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1章-5 「リゲル」

「リゲル王子の魔法を防いだ女性がいるらしい。」

 

 このことはすぐに広まり、皆口々に噂した。


「そんな女性がいるのか?ぜひ一度お話をしたい。」


「ルーナって…あの田舎者でしょう?確か…」


「フローリー?かの冷徹な伯爵の小間使いに、年頃の娘などいたか?」


「それが養子をとったらしいですよ」


 パタパタと優雅に扇をはためかせながら、貴婦人たちは噂に便乗する。

 

「あの地味な赤毛の女が?」


「人前で魔法を使うなんて、品が無いわ。」


 一応この場面だけを切り取れば、致死量の魔法を急に放たれた被害者にあたるのだが、曲がりなりにも王子との関係を持ちたがる女性たちにとっては、今回の件は面白くないらしい。

 リゲル王子は、まさに唯我独尊といった性格で、他人にあまり興味を持たない。ましてや女性とはまともに会話すらしないことから、実は心に決めた女性がいるとか、幼馴染の男性と関係を持っているだとか、さまざまな物語が飛び交っていた。

 どれでも構わない。あれくらい警戒心が強く、能力が高い人間に近づくのは容易では無いだろう。少々予定が狂ったが、どのようなきっかけであれ、接点ができたのは幸運だと言える。


 しかし衆人環視に晒されたせいで、私個人への声がけや嫌がらせが増えてしまった。すれ違い様に、笑われたり、嫌味を言われるのは当たり前になった。

 

「あらぁ、醜い赤毛ねぇ。まるで牛のようだわ。」


「下民は毛の色まで家畜みたいなのね。」


 正直、任務を遂行するのが第一だから何を言われても響かないが、あまりに憎しみの目線を浴び続けるのは流石に疲れた。その為早朝に1人庭にでて休んでいると、目についたのか数人の女性たちの集団が近づいてきた。そして、目の前に来るや否や、

 

「貴女、自分が身分不相応だとは思わないのかしら。それに、いくらとっさとはいえ、殿方の前で魔法を使うなんて品が無さすぎるわ。」


 と批判を言ってきた。


「そうよ、失礼だとは思わないわけ?」


 彼女らの方が身分が上だ。無視するわけにはいかないので、その場で礼をしたその時、ちょうど馬の蹄の音が聞こえて、そちらに注意を向けてしまった。


「ちょっと、聞いているの?」


 特に気位が高い女性が不機嫌そうに口元を隠した。


「ルーナ!」


 聞いたことのある声がした。


「リゲル王子!?どうして…」


 護衛と仲のいい貴族を引き連れて乗馬している。そして私の前で歩みを止めると、


「馬を用意した、行くぞ。」


 と声をかけてきた。

 約束はしていないが、さも当然かのように言ってくる。


「リゲル様、恐れながら、今フローリー嬢はワタクシたちとお話していたのですが…」


「ああ、今日は借りるぞ。いいな。」


「…え、ええ。」


 身分の差で無理矢理黙らされた令嬢は、不満そうにこちらをキッと睨みつけてきた。


「リゲル王子!」

 

 侍従の1人が栗毛の他より少し小さめの馬を連れてきた。

 

「乗れ。」


「…はい。」


 馬に乗れないわけでは無いが、乗り慣れているわけでもないんだけどな…

 そんなことを思いながら、馬の背にゆっくりと登る。


「魔獣狩りだ、行くぞ!」


「今から西の森まで向かうのですか?」


「当然だ。」


 一番近い森までは馬で片道3時間近くかかる。今が朝だからといって、狩りや休憩をして帰ってきたら1日が終わってしまうだろう。色々と急で強引である。


「昨日は獅子の魔物を狩った。今日は虎でも獲りたいな…、もし狩ることができたら毛皮はルーナにやろう。」


「…それは、ありがとうございます。」


 魔物は植生や生態系などをある程度無視して発生する。本来この地域には動物としての虎は生息していないが、大森林では虎のような魔獣が現れることもあるのだ。

 そして、リゲルは付け加えるようにこう言った。

 

「ああ、あと、手を抜くことは許さない。命令だ。」


「…承知いたしました。」


 西にしばらく進み、森に差し掛かった時、うさぎの魔獣の群れが見えた。うさぎと言っても瘴気で頭が歪み、普通のうさぎでは無いのが一眼でわかる。

 

「ルーナ、やってみろ。」


 やってみろ、すなわち、魔法で射止めろ、ということだ。今は毒属性ではなく水属性のフリをしているので、毒をなるべく込めないよう集中した。手のエネルギーを溜め、球状にして撃った。


「あっ…!」


 水の弾はうさぎの魔獣の遥か横を通り過ぎていって霧散した。

 もう一回やってみる。先ほどよりも近い位置に飛んだが、同じように霧散し、その隙にうさぎの魔獣は森の奥に逃げてしまった。

 他のうさぎの魔獣にも魔法を試してみたが、安定せず、全く当たらない。


「また外してしまいましたわ…」


 わざとらしく声を出したせいか、リゲル王子が品定めするような微妙な目で見てくる。

 

「…狩りは、初めてなんですの。」


 それは事実だ。だからそんな顔で見ないで欲しい…。


 実際、豚の魔獣を暗殺の実験台に使っていたが、あくまでも小屋の中でである。森の中を縦横無尽に駆け回るすばしっこい魔獣たちに魔法を当てるのはかなり難しかった。


 周りの貴族たちは、足の速いうさぎの魔獣にうまく当てている。人によっては犬を使って追い立て、水や炎の玉を当てて楽しんでいた。

 弓矢に魔法を纏わせて派手な演出をしている者もいる。私には弓矢は無いが、水の玉をそのまま放つのが不安定ならば、形を変えてみようと思った。


「こうすればっ…」


 水色の魔法をゆっくりとなぞり、弓矢のように変形させる。

 狙いを定め、少し上向かせて射った。


「当たった…!」


 水の矢尻が鹿の魔獣の首に刺さり、青い光の粒になって弾けた。魔獣は首から、血と共に黒々とした瘴気を吹き出し、数歩進んだのち、倒れた。


「初めて当たりました!」


 つい嬉しくなり、リゲルの方を振り向いてはしゃいだ声を出してしまった。恥ずかしくなり、とっさに口元をおさえる。


「上出来だルーナ!」


 リゲルは特に気にせず、嬉しそうな声をかけた。


 鹿の魔獣の他に、合計でうさぎの魔獣を4羽ほどと、狼のような魔獣を2匹ほど、イタチのような魔獣を1匹狩った。毒を全く出さないで水魔法のフリをして魔獣を追いかけるのはかなり骨が折れたが、それでもよくやれた方だと思う。

 リゲル王子は、その倍近く狩っていた。しかし、なぜか不貞腐れた子どものような顔をしている。


「虎は居なかったな。残念だ。」


 あれだけ狩っておいて、何が残念だというのだろうか…


 森を後にし、草原に出た。馬を休ませると同時に、貴族たちもここで軽食を取るようだ。

 私とリゲルも馬から降りて草原の上を歩く。辺りを見回すと、監視の目が常にあるので、勝手な行動は出来無さそうだ。


「そこに座れ。」


「え?」


「いいから、座れ。」


 言われたままにその場に座る。するとリゲルは、当然のように私の膝の上に頭を乗せて寝転がった。


「えっと、リゲル様…?」


 何がしたいのか本当に分からない。女好きという噂は聞いたことが無いが…。どちらにせよ、そちらから近づいてくれる分には都合がいい。私の役割は単なる暗殺ではなく、現王に陰で反発する勢力の情報収集も兼ねているのだから。

 そんな考えをよそに、リゲルは私の赤髪の束を指先でいじり始めた。

 

「やはり、ルーナに赤毛は似合わんな。」


「そう、でしょうか。」


「ああ、似合わん。…別の色には染めないのか?」


「…それは、染めろという意味でしょうか?」


 あまりに失礼で突拍子の無い質問にそのまま聞き返してしまった。


「いや、お前の好きにしろ。」


 私の顔をまっすぐ見つめてくる、エメラルド色の瞳と目が合う。なんだか少し居心地が悪いと感じた。


「真紅の目はいいと思う。そのままでいろ。」


「そのままも何も、目も髪も、生まれつき赤いのですが…」


 私は嘘をついた。目が赤いのは本当だが、生まれついての髪は紫紺だ。


「…そうだな。」


 リゲルは目を細めた。気まずい沈黙が流れ、何か言わなければならないと思い、先ほど挙がった目の話題を続けることにした。


「…私も、リゲル様の瞳は…昔見た、海の浅瀬のような色で美しいと思います。」


 リゲルは驚いたように目を見開いた後、満足そうに微笑んだ。


「そうか。俺も気に入っている。」


「…兄上と同じ色なんだ。」


 リゲルは聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

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