1章-6 「斜陽」
〈前回までのあらすじ〉
暗殺者シンシアは、ルーナ・フローリーと偽り貴族社会に潜入していた。国王よりリゲル第4王子の暗殺命令を受けたシンシアは、リゲル第4王子との接触に成功するも、図らずも人前で魔法を使ってしまう。
遊び人と知られるリゲル第4王子に振り回されるがままに貴族の魔獣狩りに参加したところ、彼は自身の瞳の色が、兄と同じであることに言及した。
「…兄上と同じ色なんだ。」
わたしはリゲルの言葉が気になって色々調べてみることにした。その日の夜、自室の暗い部屋のベッドの上で、一人、得られた情報を精査してみる。
肖像画を見た限り、リゲルと同じエメラルドの瞳の色を持つ彼より年長の王子は、王位継承が最も有力視されているメイサ第1王子しかいない。
メイサ第1王子は、先の戦争を勝利に導いた功労者かつ、聡明で理知的な人物だと広く知られていて人気も高い。長子ということもあり現国王からの信頼も厚く、彼に王位が継承されるのは誰から見ても明白だ。
「…リゲル王子は、メイサ第1王子と敵対していない?」
であればなおさら、国王陛下の暗殺命令の理由が分からない。個人的な恨みであればともかく、国家存続の目線から考えても、リゲルは現状を脅かしかねない程でもない。寧ろ継承位が高い第2、第3王子や、一人だけ母親が違うことにより派閥が異なる第5王子の方が後々脅威となり得る…あの強引な性格のリゲル王子を、継承者にと推す声は特に目立ってはいないからだ。
つまりは、現状リゲル王子は、メイサ第1王子の王位継承にも、王家の存続にも、何ら影響をもたらさないのだ。
「…それなら、この勅命は、本当に正しいことなの?」
今までのわたしだったら、リゲル王子の暗殺が不当なものと分かったからといって、特に何の疑問も持たずにご主人様に情報を渡しただろうし、命令に従いリゲル第4王子を暗殺するための努力をしたことだろう。
しかし、この時はなぜか強く疑問に思ってしまったのだ。もしリゲル王子を暗殺することが、国のためにも、王家のためでもないならば、わたしはどうして、リゲルを暗殺しなければならないのだろう、と。
わたし自身、どこまでも自分勝手なリゲルの生き方に影響されてしまったのかもしれない。その夜から、頭の中で今回の命令に対する疑問が消えなくなっていった。
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一方その頃、リゲルとその側近は部屋の中で、往生にしては質素な造りの机の上に、大陸の地図を広げ話し合っていた。地図を敷くための場所を開けるため、無理矢理端に寄せられた本が乱雑に積み重なっている。全て魔獣に関する内容のようだ。
リゲルは目の前に広げられた、最新版の王国の地図を眺めながらため息を吐く。地図の中央には王国が描かれ、その東には海があり、そして西には森林が広がり、世界有数の山脈地帯がある。さらにその端には飛竜……すなわちドラゴンの絵が描かれている。
「全く、父上は私が、兄上から王位を簒奪するとでも思っているのだろうか。」
頬杖をついたリゲルが、つまらなそうに地図の端を指先でいじりながら側近に語りかけた。
「その可能性は高いかと。」
側近の男はさも当然かのように答えた。
「私ほど、兄上に忠実な人間はいないと言うのにな。」
「忠実……ですか、素性の分からない娘に執心なされているというのに?」
「……だいたい目星はついているが。」
リゲルの話の本質をズラすような返答に、側近の男は少し不機嫌になって言った。
「リゲル、貴方の本来の役割を、お忘れなきよう。」
リゲルは側近の言葉には答えず、ガラス張りの窓の外を見た。窓にはまるで魔獣の眼玉のように紅い、大きな丸い月が浮かんでいた。
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「ルーナ!そっちへ行ったぞ!」
「承知いたしましたわ!」
とある昼下がり、わたしはまたリゲルと仲間の貴族や侍従たちと共に、西の森に魔獣狩りに来ていた。リゲルはあの後も、事あるごとに魔獣狩りに誘ってきたのだ。断る訳にもいかないので、積極的に参加した。
この時はちょうど、通常より大きな狼のような魔獣を、わたしとリゲル、あと彼の側近2人と木々の間をぬいながら追いかけていたところだった。紫色で黒い瘴気を纏う狼はすばしっこく逃げ回って、注意していないと見失いそうな上、なかなか魔法が当たらなかった。
馬で囲んで崖下まで追い詰めると、先ほどまで逃げていた魔獣はこちらに向かって勢いよく跳んできた。口を大きく開け、鋭い牙を露出されている。魔獣も本気になったのだ。
「ルーナ!」
リゲルが叫んだ。
魔法で弓矢を作って射る暇は無い──が、
(この距離なら、弓矢じゃなくても当たる!)
そう思い、咄嗟に右手を前に出し、毒を少し残した水球を槍のように変化させて放った。狼の魔獣の体は後ろに飛んでいき、岩肌に激しくぶつかった。剥き出しの岩肌から小石がバラバラと落ちる。魔獣は既に動かなくなっているようだ。
「──やった!」
目論見通り上手くいって、つい声に出して喜んでしまった。
「やりましたね、ルーナ嬢!」
リゲルの側近の男が声をかけてくれた。わたしは少し得意になって、リゲルの方を見た。
リゲルはどこかほっとしたように笑顔を作った後、
「…上出来だ!」
と言った。
結局、リゲルが最初お目当てにしていた虎の姿をした魔獣はそれからも全く見なかったが、リスやイタチ、猪といった小型から中型の魔獣をたくさん狩った。魔獣は、人を襲って食い殺す上、どの道、増えすぎる前に数を減らさなければならなくなる。近年は魔獣の数がかなり増えているらしいので、遠慮なく狩ることができた。
そのお陰が、わたし自身は魔法がかなり上達したように思う。魔力を弓矢のように変形させることにも慣れ、縦横無尽に走り回る小さな魔獣も、以前よりも簡単に仕留めることができるようになっていた。
リゲルは相変わらず、多種多様な魔法を使い、かなりの数の魔獣を狩っていた。わたしと違い、使える魔法属性が多い分、魔法の種類に幅があるのだろう。魔法を使うたび、色とりどりの魔力の火花が散って、綺麗だった。
そうして数週間経ったある日、リゲルは魔獣狩りの帰り道、馬上でいつもと違う提案をしてきた。
「ルーナ、私は今度、街へ行こうと思うのだ。」
「街?王都のことですか?」
「そうだ。」
「まあ、それはそれは……あれ、もしかして、わたしも同行するのですか?」
「……嫌か?」
「嫌ではありませんが、」
「そうか、なら良かった。安心しろ、幸い私には味方が多いからな。危険は無い。」
「そうですか……」
───危険は無い、か。
リゲルはわたしという暗殺者がすぐ側にいるのに気づいていない。わたしは名と身分を偽り、本当の目的を隠し、こうして彼に接触している。楽しそうに今後の予定を話す彼の様子に、胸がちくりと痛んだ。
「やはり、この目で見なければ分からないこともあるからな。ああ、そうだ。ルーナが良ければ演劇も見に行こうと思う。」
「演劇、ですか?」
「そうだ。教団主催のものでは無いが……興味あるか?」
わたしは演劇をまともに見たことがない。仕事中、教団主催のものを遠目に見かけたくらいで、近くに寄った事はなかった。故に、ちょっとだけ楽しみになったのだ。
「ええ。見てみたいですわ。」
わたしはリゲルの問いかけに快く答えた。




