てのいいスーツを纏った大人たちが、グラスを片手に歓談していた。現職の大臣、中央省庁の事務次官トップ、そして誰もがその名を知る大手コンツェルンの会長たち。彼ら一人一人が、一言放てばこの国の経済や法律が動くほどの、絶対的な管理者権限を持つ権力者たちだった。
「……佐藤くん、すごくたくさんの人がいるね。みんな、テレビのニュースや新聞でしか見たことがない人ばかりで、なんだか緊張しちゃうな」
俺の隣で、華が周囲の様子を窺いながら、小さく声を漏らした。
今夜の彼女は、淡いピンク色のイブニングドレスに身を包んでいた。綺麗に整えられてアップにされた黒髪と、緊張でほんのりと色づいたサクラ色の頬が、会場の柔らかな光に美しく映えている。
若干十八歳という若さでありながら、どこか色気すら感じさせるその雰囲気に思わず見ほれる人間がチラホラ見えた。
「大丈夫だよ、白雪さん。ここにいる大人たちは俺達を一目見るためにわざわざ遠方から来ている人も居るんだ。堂々としていればいいんだよ」
「うん……佐藤くんがそう言ってくれるなら、私、頑張るね。これからは佐藤くんと一緒に会社を経営していくんだもん。このくらいの場所で臆病になってちゃダメだよね」
華は自分を鼓舞するようにドレスの裾をきゅっと握り、凛とした笑みを浮かべてみせた。
彼女が芸術だけではなく、俺と共に会社を経営していくために、同じ大学の経済学部を選択してくれたという事実は、彼女の才能を考えれば必ずしも正解であるとは限らない。ただ、彼女はただ守られるだけの存在ではない。俺の隣で、同じ未来を見据えて戦う本物の経営者になろうとしてくれている。その健気な覚悟が、愛おしくてたまらなかった。
「おいおい、主役の二人が隅っこで内緒話か? 相変わらずの仲の良さで、見ているこっちが気恥ずかしくなるな」
スリーピースのスーツを着こなした源さんが、楽しそうに笑いながら近づいてきた。その手にはアルコールではなく、炭酸飲料が握られている。
「挨拶の順番を整理していただけですよ、源さん。大沢会長に呼ばれた以上、俺たちがこの国のトップ層にどう認知されるべきか、その基準値を決める場ですからね」
「言うねえ。まあ、お前の言う通りだ。俺たちの【RS-HS】をただの『若者の台頭』だと思っている奴らがいるなら、今夜でその歪んだ認識を完璧に書き直してやろうぜ」
源さんが不敵に笑った、その時だった。
会場の喧騒が、潮が引くように一瞬で静まり返った。
正面の二重扉が開き、仕立てのいい和服を揺らした老人が姿を現したからだ。白髪の短髪に、すべてを見透かすような鋭い眼光。日本の政財界の頂点に君臨し続ける絶対的な支配者、大沢会長その人だった。
彼の登場に、さっきまで傲慢に振る舞っていた大臣や大企業の社長たちが、一斉に姿勢を正して道をあける。
「待たせてね、諸君。今夜集まってもらったのは他でもない。我が国の未来を担う、若き天才たちを君たちに紹介するためだ」
大沢会長の重厚な声が、広い会場に響き渡った。大沢会長は真っ直ぐに俺たちの方を見つめ、手招きをする。
「佐藤蓮くん、そして白雪華さん、前へ来なさい」
周囲の視線が一斉に俺たちへと突き刺さる。懐疑、値踏み、あるいは十八歳の若者に対する明らかな軽視。そんな有象無象の視線を一切気にも留めず、俺は華の手を優しく引きながら、堂々とした足取りで大沢会長の隣へと歩み進めた。
「ご紹介に預かりました、佐藤蓮です。こちらは私の共同経営者である、白雪華です」
俺の声は、広い会場の隅々にまで冷徹に、そして完璧な礼儀を持って響き渡った。大人たちの間で、微かなざわめきが起こる。物怖じしない俺の態度と、その隣で淑女として美しく佇む華の姿に、彼らは気圧されたのだ。
「皆も知っての通り、我が国の通信ネットワークは新時代を迎えた今、大きな変革を迫られている。そこで私は、我が国の命運を賭けた数千億円規模の『日本全土・次世代光回線網構築計画』の全権を、この二人に委ねることを決定した」
大沢会長の口から放たれた衝撃的な宣言に、会場全体が息を呑んだ。
数千億の国家プロジェクト。それを、今春大学に入学するばかりの十八歳の若者に一任するというのだ。並み居る重鎮たちの顔が、驚愕と動揺で一気に強張っていく。
「会長、いくらなんでもそれは……! まだ年端もいかない若者に、国家の命運を握らせるなど前代未聞です!」
一人の大手通信企業の役員が、たまらずといった様子で声を上げた。だが、大沢会長はその男を冷酷な一瞥で黙らせると、フッと不敵に微笑んだ。
「前代未聞だからこそ、やるのだよ。君たちのような旧時代の老人では、これからの二〇〇〇年代の世界のスピードには到底ついていけん。佐藤くんの持つ技術と先見の明こそが、この国を世界の頂点へと導く唯一の道だ。異論がある者は、今すぐこの場から立ち去るがいい」
絶対的な権力者の言葉に、反論できる者は誰もいなかった。
大沢会長の宣言が終わるや否や、さっきまで俺たちを遠巻きに見ていた大臣や官僚トップ、大手企業の会長たちが、手のひらを返したように次々と俺たちの前に列を作り始めた。
「佐藤代表、素晴らしい才能だ。ぜひ我が省としても、全面的にバックアップさせていただきたい」
「白雪さん、経済学部へ進学されるとか。将来の優秀な女性経営者として、我がグループのシンクタンクともぜひ交流を……」
畏怖とへつらいを込めて、頭を下げてくる大人たち。その光景を、俺は冷徹な瞳で見下ろしていた。彼らが頭を下げているのは、俺たちの背後にある大沢会長の権力、あるいは俺たちが握っている【RS-HS】という圧倒的な実利に対してだ。
「ええ、ありがとうございます。皆様のご期待に添えるよう、完璧なシステムを構築してみせます」
俺は白雪さんの手を強く握り返しながら、大人の社交界をいなしていった。彼女もまた、俺の隣で、大物政治家たちの挨拶に臆することなく、経済を学ぶ者としての謙虚な姿勢ながらも微笑み返していた。
だが、そんな俺達の様子を快く思っていない人間達も確かに存在するのであった。




