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1章-2 「無名の聖女アルネ」

「故に、どんな属性も、神からの祝福なのです。だから…、」

 

「それは、たとえ、毒でも、ですかーー?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 軽率な質問だったが、結果的に聖女アルネと接点を作ることができた。聖女には護衛が四六時中ついているので、暗殺は容易ではない。しかし、聖女アルネはなぜか私に興味を持ったようで、「また来てくださいね。」と話しかけてくれた。これで自然に礼拝堂に足を運ぶきっかけができた。


 翌日、礼拝堂に早めに行くと、聖女は私に近づき、ふわっと笑った。歳の割に身長が低くて可愛らしい。同年代にしては痩せ型で、やや高身長の私と目線が合う。同じくらいの背丈の人と話したことが無かったので、不思議な気持ちになった。


「来てくれたのですね。」


 当然のように私の手を取って声をかけてくる。今まで出会った人の中で、こんなに微笑みが似合う人は初めてだった。


「あなた、名前はなんていうの?」


「…セナといいます。」

 

 私は用意しておいた偽名を名乗った。


「セナ、セナちゃんね。うふふ、私はアルネよ、知っていると思うけど。」


「はい。存じて、おります」

 

「まぁ、随分丁寧なのね」


 聖女は驚いたような顔をした。大きな薄桃色の瞳と目が合った。瞳に反射する光が多くて、吸い寄せられそうだ。


「それにあなた、子どもなのに笑わないのね。」


「笑って…いませんか?」


「笑っているつもりだったの?」


「いいえ、確かに、笑っていないかもしれません。」


「ふふ、おかしい…!」


 聖女は口元に手を当て、クスクスと嬉しそうに笑った。なぜ笑っているのだろう、なにがおかしいのだろう。よく分からない。

 彼女は笑い終えるとクルッとこちら側に向き直った。白いロングスカートがひらりと舞った。そして再び、私の手を握ってこう言った。

 

「ねぇ、私、貴方と友達になりたいのです。」


「友達…?」


「嫌…ですか?」


 私はこの時、友達というものを知らなかった。屋敷に同年代の子供などおらず、今まで檻のある部屋で過ごすか、大人たちとずっと訓練をして過ごしていたからだ。

 だから、どう答えていいのか分からなかった。黙っている私を見て、彼女は言葉を付け加えた。

 

「…私には、やるべきことがあるのです。でも、ここにいる間は、貴方と、セナちゃんと一緒に過ごしたい。私と一緒にお話ししてくれるだけでいいのです…」


 一緒に話すことが友達なのか、そう考えて了承した。

 

「わかり、ました。」


 すると、アルネは目を潤ませながら微笑んだ。


「ありがとう…!」


 その笑顔は、キラキラした満点の星空のように綺麗だった。


「見て、この蕾、もうすぐ咲くわ。」


 アルネに連れられるままに中庭を走り回った。彼女の指差す蕾は、どうやら薔薇のようだ。薄桃色の花びらが、アルネの瞳の色にそっくりだった。


 アルネは中庭がお気に入りのようで、中庭に植えられている花について教えてくれた。武装した護衛たちはその間も私たちから目を離さなかった。私は怪しまれないように、ぎこちなかったが子供らしい笑顔を意識して、アルネの言葉に自然に見えるように受け答えした。

 話し込んでいるうちに東の空が紫色に変わり、薄暗くなってきた。

 

「アルネ様、暗くなってきたので、私はそろそろおいとまいたします。」


 そう言って立ち去ろうとすると、アルネは私の手を掴んだ。


「待って、一度だけ、見ていって。」


「…何を、ですか?」


 アルネは微笑むと、目を閉じて祈るように手を組んだ。

 

「星の精霊たちよ、私たちを見守ってくださり、感謝いたします。どうか私に、友を喜ばすささやかな奇跡をお与えください。」

 

 そう唱えると、彼女の手の中からふわりと光る花びらが舞った。金の花吹雪が私たちを包む。暗闇の中で浮かぶ光が星のようで、天の川の中にいるみたいだった。


「わぁ…!」


 見たことのない魔法に、自然と声が漏れ出る。


「ふふ、やっと笑ってくれた〜!この魔法、好き?」


 アルネが手を後ろで組みながら、にこにこと笑う。

 本当に笑っていた…?のだろうか、私が?

 答えに困っていると、アルネは言葉を続けた。


「光魔法は、私に唯一出来ることなの。」


 手のひらで花びらの光を踊らせながら悲しそうに笑う。


「私、これが無かったら役立たずだから。」

 

「…私も、」

 ーーー私も魔法でしか、役に立てないんです。


 そう言いかけて、口をつぐんだ。


 

 アルネは色々なことを知っていて、楽しそうにさまざまな話をしてくれた。天気の話、花の話、その花につく虫の話、昔暮らした家の話…

 アルネの話は、どの話も面白かった。ご主人様や、仕事仲間たちが語る国の行く末よりも、ささやかで、等身大の自分を目一杯生きている喜びがあった。

 そしてなによりも、「行こう。」と連れ出してくれる時の手の暖かさと、太陽の下でアルネのブロンドの髪が蜂蜜色に輝くのが、私は大好きだった。

 私には秘密が多く、あまり面白い話はできなかったけど、それでもアルネは笑顔で頷きながら聞いてくれた。


 

 この日もいつものように中庭に出て、日差しを避けるために2人で木の下に座った。

 木漏れ日の下でも、水玉模様に光るアルネの髪は、透けた水仙の花びらを散らしたみたいに鮮やかだった。アルネは私に甘えるように、肩にもたれかかって、瞳を閉じながら言った。


「…ねぇ、セナちゃん、前から聞いておきたいと思っていることがあったんだけど。」

 

「何でしょうか、」


「ねぇ、セナちゃん、あなた毒属性なの?」


 一瞬で血の気が引くのを感じた。


「ーなぜ、」


「あなたがそう言ったんじゃない。初めて会った時、質問してくれたでしょ?」


 心臓が大きな音を立てるのが分かった。毒属性は忌み嫌われている。まだ疑いの段階だが、アルネはあの質問が単なる子どもの好奇心ではなく、私の深部に関わる問題だということに勘づいている。もし、毒属性のことが他者にバレて、ご主人様の言いつけを守れなかったら、罰としてどんな仕置きをされるか分からない。

 

 けれど、それよりも、そんなことよりも…、アルネに毒属性だと知られたら、この人は私のことをどう思うのだろうか…?

 

 冷や汗が流れる。そんな私の様子を感じ取ったのか、


「嫌ね、私、誰にも言ってないわよ。」


 アルネはバツが悪そうにそう言った。


「それに、言いたくない時は、言わなくていいの。」


 アルネは、優しい声で付け加えた。その時、ほろほろと胸の奥で何かが崩れたような気がした。


「…ごめんなさい…」

 とっさに謝ってしまった。心にあるわだかまりを誤魔化すように。私はこの時、どんな顔をしていただろう。


「なぜあやまるの?」


 アルネは頭を持ち上げ、私の顔を覗き込んだ。そしてすぐ、先ほどのように肩にもたれかかって、


「…ううん、いいの、いいの…。」


 ポンポンと、キツく組んだ私の両手を、優しく叩いた。不思議と力が抜けていったのが分かった。

 

 安心、という感情はこういうものなのだろうか。

 

 (ずっとこのままでいたいな…)

 心のどこかで、願ってはいけない想いが生まれた。

 


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