1章-1 「毒属性」
初投稿です。よろしくお願いします。
私は人殺しだ。
たくさん、たくさん、たくさん殺した。
ご主人様の命令で人を殺してきた。
王家に反旗を翻そうとする者も、
敵派閥の要人も、
まだ無名だった光の聖女も。
ただ1人を除いて、みんな殺してきた。
ーーシンシア。
それが私の名前、毒婦として、反逆者として処刑された、暗殺者の本当の名前。
死ぬ時は惨めで苦しかったけど、自分がやってきたことを考えればそんな痛みなんてどうでも良かった。当然の報いだったから。だからこそやっと終われる、やっともう解放される、そう自分の死を受け入れていた。
魔獣がこの国を滅ぼすまでは…。
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この世界には"属性"と呼ばれる、生まれながらに人が神から与えられる祝福がある。
多くの人は、五大元素と呼ばれる「地、水、火、風、空」のうちどれかの属性を持って生まれる。属性があれば魔法が使え、例えば火なら、料理をしたり、部屋を温めたり、何かと生活に役立てることができるし、先の戦争では、火属性の騎士が英雄として目覚ましい活躍をした。五大元素以外で生まれてきたとしても、石を上手に加工したり、探し物を見つけたりなど、生きていく上で便利な能力を授かっている。
けれど、私の属性は「毒」だった。
この世のどんな属性よりも、最も忌み嫌われる神からの贈り物。
生まれた時は毒の魔法を制御できず、耐性のなかった母親は私を産んだとき亡くなった。それどころか、私を取り上げた産婆も、程なくして血を吐き、体が動かせないまま亡くなったという。毒属性を持ち産まれたものの多くは、自分の毒に当てられ生まれる前に母体ごと命を落とす。
故に、ご主人様…私の血統上の父親は、私を母と共に死んだことにした。
物心ついた時には檻の中にいた。屋敷から離れた森の中の小屋を、私専用に改装したようだった。貴族家の長女に生まれたにも関わらず、立場は囚人同然だった。
私の毒を恐れて顔に布を被った世話係は、私に一切近づきたがらず、檻の隙間から食事を投げつけてきた。その為、幼少期の食事は硬いパンとふかした野菜ばかりだったが、かろうじて水入りのコップだけはその場に置いておいてくれていたので、生き延びることができた。
世話係が部屋の外で、「人を傷つけることしかできない、呪われた子ども」だと噂しているのは何度も聞いた。
たまに、ご主人様が黒ずくめの男たちと共に小屋にくることがあった。その時ご主人様は決まって、私を汚らわしいものでも見るかのように見た。
「おぞましい、紫紺の髪に赤い瞳など…まるで魔物のようだ。やはり私にも、セリーナにも似ていないではないか。」
セリーナとは、私の母親の名前なのだろう。私のシンシアという名前は、母が亡くなる前、女の子が産まれたら名付けたがっていたものだ。しかし、ご主人様が私をシンシアと呼ぶことは滅多になかった。
ある時から、訪問ではご主人様の他に、鳥の嘴のような仮面を被った、黒ずくめの魔法使いらしき男もついてくるようになった。
どうやら、腰のベルトに、チチチと鳴く小動物を入れた小さな檻をぶら下げている。
「これはネズミ…ですか?」
「この鼠はただの鼠ではない、魔獣だ。魔獣は人に害なす悪しき物よ。まともな生命かも怪しい、この世から消えるべきものだ。」
そう言って、ご主人様は杖の先で檻の中の鼠魔獣の喉あたりを突いた。
「この魔獣を殺せ。」
鼠の魔獣を〈魔法〉で殺せという意味だろう。目の前に檻がコトリと置かれる。しかし、私は魔法の使い方なんてものは分からず、困って固まってしまった。
「…遅い、早くしろ。」
ご主人様の苛立った怖い声に焦り、ぎゅっと目を閉じて、祈りながら檻を握った。
目を開けた時にはいつのまにか檻の中の鼠の魔獣は紫色の溶液で原型を無くしていた。
「ーーよくやった。シンシア。」
ご主人様は満足げな笑みを浮かべていた。私はご主人様が笑うところを初めて見た。それに、褒めてくれた。私の名前を呼んでくれた。私はその全てが初めてのことでとても嬉しくなって飛び跳ねそうになってしまった。
しかも、うまく魔獣を殺すことができたら、その日はちゃんとした温かいご飯を食べられる。初めてのスープは熱くて火傷しそうだったけど、この上なく美味しかった。
そうして用意された魔獣を毎日のように魔法で仕留めるようになった。
だんだん連れてこられる魔獣は、ハリネズミ、イタチ、犬のような魔獣と大きくなり、ついに豚の魔獣を連れてきた。
豚の魔獣は、人間に体の構造が似ていることから、よく実験動物代わりに利用されているらしい。魔物といえど、下級の豚ならば急所も弱点も本物と同じだ。丁寧に、傷口が分かりづらいように仕留めれば、ご主人様はもっと優しい声で褒めてくれた。
「お前にはいずれ、この王国のために働いてもらうぞ。」
ご主人様は私が魔獣を仕留めるたび、そう言っていた。
8歳になったある時、その日常に変化が起きた。ご主人様と取り巻きたちが、布袋を被せられた大柄な女性を連れてきたのだ。
「今日はこの者に魔法を使え。お前の仕事だ。」
服装と体格から、世話係の代わりにたまに食事を運びに来る下級の使用人だと分かった。口を塞がれているようで、何も喋れないようだった。よく見ると、肩を震わせている。
「そやつは盗みを働いた。我が家にそのような者は要らぬ。」
言葉の真偽は分からなかったが、その使用人は私にも気兼ねなく話しかけてくれる人で、私は嫌いでは無かった。それに、罰を受けるにしても、すぐ死刑になるほどのことなのだろうか。
私は怯えながら、ご主人様に尋ねようとした。
「…ご主人様、この人は…」
顔を上げると、ご主人様は私を鬼の形相で睨みつけていた。冷たい目、口答えするなと言わんばかりの。ご主人様の手が肩に置かれる。手袋の上からはめた銀製の爪が深くつき刺さった。
「…っ」
肩から血が垂れる。ご主人様は低い声で囁いた。
「お前は余計なことを知るは無い。役立たずのお前は、唯一こうすることでこの世の人々の為に役立つことができるのだ。今更怖気付くことは許さない!
さぁ、魔法を打て!打て!!打てぇ!!!」
ご主人様は耳元で唾を飛ばしながら叫んだ。私は魔法を放ったが、外してしまった。壁が半透明になりながら爛れていく。ご主人様は私を失望した目で見た。
しかし、使用人が被った袋にわずかにかすった箇所から、紫色の魔法が一気に広がった。使用人は頭から紫の炎に包まれ黒くなり、バタリと倒れた。
私はその場に崩れ落ちた。ご主人様は何の言葉もかけず、部屋を出ていった。
この使用人は事故で、屋根から落ちたことになった。事の次第を追求する者は誰もいない。この時から、私は自分の身の回りで起こる物事について、深く考えないようになった。
それからは訓練が厳しくなった。魔法を使う訓練はさらに難しくなり、厳しい環境に慣れるために食事も水も抜かれることはよくある日常の一つになった。ご主人様と一緒に来る黒ずくめの男たちは、ご主人様の命令で国王のために汚れ仕事を担う魔法使いらしく、私も彼らの一員として仕事に同行した。
彼らは現政権に対する反乱分子を何人も暗殺した。彼らの『目』は国中のどこにでもあった。酒場に、宿屋に、貧民窟、貴族の社交の場に至るまで、情報が集まるところなら、どこにでも。
王家の権威を揺るがす事態を未然に防ぐために、魔法の研究者や著名な思想家、時には芸術家まで、思い詰めての自殺や不運な事故に見せかけて消していった。
『目』のリーダー的存在の男は私に、よくこう言って教えていた。
「王権を行使し直接処刑をすれば、国民からの反発が高まる。反発から国家の分断が起きれば、より多くの血が流れる。故に、我らが必要なのだ。」
全ては王権の健全な支配のために。彼らはそれが国のため、国王のため、人民のためになると信じており、私も一緒に行動するうち、その考えに染まっていった。私の忌み嫌われる毒属性は、国のために、ご主人様のために働いて初めて役立つのだと。
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10歳の時、大きな仕事が入った。教団の聖女アルネの暗殺だ。国に1人だけの純粋な光属性を持つ彼女は、近年聖女として教団に祭り上げられたという。
心優しく、女神のように美しい少女だと一部の信者から熱狂的な人気があった。彼女の為ならば命を捧げるという集団もできたらしい。これ以上教団が力をつけ、王家を凌ぐ権力を持つ前に彼女を消す必要があるとご主人様は考えたようだ。
「王権を脅かすほどの権力は国の安寧のために存在してはならない。王家の敵は国の敵。そして、王権をこの国に遣わした我らが神の敵だ。
お前が役に立つ時が来た。やってくれるな?」
ご主人様は低い声で、跪く私に命令した。
「ご主人様の仰せのままに。」
私は教団の施設に潜入する準備をした。紫色の髪は目立つと言われたので、私は髪を茶色に染め、説法を聞きに来た聴衆の1人として聖女に近づくことに決めた。
小さな礼拝堂の入り口に近づくと、晴天の空のように透き通る声の説法が聞こえた。中の聴衆は少女の声に聞き入っているようで、中には感動で涙している者もいた。
私は遅れてきた子どものふりをして礼拝堂の最後列に座り、ターゲットである聖女の様子を観察した。
柔らかそうなブロンドの髪に、桃色のくりくりした瞳が愛らしい少女だった。歳は…背は低めだが私より2、3歳程年上だろうか。
礼拝堂の窓からは午前の柔らかな日差しが差し込み、微笑む彼女を優しく照らしている。その様は神聖さすら感じられ、さながら宗教画の一場面のようだった。
しばらくその鈴を転がすような声に聞き入っていると、気になる言葉が耳に入った。
「どんな属性も、神からの祝福なのです。」
教団の決まり文句だ。どんな属性も、というが皆、無意識下で毒や病など、人々に害なす属性のことは除外している。
そんなことは当たり前のはずなのに、何故か私は手を挙げていた。
「それは、たとえ、毒でも、ですかーー?」
聖女は少し驚いた後、ふわっと花が咲くように微笑んだ。
「ーええ、もちろんです。」
嘘偽りのないその笑顔が、酷く眩しく、どうしてか、私の胸の奥を深く突き刺した。
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