第二十二話 知らぬ過去を問う
藍沢先生は手放されても尚手を伸ばすと決めた。諦めることはしない、うちひしがれる暇などない、と。とても強い人だ、眩しくて、目を逸らしてしまいそうなほど。
「……」
藍沢先生から預けられたページをじっと見つめる皇さん。何を考えているのかは生憎分からない、ただマスターとの邂逅は皇さんにとってはかなりの衝撃だったらしい、ということだけは分かる。
普段ならばこの人も強い人だ。何を言われても動じない、何があろうとも決して挫けることのない。……別に今も落ち込んでいるようには見えないが、それでもどうしてだろう、いつもよりも若干弱っているように見えた。
「……なぁ、ユウヒ」
「はい?」
「お前にとって……マスターというのは、どういう人だったんだ?」
少しだけ躊躇い気味に問い掛けられた内容に面食らう。何故今、どうして、皇さんが。喉元まで出かかった疑問を抑え込んで、努めて静かに口を開く。
「……物静かな、人でした。いつもどこか遠くを見ているような、何もかもを諦めているようでいて、その実諦めきれずにいるような」
「…………」
「皇さん。マスターと……どんな話をしたんですか?」
皇さんの動きが止まる。惑うように揺らぐ視線は、本当にどうやって言葉を紡ぐべきかとんと分からないみたいだった。
「……なぁ、ユウヒ。お前のマスターは……世界を、敵に回したのか?」
「……はい?」
冗談で言ってる訳ではない、それは分かっている。分かっているからこそ……文脈が読めない。マスターがそう言ったのか?何故?
「ま、まぁ確かに自罰的な面はあった記憶がありますが……」
そんな世界規模で敵対していただろうか。仮にそれが真だったとして、どうしてそれを皇さんに開示したんだろうか、あの人は。
「許される気がないのに罪人だと自嘲して、謝るくせに自分の意思を曲げる気がない相手なんて、どうすればいいんだ」
「う、うーん……」
開示された内容があんまりすぎて言葉に窮する。前提が頑固すぎるだろマスター、和解どころか会話する気がないと取られてもおかしくない条件だぞ。
「そんなこと言ったんですかあの人は……」
「話し合うことすら出来ず、手放すことしか、離れることしか出来なかった、なら」
「……皇さん?」
俺が内心頭を抱えている間に、皇さんの気配が変わる。怒りではないが、決しては軽くはない激情が垣間見える。本当に何の会話をしたんだろう、もし皇さんが言った世界の敵か否かの話しかしていないのだとしたら、皇さんはどうしてここまで感情を露わにするんだろうか。
「……一体、皇さんにとってマスターは……」
皇さん自身も分からない皇さんとマスターの関係。どうして、と問い掛ける声は皇さんには届かず、ただ静かに消えていった。
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