第四十三話:新世紀のファースト・ログイン
西暦二〇〇〇年、一月四日。
お正月の喧騒がすこしだけ落ち着きを取り戻した、冬の柔らかな光が差し込む朝。
「――佐藤くん、お待たせ! ごめんね、準備に時間がかかっちゃって……」
都内の由緒ある神社の鳥居前。待ち合わせ場所に指定した大樹のふもとで振り返ると、そこには息を呑むほどに美しい少女が立っていた。
華が身に纏っていたのは、淡いサクラ色の生地に、繊細な白百合の刺繍が施された見事な振袖だった。
いつも学校で結んでいる長い黒髪は艶やかにアップにまとめられ、うなじの白さを際立たせている。冷たい空気のせいで、少しだけ赤くなった頬と、はにかむように潤んだ瞳。
生徒会副会長としての凛とした佇まいは鳴りを潜め、そこにあるのは、一人の一六歳の少女の姿だった。
「ううん、俺も今着いたところだよ。……白雪さん、その振袖、すごく似合っている。本当に綺麗だ」
「ふぇ!? あ、ありがとう……。お母さんと一緒に、佐藤くんに見せるならどれがいいかって、一生懸命選んだから……そう言ってもらえると、すごく嬉しいな」
華はさらに顔を真っ赤にして、照れくさそうにパタパタと振袖の袖を揺らした。
普段冷静に努めているが、華のその可愛らしさによって、一瞬で頭がオーバーヒートを起こしそうになる。
「さあ、行こうか。人が多くなる前にお参りを済ませてしまおう」
「うん!」
境内へと一歩足を踏み入れると、三が日を過ぎたとはいえ、初詣の参拝客でそれなりの混雑を見せていた。
すれ違う参拝客たちが、華の圧倒的な美貌に「モデルか何かかしら」「綺麗な振袖ね」と次々に視線を向けていく。
「わ、わっ……!」
突如、前方から歩いてきた集団に押され、華の足元が草履のせいで小さくよろめいた。
俺は迷うことなく流れるような動作で手を伸ばし、華の細い腰をぐっと引き寄せて、自分の胸へと抱きとめる。ふわりと、サクラの甘い香りが蓮の鼻腔をくすぐった。
「大丈夫かい、白雪さん。人が多いから、足元に気をつけて」
「あ、う、うん……ありがとう、佐藤くん」
蓮の胸に顔を埋める形になった華は、心臓の音が聞こえてしまいそうなほど急接近した距離に、耳たぶまで真っ赤に染めている。そして、周囲に誰も身内がいないことを確認すると、意を決したように上目遣いで蓮を見つめた。
「あのね、佐藤くん……。その、我慢しようと思ったんだけど……。今日は学校じゃないし、その……手を、繋いでもいい、かな……?」
小さな声で、けれど明確な独占欲を孕んだ華の要求。
普段は周囲の視線がある手前「一定の距離感」を維持している彼女が、プライベートという非日常の中で見せた行動。
「……もちろん。そのために俺が隣にいるんだから」
優しく微笑み、割れ物を扱うかのようにそっと手のひらを開くと、華は嬉しそうに破顔して、差し出した手をきゅっと、両手で包み込むように強く握りしめた。
冷たい冬の空気の中で、繋ぎ合わされた互いの体温だけが、驚くほど熱く伝わってくる。
二人は並んで本殿へと進み、お賽銭を投げ入れて静かに目を閉じた。
パン、パン、と柏手の音が響く。
(これからも、いつまでも大切な人たちを守って見せる――)
華が心から純粋な祈りを捧げる隣で俺もまた、神仏ではなく自分自身の思いに誓いを立てていた。
(藤堂も、美咲も、城崎も消えた。これからは俺がお前の笑顔だけを一生、何があっても守るよ――)
参拝を終えた帰り道、境内の隅で温かい甘酒のカップを買い、一つのベンチに身を寄せ合って座った。
「ふぅー、あったかいね、佐藤くん」
「ああ。そういえば白雪さん、おみくじは引かなくていいのかい?」
「ううん、引かないよ。だって、わたしの一番の『大吉』は、もう目の前にいるんだもん」
華は甘酒の湯気の向こうで、いたずらっぽく小悪魔のように微笑んだ。
それを見た俺は思わず笑顔になってしまっていた。




