第四十話:世紀末最後の夜
「――見ろよ美咲、城崎さん! ついに、ついに『一〇〇%』だ! 画面のインジケーターが完全に染まったぞ!」
一九九九年十二月三十一日、二十三時五十分。
世紀末最後の夜、六本木の超高級クラブのVIPルームには、割れんばかりの歓声と下品な高笑いが響き渡っていた。
藤堂が狂ったようにノートパソコンの画面を叩き、そこに表示された「支配率一〇〇%」の文字を掲げてみせる。それは、佐藤蓮が彼らを極上の処刑台へと誘うために掴ませた、のダミーデータだった。
「凄い……! 本当にやったのね、藤堂さん! これでもう、あの2人が持つ数百億の価値があるプラットフォームは、全部私たちのものなのね!?」
「ああ、そうだとも! 見ろ、この流れるようなログを! すべて我が社の管理下に書き換わっている!」
「嬉しい……っ! 藤堂さん、やっぱりあなたは世界一の天才起業家よ! あの生意気なガキどもを、一瞬で引きずり下ろしてくれたんだもの!」
藤堂の膝の上に乗り、美咲は狂喜乱舞した。数日前までの資金繰りの焦燥も、藤堂から受けた冷たい態度も、この圧倒的な「勝利のデータ」の前には全て吹き飛んでいた。
彼女の指先には新しく買い与えられたエメラルドの指輪が輝き、その瞳には、かつて自分を底辺へと突き落とした佐藤蓮と白雪華を、今度こそ社会の最底辺へと引きずり下ろして嗤う、極上の愉悦が濁らせていた。
「ククク……よくやったな、藤堂。大口叩くだけのことはあるやないか。これで来年からは、この国のネットの利権は全てワシらの思い通りや。明日から連中は路頭に迷うことになるのう」
ソファに深く腰掛けた城崎が、上等な葉巻の煙をふうっと吹き出し、満足そうに目を細めた。
「城崎さん、当然ですよ! これからはインターネットの時代だ。その基幹を握った我々は、日本の政財界をも動かす存在になる。数日前にそちらの若い衆が『不運な交通事故』で警察に連行されたと聞いた時は肝を冷やしましたが、この莫大な利権の完成を前にすれば問題ない!」
「ハハハ、そうやな。ウチの若いもんは不幸やったが、システムごと根こそぎ奪えたんや、文句はナシや。なぁ、嬢ちゃん?」
「ええ、もちろんよ! あの佐藤蓮も、所詮はただのガキだわ! ちょっと小賢しいシステムを作れたからって、藤堂さんの敵になれるわけないじゃない!」
藤堂は美咲を膝から下ろすと、勢いよく立ち上がり、クリスタルグラスに注がれた最高級のドン・ペリニヨンを高く掲げた。
「あのガキどもは今頃、自分たちの築き上げた城が丸ごと奪われたことも知らずに、田舎のこたつで丸くなってテレビでも見ている最中さ! 惨めだなあ! 可哀想だなあ! これが、踏み台にされる側の無能な連中の末路なんだよ! なあ美咲、そうだろう!?」
「本当ね! この事実を知った時、あの二人がどんな顔をするか今から楽しみで仕方ないわ! 佐藤、白雪、あんたたちの負けよ! 連中が私たちの足元で泣き叫ぶ姿をたっぷり拝んであげるわ! 私たちこそが、この世界の本当の最高位カーストなのよ!!」
美咲が狂ったように叫び、藤堂とグラスを合わせた。チン、と高い音がVIPルームに響き渡る。
彼らは完全に酔いしれていた。自分たちが座っている場所が、すでに大旦那の政治力と、乾の組織の防壁、および警視庁ハイテク犯罪捜査部門によって全方位から包囲された「処刑台の特等席」だとは夢にも思わずに。
「おい、社長。年明けまであと数分だ。最後のシステム移行の承認ボタンを押して、カンペキに終わらせようや」
城崎が、下卑た笑みを浮かべながら促す。
「分かっているさ。ほら、承認プロトコル、実行だ! さあ、二十世紀最後のカウントダウンを始めようじゃないか!」
◇◇◇
――同時刻。西暦二〇〇〇年まで、あと五分。
六本木の喧騒から遠く離れた、静かな『RS-HS』のオフィス。
トリプルモニターの前には、学ランのボタンを外し、冷徹な手つきでキーボードを叩く佐藤蓮と、シャンメリーを片手にタイマーの数値を凝視する源さんの姿があった。
「――蓮、六本木のネズミどもの五十億を確認した。奴らの画面、綺麗に『支配率一〇〇%』でロックされてるぜ。お前の言う通り、一ミリも疑わずに最後のボタンを押しやがった。本当に、見事なまでに踊らされてくれたな」
「予想通りですよ、源さん。人が最も無防備になるのは、自分の勝利を確信して悦に浸っている状態ですから。彼らには、その偽りの全能感を新世紀の幕開けまで存分に楽しんでもらいましょう」
指先が、流れるような速度で最終コードのコンパイルを完了させていく。
画面の隅には、大旦那のルートからリアルタイムで共有されている、警視庁の部隊の位置ログ(GPSデータ)が表示されていた。黒塗りの特殊車両の群れが、すでに藤堂たちのいるクラブの周囲を猫一匹逃げる隙間もないほど完全に包囲している。
「大旦那のトップダウン命令、凄まじいスピードだな。警察の特殊班が完全に六本木を制圧してやがる。城崎の裏の縄張りも、乾のところが今この瞬間に『合法的な書類』を突きつけて、フロント企業ごと綺麗に買い叩いてる最中だぜ」
「表の法律、裏の暴力。その全てを動かしてでも、彼らは排除されるべき人間でしたから。あと三分で二〇〇〇年ですか。世紀末最後の大仕事ですね」
「ああ。連中はお前の大切なものを脅かそうとした悪党どもだ。一人の例外もなく、完璧にサヨナラしてもらおうや」
「ええ、そうしましょう」
「くぅー、冷徹だねぇボス! だが、その冷たさが最高に頼もしいぜ。華ちゃんには、こんな鬼みたいな顔は見せられねえな?」
「白雪さんの前では、俺は極力普通の高校生でいたいですから。……さあ、源さん。カウントダウンです。新世紀の幕開けと同時に、悪党どもの砂の城を綺麗に崩してあげましょう」
源さんが不敵に笑い、エンターキーに指を添えた。
画面のデジタル時計が、無慈悲に秒数を削っていく。
二一世紀の夜明けまで、あと、十秒――。




