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1章-4 「暗殺毒婦シンシア」

 光の聖女アルネが、若干13歳で神の元へ旅立った後、しばらく礼拝堂の周辺は彼女の噂で持ちきりになっていた。病気説、暗殺説など様々な憶測が飛び交ったが、結局最も広まったのは当時悪評が轟いていた有名人を黒幕とする説だった。しかしそれも根拠の無い風評で終わり、時間が経つと彼女の存在は忘れられ、聖女アルネのことが話題に挙がることは無くなった。

 ご主人様の思惑通り、聖女の死により、彼女を崇拝する者は1人、また1人と去っていった。最期まで広場に残っていたのはあのあざだらけの老人だった。彼は来る日も来る日も半狂乱になりながら、

「聖女が我々を見捨てた、神はこの国を滅ぼすだろう。」

 と声高に叫び続けていた。


 私は王都で、ご主人様の配下である『目』と共に任務をこなしていた。私に暗殺を任された際は、アルネの時と同じように、眠るように呼吸が止まる毒を使った。外傷は一つもなく、周りの人間には急な心臓の病で倒れたように見えるだろう。

 同僚には、「あまり同じ方法ばかり使っていると、怪しまれ対策されるだろうから眠りの毒は加減しろ」と注意を受けた。それでも、私にこんな事を思う資格が無いのは分かっているが、最期くらいは命を奪う人たちが穏やかであってほしいと願わずにはいられなかった。


 14歳になった時、父の傘下にある下級貴族と養子縁組を行なった。{親に捨てられた貴族の落とし子らしき少女を、子どものいない夫妻は哀れに思い、孤児院から引き取って…}という筋書きだった。

 義父はご主人様の機嫌を損ねないよう、ずっとびくびくしていて、義母は自分の意思を持たず、ただ命令に流されるままだった。立場の弱い彼らは、保身の為に王家と現国王に忠誠を誓い、その手足として働くご主人様に付き従っていた。

 義両親は私に対し愛情こそなかったが、食事は真っ当なものを出してくれた。また、それに付随する礼儀作法、貴族としての教養、年頃だということで、男女のアレコレについても学んだ。


 私には、王家の『目』として、貴族社会を監視する役割が与えられた。

 私は髪を赤く染めた。この国では赤髪は珍しい色では無い。赤い目は多少珍しくはあるが、これで、貴族社会に溶け込みやすくなるだろう。

 また、貴族の社交の場では女性はか弱いふりをするのが流行していたのも幸いした。殿方が守ってあげたくなるような可愛らしい女性が理想とされ、貴族の娘たちはこぞって病弱で儚げなあざとい演技をした。そもそも上流階級の人間は日常魔法が使えなくても身の回りのことをやってくれる使用人がいるので問題など無く、魔法を使う機会はほぼ皆無だ。

 よって、殿方相手であれば「私は魔法があまり使えないのです。」と言えば、毒属性でも問題などなかった。それに、いざとなれば水属性のふりもできる。毒をかなり少量に抑えれば、無色無臭の透明な水をちょっと出して、「私はこの程度の水魔法しか使えないのです。」と言えば、怪しまれず自然に振る舞うことができた。

 そうして私は目立たぬように、誰とも角を立てぬように、情報収集に勤しんでいた。


 

 16歳のある日、久しぶりに国王陛下直々の暗殺命令が下った。


 リゲル第4王子の暗殺である。


 現国王には子どもが11名おり、その内男性が5名、女性が6名いる。リゲル第4王子は亡くなった前王妃の産んだ最後の男児であり、属性を複数使える才能ある人物として有名だ。

 

 しかしなぜ、父親である国王が、直々に王子の暗殺をご主人様に命令したのだろう。手段が何であれ、王子の死は噂になる。親が子を、王が王子を殺すというのは、噂好きたちにとっては格好のゴシップだ。疑われれば民どころか貴族たちからも王家の権威が失墜することに繋がりうる。

 ご主人様も今回の勅命は疑問に思っているようだったが、直接態度には出さなかった。あくまで原国王の忠実な猟犬として職務を全うする素ぶりをしていた。

 私も同様だ。国家元首の尊きお考えを勘ぐる必要性は無い。


 ご主人様は椅子に深く腰掛け、ため息をついた。そして、病で不自由になった足に手を当てながら、私に命令した。

 

「良いか、今回ばかりは失敗はならない。どんな手段を用いてもかの男に近づくのだ。」


「ご主人様の仰せのままに。」

 

 私はいつも通りの返答をした。


「…信頼しておるぞ。」

 ご主人様はゆっくりと椅子から立ち上がり、私の肩に手を置いた。ご主人様に信頼というという言葉をかけられたのは初めてのことだった。

 

 とはいえ、リゲル王子のことはよく知らないので、王都に滞在した際、身分が近い令嬢たちに話を聞くことにした。みんな噂話が好きだが純朴な少女たちで、新参者の私も分け隔てなく会話に入れてくれるような人たちだった。私は自然な流れで、そういえば、と切り出した。

 

「リゲル王子についてご存知ですか?わたくし、ここに来たばかりでお会いしたことが無くて…」


 リゲル王子の名を出した途端、3人の令嬢たちは一斉に顔を曇らせた。


「リゲル様は…その、とてもお美しいお方ですわ。」


「そう、容姿は!…素敵な方ですわよね。」


「ここだけの話、リゲル王子のご機嫌を損ねないように注意なされた方が良いわよ。だって、何をなされるか分からないもの…」

 

 どうやらリゲル第4王子は、貴族たちの間から要注意人物として扱われているらしい。魔法の才も賢さもあるが、それ故に傲慢な王子であると。しかも昔婚約者がいたが、あまりの傍若無人っぷりに、婚約が破談になったことがあるという。


「そういえば、もうすぐリゲル王子が討伐からお帰りになるらしいわよ。」


 討伐、要は魔獣狩り兼軍事訓練である。王国の西側国境付近には、危険な魔獣ばかりが生息する山脈地帯があるが、その手前側にも、小型から中型程度の魔獣が多く生息している大森林がある。大森林周辺は常に魔獣の被害に遭っており、定期的に聖騎士団による討伐が必要だった。貴族たちは討伐に便乗し、魔法の腕前を競う訓練かつ遊びの一環として、よく大森林での狩りを開催していた。

 私は庭に出て、騎馬の一団が王城に戻る様子を見に行った。一団は大所帯で、狩りで仕留めたらしいうさぎのような魔獣や、見たことのない灰色の唐獅子のような魔獣の皮を運んでいた。たくさんの猟犬も同行しており、中には白くて可愛らしい子犬もいた。

 その中に、一際目を引く男がいた。青い髪の背の高い青年で、多くの護衛に囲まれている。ちょうど、誰の馬よりも大きい芦毛の馬から降りているところだった。

 

 …あれがリゲル第4王子。

 

 エメラルド色の瞳は遠くから見ても目立つ。青い髪には陽光が海のように反射していて、一際存在感を放っていた。肌は色白で、日焼けか、やや赤らんでいる。


「そこの、」


 リゲル王子は振り返った。私の方にまっすぐ視線を向けている。


「何を見ている。」


 まさかすぐ気付かれるとは思わなかった。エメラルド色の目がまぶしい。突き刺すような視線はまるで鷹が獲物を捉えたかのようだ。

 

「名前は?」


「ルーナ・フローリーと申しますわ。」

 少し遠い位置から話しかけられたが、私はその場で礼をする。


「…目まで真紅なのか?珍しい。属性は?」


 世間話すら交えず、魔法の属性を初対面の女性に聞くとは、かなり不躾な殿方だ。私は動揺を隠し、俯きながら答える。


「水属性です。あまりうまくは使えませんが。」


 敵意が無い、か弱いどこにでもいる令嬢であると思ってもらうために、急な声がけに怯えたように、やや伏目がちに応答した。


「ほう、水か。」


 顔を上げると、リゲル王子はニヤリと笑っていた。

 

 その瞬間、強い光で目が眩んだ。

 

 ーこれは、火の玉だ。

 目の前に巨大な火の玉が高速で飛んできていた。高温で密度が濃い魔法で構成され、まるで小さな太陽のようだった。

 私は考える間も無く、魔法で防いだ。咄嗟のことだったが理性が働き、毒を極限まで薄くした、無色透明の水の盾を張った。勢いよく水が蒸発し、辺りに霧が発生する。

 しかし、加減した魔法では火の玉の勢いは消せず、業火に包まれると思った次の瞬間


 パチンッ


 指を鳴らす音と同時に、火の玉はスルリと白銀の煙になって消えた。


「なるほど、水属性であることだけは、本当のようだ。」


 呆気に取られる私をよそに、リゲル王子は自身の属性の説明を始める。


「私は見ての通り火の属性だが、同時に光、風、空もある。貴様は水だけか?」


 属性は普通、2つあればいい方だ。属性が4つもある上、珍しい光属性もあることを自分から聞かれてもいないのに話すというのは、周囲の人間には自慢だと思われそうだ。だが、神の加護が特別に与えられている王家にとってはそれが普通なのだろう。


「はい、ご覧いただいた通り、私は水属性のみの使い手にございます。」


 私は淡々と聞かれたことに返答した。


「…つまらん。」


 リゲル王子は白い手袋をした両手をパンパンとはたきながら言った。そして私の方に近づき、顔を覗き込んだ。


「あまり驚かないな、可愛げがない。」


 下手したら命を落とす魔法を放っておきながら、酷い言われようだ。

 護衛たちもリゲル王子の行動に困惑しているようだった。髪を結い上げた片眼鏡をした青年が苦い顔をして進言した。


「リゲル様!!それは、あまりにも!!

 …失礼、ご令嬢に対して無礼すぎでは?」


「構わん。細かいことを気にするな。」


「はぁ!?構わんとは…!?貴方が構わなくとも!!周りの人間は多大な迷惑を被っているのですよ!?もう少し後先を考えて行動してくださいよ!」


 リゲル王子は興味なさそうに頭の後ろに手を回した。片眼鏡の青年は咳払いをして、私の方に向き直した。


「すみませんフローリー嬢、この度は大変な失礼を…。」


 リゲル王子は大袈裟だ、と言わんばかりに片眼鏡の側近らしい青年を薄目で見ている。


「まったくあなたは、魔法を公衆の面前でご令嬢に使わせるとは…、」


「別に何の問題も無い。

 

 なぁ、構わないだろう。ルーナ?」


 いきなり王子に同意を求められては、頷くしか無い。

リゲル王子はほらな、という風に側近の青年の方を見る。青年の方はあまりのことに頭を抱えていた。


 私も内心、かなり動揺していた。

 任務を遂行するため、目立たないように過ごす私の計画は、この時をもって失敗に終わったのだから。

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