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不倫された上に「コストカット」と自社からリストラされたおっさんエンジニア、中1に戻って未来の知識で大富豪になる  作者: 猫又ノ猫助
第1章 中学編

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第十二話:シスコン

「おい、蓮……。本当にいいのか、これ。俺の口座、数字の桁がおかしくなっちまってるぞ……」


 数日後の放課後。源さんの秘密基地に足を踏み入れるなり、源さんは両手で頭を抱え、狂ったようにディスプレイを凝視していた。

 画面に表示されているのは、源さんの父親から引き継いだ法人口座のオンライン残高画面だ。


「海外のテック企業からの、独占ライセンス契約の第一期分だよ。源さん。アメリカの銀行を経由して、無事に着金したみたいだね」


「無事になんてレベルかよ! 日本円に換算して、一億二千万円だぞ……!? おい、お前、自分が何をやったか分かってるのか? まだ中一のガキが、一瞬で億万長者になっちまったんだぞ!」


「俺だけの力じゃないさ。システムの効率化と、白雪さんのあの素晴らしいイラストが合わさったからこそ、海外の投資家たちがこの金額を叩き出したんだ」


 俺はカバンを床に置き、至って冷静に答えた。

 四十二歳のシニアエンジニアとしての感覚からすれば、世界標準の通信インフラの基盤を押さえたのだ、これでもまだ安い方だ。これからインターネットの普及が本格化すれば、この数字のさらに後ろにゼロがいくつも並ぶことになる。


「白雪さんへの原稿料とロイヤリティ、それから源さんの名義代とシステム利用料。あらかじめ決めておいた比率で、それぞれの口座に分散して送金処理をお願いできる?」


「あ、ああ、それはもう手配してある。税理士のオヤジの知り合いに頼んで、子供の小遣いじゃ通らないスキームで綺麗に処理してもらったよ。……それにしても、蓮。お前、この大金を一体何に使う気だ?」


 源さんが、ゴクリと生唾を飲み込んで俺の顔を覗き込んできた。


「まずは、最優先のタスクを処理するさ」


 俺は静かに笑い、自分の取り分として現金で引き出しておいた数本の束を、カバンの奥へと収めた。


 向かう先は、平屋の秘密基地ではなく、俺の本当の家だ。

 夕方の住宅街を足早に歩き、実家の玄関を開ける。


「ただいま、母さん」


「あ、蓮、おかえり。今日も源さんのところに行ってたの?」


 台所から、夕飯の支度をする母親の優しい声が返ってくる。

 そして、その直後。


「おにいたん! おかえりなさーい!」


 トトトト、と廊下を走る短い足音。

 部屋から飛び出してきたのは、五歳の妹・結衣ゆいだった。

 結衣は俺の姿を見るなり、短い両手をいっぱいに広げて俺の太ももにしがみついてきた。


「ただいま、結衣。今日も良い子にしてたか?」


「うん! あのね、結衣ね、今日はお絵描きで、おにいたんのお顔を描いたんだよ!」


「そうか。世界一上手に描けたんだろうな。あとで見せてくれ」


 結衣の小さな頭を優しく撫でながら、俺の胸の奥が、熱い決意で満たされていく。


 前世の結衣は、我が家の経済的な困窮の煽りを、最も幼い身で受け止めていた。


 父親が倒れてからは特にそうだ。周りの友達が塾に行ったり、習い事をしたり、新しい可愛い服を着たりしている中で、結衣はいつも「お兄ちゃん、結衣、我慢できるよ」と健気に笑っていた。高校生になっても、大学に進学しても、彼女の選択肢は常に『お金がかからないこと』が最優先だった。


「母さん、ちょっと話があるんだ」


 俺は居間のコタツを挟んで、母親の正面に座った。

 母親は「あら、改まってどうしたの?」と、不思議そうな顔で、結衣の髪を解きながら腰を下ろす。


 俺はカバンの奥から、あらかじめ用意しておいた、銀行のロゴが入った一冊の重みのある手帳と、契約書類一式を食卓の上に静かに置いた。


「これね、結衣のための専用の教育信託口座の書類だよ。それと、これがその通帳」


「きょういく、しんたく……? 何よそれ、蓮。源さんのところのお手伝いで、また何か難しいものを貰ってきたの?」


「ううん、違うよ。源さんと一緒にアメリカの企業に売ったプログラムが、正式に大きな契約になったんだ。これは、その正当な報酬として、俺の名前で法的に確保したお金だよ」


「契約って……蓮、あんたまだ中学生なのよ? そんな大げさな――」


 母親が笑いながら通帳を開いた、その瞬間。

 彼女の指先が、完全にピタリと止まった。


 開かれたページに印字されているのは、一般的な家庭の貯金通帳には、逆立ちしても存在し得ない桁数の数字。


 【¥50,000,000-】


「……え? ご、ごせん……え? 何これ、蓮、数字がおかしいわよ? これ、おもちゃのお金じゃないわよね?」


 母親の顔から、一瞬で血の気が引いていく。あまりの現実味のなさに、通帳を落としそうになりながら、俺の顔を凝視した。


「本物のお金だよ、母さん。結衣がこれから成長して、どんな私立の学校に行きたいと言っても、海外に留学したいと言っても、何不自由なく最高峰の教育を受けさせられるように、俺が信託銀行に預けたんだ。このお金は、結衣のためだけに使うって約束で、誰も勝手に引き出せないようになっているから」


「ご、五千万円って……蓮、あんた、本当に何をしてきたの……っ!?」


「だから言っただろ、世界中にシステムを売ったんだって。これからはね、お父さんの病気の医療費も、結衣の将来のお金も、生活費も、何一つ心配しなくていい。だから母さん……」


 俺は母親の、少し荒れた手を優しく握った。


「夜のスーパーのパート、今月で辞めて大丈夫だよ。これからは、お父さんと結衣の傍に、ずっといてあげてほしいんだ」


「蓮……っ……」


 母親の目から、大粒の涙が溢れ出た。

 前世の彼女を苦しめ、最終的に過労死へと追いやった「深夜労働」という最大の障害。それを、俺は手に入れた圧倒的な資金力で、中1の春という時点で消滅させられたのだ。


 その喜びは、言葉では表せない。


「おにいたん? おかあさん、どうして泣いてるの? おにいたん、おかあさんを怒っちゃダメだよ?」


 結衣が不安そうに、俺の学ランの裾を引っ張る。

 俺は結衣を優しく抱き上げ、その小さな、世界で一番守るべき宝物の目を見つめた。


「怒ってないよ、結衣。お母さんはね、嬉しくて泣いてるんだ。これからはね、結衣が欲しいお洋服も、やりたいお習い事も、お兄ちゃんが全部、何でも叶えてあげるからね」


「本当!? 結衣、ピアノ、やってみたい!」


「ああ、いいよ。世界で一番良いピアノを買って、一番上手な先生を呼んであげるからな」


「わーい! おにいたん大好き! 世界で一番、大、大、大好き!」


 結衣が満面の笑みで、俺の首にぎゅっと抱きついてくる。

 この小さな身体にかかるはずだった、将来のすべての不条理と経済的な限界は、俺が先回りしてすべて圧殺した。


(待っていろよ、美咲。お前たちが誇る『社長令嬢』という安いステータスが、我が家の足元にも及ばない現実を、これからたっぷりと教えてやる)

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