1章-11 「くだらない舞台」
「仕掛けてきたか…」
聖なる日、王城での晩餐会で、わざとらしい口上で国王暗殺未遂を告げる近衛を見て、リゲル第4王子はそうつぶやいた。
以前から実父である国王が、第4王子である自分を目の敵にしていることは知っていた。理由は分からないが、よくある理由としては、王位継承者の邪魔になるからか、実の子か疑われている、などが妥当だろう。しかし残念ながら、どちらも心当たりが無い。にも関わらず、もはや憎しみとも呼べるほどの殺意を、実の父親からこのような場でまで向けられたことには、彼も流石に堪えていた。
こうしている間にも、近衛兵による茶番は続いている。
(よもや……受け入れるしか無いのか……)
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ーシンシア〈ルーナ・フローリー〉─
たった今、貴族たちの前で、リゲル王子に反逆罪の疑いが向けられようとしているのだ。王権側も、暗殺の失敗からかなりふり構っていられなくなったのだろう。
おそらく、捕縛した後、リゲルを処刑か……獄中死で片付けるつもりだろうか。
リゲルの王子としての立場と命、両方を守るために、わたしがすべき事は……。
その時、頭の中に、一つのアイデアが浮かんだ。
「あはははははははははっ!!!!」
高笑いを上げ、体を反らす。皆の視線が一斉にわたしに集まったのがわかった。
と同時に、右手のひらを広げ、リゲルに毒魔法を放った。加減はしなくていい。高濃度の毒を、見栄えがするように紫色に光らせてお見舞いしてあげた。だって、これくらいならばリゲルは簡単に防げるだろうから。
リゲルは案の定、高火力の魔法で簡単に防いで見せた。しかしそのすぐ後、後悔したような顔をしていたが。その後、彼の周りの人間にも向けて何発も魔法を放つ。リゲルは全て炎属性の魔法で簡単に防いでみせ、魔法は紫の火花と赤い火花になって散った。わたしはすぐに思いついた台詞を言う。
「残念!!やっぱり、燃やし尽くされてしまったわぁ!
せっかく皆様お集まりなのだから、全員まとめてワタクシの毒で殺してあげようと思ったのに‼︎」
このような宴の場で攻撃魔法を使うなど、本来なら不敬にも程がある。緊急時以外で魔法を使った場合、反逆の意思ありと見なされ、身分が低ければ最悪処刑だ。隊長らしき男はわなわなと震えながら叫んだ。
「フローリー嬢、乱心なされたか!」
「ふふふ、乱心?バカね、さすがは王家の近衛だわ。相変わらず程度が低くてくだらないことを言うわね!ほんとやになっちゃう。」
そう言いながら、侮辱の意味を込めてトントンと人差し指で自身の頭を軽く叩いて見せた。気位の高い兵士たちは、見るからに頭に血が昇ったようだった。
周囲に集まった貴族たちはざわめき出す。
「何が起きているの?」
「どうやらそこにいる娘が毒魔法を放ったらしい。」
「毒……?毒属性の人間が生き残れるはずないだろう?魔法では無いのではないか?」
この場の全ての人間から発せられる、驚き、怒り、忌避、嫌悪、好奇、さまざまな感情を伴う視線が、わたし一個人に集中していた。
ならばこの世紀の大舞台で、最後まで道化を演じてやろう。わたしは今この瞬間から、稀代の極悪人だ。
「ワタクシ、こんなくだらないパーティっ、大っ嫌いですのよ!」
その場から一歩も動かず、わざと色をつけてガス状にした魔法を空気に漂わせた。薄めている為重篤な状態にはなり得無いし、後遺症も無いはずだが、広範囲の人間に喉を焼いたような痛みを与えるには十分だろう。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「うぅうううっ…」
「喉が…水を!水を!!」
あちこちで呻き声がし始めた。ターゲットですら無い無関係の人間を巻き込むのは気が引けるが、これがリゲルや彼の味方を救うためにできるわたしなりの精一杯だ。わざとらしいが、悪女らしく微笑んで見せた。
「なんだこれは…本当に水魔法か?」
「病…いや、毒属性か、!?」
「うぅ、あ゙あ゙あ゙ぁ」
「いやぁ!わたくしを助けなさい!」
人々が喉を抑えて倒れ込む。先ほど叫んでいた第2王子が、女性たちを逃すよう率先して指揮を取り始めた。
一部の貴族たちは無傷のようだ。どうやら、空属性を使える貴族や護衛の魔法使いたちは、見えない壁を作って毒を防いでいるようだ。幸い、賢い彼らのほとんどは情報の少ない魔法に警戒して手を出して来ない。主人や自分を守ることに精一杯のようだ。
好都合、そう思った時、
「何をした!!」
正義感の強そうな近衛兵の青年が声をかけてきた。余裕なフリをして声の方に振り向き、それらしい台詞を言う。
「あらぁ、見てわからないの?若くて無能な近衛兵さん?」
薄ら笑みを浮かべながら言う。そしてリゲルの方に向き直す。やはり従者共々気づいて、各々空属性の魔法で空間の歪みを作って防いでいる。なかなかの精度だ。
「王子様は…あら、また防がれちゃったわねぇ。この人ほんとに隙がないのよ。
ワタクシ、何度もこの王子様を籠絡しようとしたのだけど……警戒されちゃって逆に監視される形になっちゃったのよね。本当はもっと早くに始末するつもりだったのに!」
それは演技ではなく事実だ。もっと早く、疑問を持つ前に終わらせていれば、あるいはわたしが殺されていれば、こんなに苦しむ必要は無かったのに。どうして、叶うはずなんて無いのに、許されるわけが無かったのに一緒にいたいと願ってしまったのだろう。
「フローリー嬢!ご覚悟!!」
先程の若者が剣に質量を乗せた魔法を使い切り掛かってきた。お手本通りの上段構えだが、それでも当たったらただじゃ済まないだろう。しかし、当たらせなければ無意味だ。若者の愚直な剣の軌道を逸らし、軌道修正しようとしたところを下からの魔法で弾き上げた。
「何っ!?」
そのまま後ろに落ちて行く剣と若者のガラ空きになった腹両方に水に似せた魔法を勢いよく打ち込む。若者は後ろにふっ飛んだ。手加減したが後頭部を打って戦闘不能になったらしい。
「おのれっ‼︎」
その様子を見た他の兵士たちが一斉に切り掛かってきた。流石に複数人の魔法を捌くのは骨が折れる。しかし、今引くわけには行かない。
こんなに人が多い場所では魔法は完全には使えない。だがそれはお互い様だ。後がないから周りに気を遣う必要が無い分、こちらに分がある。
「何をしている!取り押さえろ‼︎」
「そうだ!無能めが!その女を早く捕えろっ!」
安全圏にいる一部の王権派貴族たちが兵士たちに命令し始めた。
「うるさいわね。」
色をつけた魔法を貴族に向かって放つ。
「王家の犬はおとなしく後ろに隠れていなさい!」
すぐにその貴族の護衛の魔法使いが防いだようだった。
「おのれ!貴様!ワシを誰だと思っている!
お前、やれ!あの無礼者に鉄槌を下せ!!」
護衛の魔法使いが前に出てきたが、教本通りの魔法しか撃ってこない。守りは得意分野なようだが実践経験が少なく、簡単に勝ってしまった。
「次は、どなたが遊んでくれるのかしら!」
「並の相手じゃ相手にならないね〜。」
先程からずっと傍観に徹していた第5王子が、軽薄な調子でリゲルに話しかけていた。
「どーかな?あに様が彼女の相手してあげるってのは?」
「……」
リゲルは何も答えられなかった。そんな様子のリゲルに、イアンが声をかける。
「リゲル様、貴方がお行きなさい。」
「イアン、しかし私は…」
「リゲル、ルーナ嬢の想いを無碍にするおつもりですか……?」
決断を迷うリゲルに、側近のイアンがリゲルに耳元で囁いた。
「…………っ」
「リゲル王子!こんな危険な女を放置しておけるわけがありません。」
イアンが叫んだ。
「おお!!リゲル王子殿下御自ら!!」
「あのイかれた魔女から我々をお守りください‼︎」
「流石です!リゲル殿下!!」
「あに様なら、勝てますよね。」
この場で1番の実力者であるリゲルが前に押し出されるようにして目の前に立ちはだかった。わたしは嬉々として高い声を出す。
「まあ!今度のお相手は王子様かしら?」
「……よもや、こうするしか無いのか。」
リゲルはスラリと剣を抜く。刀身が反射で銀色に光った。わたしは微笑みで返した。
「ふふ、一緒に踊ってくださるの?」
手を差し出したと同時に魔法を放った。
単調な攻撃魔法の撃ち合いになった。一見、わたしが優勢で、リゲルは防戦一方で押されているように見えるが、信頼していた通り全て防いでくれる。
「さすが!お強いですわね!」
わたしの魔法は基本紫色しか出せないが、リゲルは色とりどりの火花を舞わせるので、見ていて飽きない。
観衆たちも禍々しい紫色より、華があるリゲルの方を心から応援していることだろう。
「けど、これはどうかしら!!」
どうせ出し惜しみしても無意味なのだ。思う存分、最後の魔法を楽しんでやろう、そう思った。魔力の質量を何倍も増やして、今まで狩ってきた魔獣の形を取らせる。猪やリスの魔獣に似せた半透明の魔法を操り、リゲルにぶつけた。
リゲルは剣に魔法を纏わせ、数十匹程のリスの方は炎で払い除けた後、猪の方は風魔法を駆使して細かく切り刻んだ。まるで剣舞のように滑らかな動きで、観衆からは感嘆の声が聞こえる。
「あははっ!さすがは英雄の血を引く王家の人間!といったところかしら!!」
リゲルは相変わらずわたしが弾き返せるほどの魔法しか打ってこない。愚かにも、まだわたしを助けられるかもしれないと思っているのだろう。
周りを巻き込むのを心配しているにしたって、このまま単調な攻防を続けていれば、リゲルが怪しまれてしまう。
「手加減、なさいましたね?女相手には本気を出さないのかしら!」
こうなったら、リゲルの本気を引き出してやる。
そう思い、彼が初対面で使ったような高密度の魔法を顔目掛けて撃ち、火力の高い魔法を使いたくなるように仕向けた。
しかし、挑発しても尚、必ず勝てる密度の高い魔法を直接放ってこないあたり、わたしを殺すことに躊躇しているんだろう。これに関しては甘いと言わざるを得ない。
(あくまで、わたしに殺せる魔法は当てないつもりか……ほんとうに、呆れるほど馬鹿なんだから。)
リゲルが放った赤色の魔法のいくつかを弾いて、すぐ上の方に飛ばした。
そしてそのすぐ後、ガス状にした魔法をもう一度放ち、それを目眩しにして高密度の魔法をリゲル目掛けて撃つ。
リゲルはそれを同質量の魔法で相殺した後、また単調な魔法に切り替えた。わたしはその魔法をまた上方に弾いた。
その瞬間、リゲルはわたしの意図に気がついたようだった。
ガッッシャァアンッ……!!!
頭上のシャンデリアが、わたしに向かって轟音を立て落ちた。狙い通り、弾いた魔法がシャンデリアの根元にうまく当たってくれたらしい。背中に痛みと衝撃が走り、そのまま床に叩きつけられるようにうつ伏せに倒れる。
「ぅっ、ああああああ!!よくも!やってくれたわね!!よくもっ!穢らわしい王族の分際でっ!!」
出せる大声を無理矢理絞り出して、敵役として相応しいような無様な台詞を吐いた。さもリゲルがわたしを油断させてから、機転を効かせて仕留めたかのように聴衆に思わせるための演出だった。背中や足首があちこち痛む。衝撃で何ヶ所か折れたようだ。
「さすがでございます!リゲル殿下!」
事態を察したリゲル派の侍従の一人が、声高らかに彼を褒め称えた。
「リゲル様御自ら仕留められるとは!」
「さすがだ!」
「さすがですわ!殿下!」
つられて周りの人間も褒め始めた。拍手の音がだんだん大きくなっていくのが分かる。石造りの広間によく響いた。雨音みたいだ。
背中が熱い。シャンデリアが刺さり、多くの血が流れているのが分かる。しかし、当たりどころが良かったのかまだ死ねそうにも無い。
どうせこのまま逃げることもできず処刑されるのは確定していると言うのに。
「ふふ…死に損なっちゃったなぁ…」
誰にも聞こえない声でそうつぶやいた後、倒れ切る前に一瞬だけ見えた、リゲルの顔を思い出す。なんて悲しそうな顔をしているのだろうか。でも、これでよかったんだ。
あなたを、わたしの意思で守ることができたから。生まれて初めて、自分の意思で、自分のやりたいことを、本当に大切な人のためにできたのだから。
頭からも血が引いたことで、意識が朦朧としてきているはずなのに、今まで埋もれていた自分の意思が鮮明に見えてくる。その感覚は、不思議と心地よかった。
熱い……。床に落ちたシャンデリアの蝋燭の炎がドレスと絨毯にに燃え移っていたようだ。衛兵たちが炎を縫って近づき、わたしを捕縛した。
近衛兵に腕を抱えられた時、人の群れの中で、リゲルがこちらに手を伸ばしているのが分かった。
ダメだよ、わたしのことは切り捨てなきゃ。
あなたには、守りたいものがあるのでしょう?
これでよかったのだから…
だから、そんなに辛そうな顔をしないで。
お読みいただきありがとうございます。




