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不倫された上に「コストカット」と自社からリストラされたおっさんエンジニア、中1に戻って未来の知識で大富豪になる  作者: 猫又ノ猫助
第2章高校編

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第三十九話:包囲網のパッチ

「――よし、これで全てのソースコードの結合が完了したな、蓮」


 『RS-HS』の外部オフィス。


 深夜二時を回った静寂の中、源さんがキーボードから手を離し、椅子に深く体重を預けながら大きく伸びをした。トリプルモニターの放つ冷たい光に照らされた彼の顔には、連日の徹夜作業による疲労よりも、完璧なシステムを組み上げたエンジニア特有の高揚感が浮かんでいた。


 デスクの上に置かれたラムネの瓶が、彼の動きに合わせてカランと小気味よい音を立てる。


 画面に表示されているのは、一つの巨大な暗号化ファイル。


 容量にしてわずか数十メガバイトのそのデータには、致命的な証拠が一分の改ざんの余地もないタイムスタンプと共に完璧に整理されていた。


 ・①『藤堂ネクスト・ソリューションズ』の明確な脱税、インサイダー取引、および不正会計の全データ。


 ・②乾の組織から入手した、城崎の組織による「組織犯罪処罰法違反」の裏取引ログ。


 ・③高橋美咲が明確に指示した、佐藤誠(蓮の父親)および白雪華に対する「誘拐・監禁致死傷教唆」の音声データと暗号通信ログ。


 それらは一つだけでも藤堂達にとって致命傷となりうるデータであったが、3つ揃うことで言い逃れの出来ない証拠として存在していた。


「表社会の法律、そして裏社会のルール。その双方において、奴らをこの世界から一斉に追い出すための、完璧なデータですね。本当にありがとうございました」


 源さんの声に、デスクの前で学ランのボタンを外しながら応じる。


「しかしよ、蓮。これだけの特大のデータ、普通に警察の窓口に持っていったんじゃ、官僚主義の壁に阻まれて処理が年明けにズレ込む可能性もあるぜ? 藤堂の奴らは一九九九年の大晦日に勝負をかけるつもりだ。タイムラグは許されねえ。お役所仕事のスピードじゃ、奴らの暴走を元旦の瞬間に綺麗にシャットダウンするのは難しいんじゃないか?」


「分かっています、源さん。だからこそ、このデータは『トップダウン』で流し込みます。一般のルートではなく、この国のシステムを最上層から一瞬で書き換えることができる、絶対的な権限を使ってね」


 そう告げながらデスクの上の固定電話を取り上げ、事前に登録されていた暗号化ラインの短縮ダイヤルを押した。


 コール音は、わずか一度。


 スピーカーから聞こえてきたのは、地鳴りのような重厚さと、日本の政財界の頂点に君臨する者だけが持つ圧倒的な威厳を孕んだ老人の声だった。


『――私だ。待っていたよ、佐藤くん』


「夜分遅くに恐れ入ります、大旦那。例の我が国のネットワークを脅かす『バグ』どもの駆除プログラムが、すべて完成いたしました」


『ほう……。あの藤堂とかいう若造と、それに群がる裏社会の羽虫どものことかね』


「はい。彼らは、俺が仕掛けた罠に五十億の資金をすべて投入し終えました。それだけでなく、身の程を弁えず、俺の家族や……俺にとって最も大切な聖域にまで、下品な暴力を以て侵入しようとしてきました。これ以上の暴挙を許すのは、私にとっても日本のITインフラの未来にとっても有害です」


 蓮の言葉を聞いた瞬間、電話の向こうの大旦那から受話器越しでも肌がピリつくほどの凄まじい殺気が漏れ出た。日本の政財界を数十年間にわたり裏から統治してきた最高権力者にとって、自分の見込んだ人間の未来に泥を塗ろうとする羽虫どもなど、圧殺すべき対象でしかなかった。


『……許し難いな。我が国が新世紀の覇権を握るための【RS-HS】に、そのような愚かな行いをする売国奴どもがいたとは。佐藤くん、君が取得しているデータを私の特設サーバーへ転送したまえ』


「すでに送信を完了しています、大旦那」


『相変わらず手際がいいな。……よし、手元の端末で確認した。これだけあれば何も問題ない。警視庁トップ、およびハイテク犯罪捜査部門の総監へ、私から直接命令を下そう。大晦日の夜、奴らに自分の身の程を教えてやる』


「ありがとうございます。裏の処理に関しては、すでに乾の組織が動いており、城崎の縄張りと利権の『合法的な買収手続き』の裏工作も完了しています。年が明けた瞬間、彼らの砂の城は、表からも裏からも跡形もなく消滅します」


『ククク……一六歳にして、表も裏も抑えるなど恐ろしい手際だ。やはり君に日本の未来を委ねた私の目に狂いはなかったな。安心して、新世紀の幕開けを楽しみたまえ』


「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」


 プチリ、と静かに通話が切れた。


 大旦那の政治力が動いた。それは、国家という巨大なシステムが、藤堂たちという小さな人間を叩き潰すために音もなく、しかし確実に起動したことを意味していた。


「……終わったな、蓮。大旦那が直接警察のトップを動かした。これで連中が制裁されるのは確定になったな」


「ええ。藤堂、城崎、そして高橋美咲。奴らは今頃、何も知らずに『年が明ければ数百億のプラットフォームが手に入る』と、完全な全能感に酔いしれているでしょう。自分が座っている場所が、すでにロープの掛けられた処刑台の上だとも気づかずに」


 キーボードに手を戻し、二〇〇〇年一月一日午前〇時〇〇分に発動する、Y2Kバグの反転プロトコルの最終コンパイルボタンを押した。


 画面には、【READY FOR EXECUTION(執行準備完了)】の文字が、冷たく、静かに点滅を始めた。悪党たちの破滅へ向かうカウントダウンは、もう誰にも止められない。


「ところで蓮、これだけのものを作り上げたんだ。大晦日の夜まで、少しは休めるんだろうな?」


 源さんが心配そうに、しかしどこか悪戯っぽく笑いながら尋ねた。


「ええ。ここからの数日間は、俺のシステムにとっても、俺自身にとっても、大事な休養期間になりますから」


「休養期間、ねえ。要するに、華ちゃんとイチャつく時間ってことだろ?」


「言葉が不正確ですね、源さん。俺の家族と過ごす大事な時間でもありますよ?」


「はいはい、ごちそうさまでした。新世紀の幕開けは、お前のノロケと悪党どもの悲鳴で賑やかになりそうだな」


 オフィスに、二人の静かな笑い声が響いた。

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