1章-12「堕ちる日」
王城での晩餐会で、前代未聞の大事件を起こしたわたしは、監獄で尋問を受けることになった。
監獄は石造りの威圧感あるたたずまいで、暗い雰囲気が立ち込めている。
ここは、ただの監獄では無い。
昔要塞だった廃城を改装した、王領随一の由緒正しい監獄である。主に立場の悪くなった貴族や、反王制派の政治犯が収容されていた。
案内されるまま、死んだ目をした者たちが入った牢屋を通り過ぎ、さらに奥へと進んだ。
「ここに居ろ。」
到着したのは、隔離された塔の上だった。毒属性という珍しい属性の為、誰とも相部屋にはできないらしい。
「また、牢屋の中かぁ…」
まぁいい。こういった場所は慣れている。……手枷がいささか窮屈だが。そんなことを考えながら待ち続けて、何時間か経った後、二人の看守が蝋燭を持って部屋に入ってきた。
「ルーナ・フローリー嬢、まず君には、国王陛下とリゲル王子を殺害しようとした容疑がある。
……後はまぁ、想像ついているよね?あれだけ暴れたんだから。」
この時は、随分ヘラヘラとした態度の看守が入ってきたものだと思った。くすんだ黄緑色の前髪が帽子から覗く。
……この男、どこかで見たことあった気がするが、思い出せない。男はわたしの前にある椅子に座ると、軽薄な態度で話を続けた。もう1人の看守は、興味なさげに欠伸をしていた。
「君はもちろん処刑だが、私も仕事なので、情報を聞き出す必要がある。」
わたしは尋問で一切口を割らなかった。
ただ、「王族に恨みがあった。利用されたことを恨んでいる。根絶やしにしてやりたかった。」という即席の設定だけは貫き通した。
しばらく経って、別の看守に交代になっても、何も話さなかった。話せば、ご主人様の関与が疑われるだろう。あんな人でも、彼なりに国のために尽くしてきたのだ。どうせ話したところで揉み消されるだけだし、それに、もうわたしはどうせ死ぬのだから、裏切り者なりに義理は果たそうと思った。
しかし情報を吐かないせいで、尋問は終わらず、何日も続いた。そんな中、例の軽薄な看守は、時折、誰も連れずに1人でわたしの元を訪れた。
「やぁ、元気そうだね。」
「……」
「君、どうして何も話さないんだい?」
「どうして……とは?」
「ふつう、誰かに利用されたことを恨んでいるのなら、その人間を陥れるために、洗いざらい吐くはずだ。だが君は頑なにそうしない。」
「……」
「君は本当は王族に恨みなんて無いんだろう?」
「……」
「………そうだな、君が何も話す気がないなら……そうだ。君って、リゲル王子殿下のことさ、どう思っているの?
君とリゲル王子の仲がもしかしたら、と思ったんだが、一度も面会にすら来ないなんて、酷いよなぁ。君、あの王子にうまく利用されたんじゃないか?」
「違いますよ。」
「へぇ、何が?」
「……彼ではなく、ワタクシが利用したのですわ。そして、ワタクシは失敗しましたの。あの愚かな王子に近づいて、宴会に興じる王族や貴族どもを一網打尽にしてやろうと思っていたのに。
それに貴方も恐れ知らずね。第4王子とはいえ、仮にも神から力を賜った王族の1人でしてよ?」
「確かに、今の私の発言は王子に対して不敬だったな。はは、他の誰にも言わないでくれよ?」
「ええ。聞かなかったことにいたしますわ。」
「助かるよ。」
しばらく沈黙の時間が流れた後、看守が口を開いた。
「ああ、そういえば──、
どうやら、リゲル王子が、西の山脈に魔獣討伐に出られるらしい。」
(嘘、西の山脈って……)
西の山脈地帯は、西の大森林よりもはるかに向こう側、大国との国境付近に面している。山脈地帯には大森林とは比べ物にならないほど巨大で、凶暴で、凶悪な魔獣が生息していると言われている。それら魔獣の中には、神話や御伽話に出てくるような怪物たちも含まれ、この国の対魔獣最高戦力である聖騎士団でも歯が立たないとされていた。
故に山脈地帯は、さらに西の大国から攻められない自然の要塞にも、逆にこの国から隣国を攻めることができない理由にもなっている。
ではなぜ、そんなところにリゲルが魔獣討伐に行ったのか。彼にそこにいくように命令したのは、他でもない国王だろう。聖騎士団でも滅多に倒せない魔獣を、わざわざ危険を伴って討伐させる目的……
──つまりは、リゲルを無駄死にさせる為である。
どうしようもない不安が頭の中を駆け巡った。聖騎士が同行しているとはいえ、山脈の魔獣は人が太刀打ちできるものでは無い。私の瞳が僅かに揺らいだのを、目の前の看守は見逃さなかった。
「そうだよなぁ、不安だよな。光属性を使える魔法使いでも居てくれたら、もっと違う結末になるかも知れないが。」
──光属性……かつてこの手で殺めてしまった、心優しい少女のことを思い出す。
もう二度と戻れない思い出の感傷に浸っていたら、看守に顎を強引に掴まれた。看守は笑顔を作っているはずなのに、彼の目に激しい憎悪と怒りの色が見える。
彼はニヤリと笑った後、すぐ無表情になり、冷たい声でこう言った。
「──やっぱり、アルネを殺したのはお前だな。」
聖女アルネの名前を聞いたのは久しぶりだった。わたしは記憶を巡らす。この男、顔は年月が経って変わっているが、アルネの護衛の中で見た気がする。あまり気にしてはいなかったが、他の護衛が子どものわたしに気を許していた中、最後までわたしの監視を怠らなかったアルネより少し歳上の少年だ。結局、アルネを暗殺した時は誰もいなかったが…
この看守は、この場所で、アルネを殺した人間が収容されるのを待っていたのだ。それは復讐心からか、聖女を守れなかったという自責かは分からない。が、そこに至るまでには途方もない労力と形容し難い強い感情があったことだろう。
「あなたは……」
何があっても、事件のこと以外は押し黙っているつもりだったのに、つい声を出してしまった。
この看守は覚えていたのだ。聖女アルネの元に通っていた子どもの顔を。そして、その子どもが犯人かもしれないと疑っていたのだ。
「お前の上は誰だ?」
この男はそれを知ってどうするつもりなのだろうか。……言わずもがな、復讐だろう。
……知ったところで彼には何もできまい。だからわたしはまた押し黙って、何も彼に喋らなかった。
現に、わたしが捕まったことで、芋蔓式に義両親や、その指示役であるご主人様の関与も暴かれたらしかったが、ご主人様の関与は現国王の助力によって、全て揉み消されようとしていたからだ。
無理も無い。はなから自分の息子を殺そうとしていたなんて、王家にとってはこれ以上無い醜聞に違いないのだから。
わたしの様子を見た看守は、何かを察したのか、何も言わずに牢を出ていった。
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それから何日経っただろうか。赤い髪染めはもうすっかり落ち、もともとの紫紺の髪が剥き出しになっていた。
生まれてからしばらくは牢屋暮らしだったが、おそらくこれからも死ぬ間際まで牢屋に入れられる続けるのだろう。
両脚の腱は切られていて逃げることは望めない。抵抗しなかったせいか、たまに看守たちに好き放題殴られることもあった。そのおかげで、右目の視力は失われ、片側は真っ白に濁っている世界しか見えない。どうせ守ってくれる後ろ盾もないまま処刑される身の上なのだから、どのように扱ってもいいといった有様だった。
寧ろこの状態で今日まで生きてこれたのが奇跡だ。
「たくさん殺したわたしには、こんな最期がお似合いか………けど、また牢屋の中かぁ…」
せめて、空が見たい。リゲルと想いを伝え合った時の、思い出深いあの鮮烈な夕日の色を。
「入るぞ。」
例の看守が、また一人だけで入ってきた。
「調子はどうだ?」
……分かっているくせに、わざとらしく聞いてくる。
「…悪くありませんよ。」
少し微笑んでみせた。けれど看守は、顔色ひとつ変えない。
「…なら良かった。」
そう言って、部屋からすぐに出て行こうとした。彼は何しにきたのだろう?と不思議に思った。
「あ、そうそう、山脈に赴いたリゲル第4王子の討伐軍が壊滅したらしい。」
看守は去り際に、さも今思い出したかのように話し始めた。
「…ぇ」
頭の中まで真っ白になった。反対に、わずかに見える左目の視界は黒く歪んだ。急に大きくなった心臓の音に覆い被さるように、すぐに高い耳鳴りのキーンという音が聞こえてきた。
「生き残った者の証言によると、ドラゴンが複数の群れで出たそうだ。」
聞きたくない、その先は、やめて、聞きたくない…
「リゲル王子のお身体は…辛うじて回収できたようだが、巨大な、角のある赤いワニのような魔獣に、馬ごと下半身を食われた無惨な最期だったらしい。」
それだけ言って、看守は牢から出て行った。
━━リゲルが死んだ。
死なせたくなかった人、殺したくなかった人、どうして、でも、そんなにも苦しむ死に方なら、せめてあのときに………、いや、できない、そんなのできない、嫌だ、どうして彼が死ななくちゃならなかったの?看守の嫌がらせの可能性は?いや、山脈に行ったのは他の看守も噂して本当だったはず、なら、本当にリゲルは?
わたしはなく、ただの人殺しのわたしではなく、あなたが、どうしてーー?
「あ゙ぁあああ゙あ゙あ゙あ゙あ!!!!」
もうとっくに看守は居なくなっているというのに、牢屋の入り口に手を伸ばさずには居られなかった。
体が思ったように動かない。頭の中がぐらぐらと回って込み上げるような吐き気がした。看守の言葉が反芻し、はらわたがとろけるような気持ち悪さが込み上げてくる。
誰か、誰か嘘だと言って…!
嘘だと言って……‼︎
石でできた床は冷たかった。わたしの叫び声は反響し、誰にも届かないまま、やがて消えるだけだった。
リゲルの訃報を聴いてから、わたし何も口にする気が無くなっていた。その結果、当然だが体の内側から弱ってきて、自身の魔法すらまともに制御できなくなった。朦朧とした意識の中で毒属性の魔法を使ってしまうために、いつの間にか手のひらが爛れていることもあった。
そのせいか、もう長く無いと判断されたのだろう。
大罪人、ルーナ・フローリーの処刑が決まった。
わたしの処刑は塔の最上階で行われることとなった。毒を撒き散らす性質を考慮され、人々の前での公開処刑にはならなかった。けれど、王族を暗殺しようとした上、貴族たちを傷つけた稀代の毒婦としての、特別な死だった。
例の看守の提案で、処刑方法は毒殺に決まった。魔法を過剰に引き出す道具を取り付けられ、自身の毒で溺れ死ぬという内容だった。魔法による凶悪犯罪者に、極稀に科せられる処刑法だ。
外に出した魔力を、処刑人が別の魔道具を使い操ることで、受刑者に自身の魔法による苦痛を味わせる。
監獄塔の最上階で、そのまま磔にされた後、首に重たい金属の輪をつけられた。どうやらこれが、魔法を引き出す魔道具らしい。
確かに、体に穴を開けられたかのように、魔力が無理矢理外に垂れ流れされているのがわかる。魔力が体から引き摺り出されるように枯渇すると共に、周りはわたしは自分自身の毒に溺れていった。
内臓が熱く、口の中はただれるように痛む。痛くて、苦しかったけど、それすらもう、どうでもいい。
だんだんと全ての感覚が薄れていく中で、今まで会ってきた人々の顔を思い出した。
ご主人様はずっと恐ろしい顔をしていた。常に優しい顔を見せてくれたアルネとは大違いだ。彼女は、本当に素敵な子だった…
その後も殺してしまった人々の顔と名前を、一人ひとり思い出す。みんなそれぞれ人生があったはずだ。わたしはあくまで、仕事に必要な情報としか捉えられていなかったが。わたしとは違い、帰りを待ってくれる人も、何度も何度も呼ばれてきた本当の名前があったはずだ。
…そういえば、初めて殺した使用人だけは、名前を知らなかった。名前、なんていうのだろう。
…リゲルは、わたしに会う前、どんな人生を辿ってきたのだろう…いつか、教えてくれるかな。
もしも、生き方を選べたらなぁ…
今までこんな生き方をしてきたけれど…人を傷つけるんじゃない、リゲルみたいに人を照らすように強く、アルネみたいな優しい生き方ができたら…
わたしの意識は遠く、暗闇へと堕ちていった。
……はずだった。




