第九話 呼び声への応答・肆
どこか遠くで音が鳴っているような、ただ漠然とした懐かしさだけが脳内を駆け巡っている。何を俺は感じ取っているんだろう、何か、マスターに繋がるものがここにあるんだろうか。
「ユウヒ?」
「……ああ」
ぼんやりとしていたら皇さんに声を掛けられた。感じるものがあってもそれが何かを判別する術はないので大人しく従おうと体を翻す。その拍子に服が日誌を引っ掛けて落ちたのが見えた。
「おっと」
何の気なしに拾おうとしただけだった。二人が触っていたものだし、ただの日誌であることは既に分かっていたから。触れた指先に違和感を覚えるよりも前に視界が揺らぐ。立っていることすら困難になって膝をついた。
「っ」
「おい、大丈夫か」
皇さんが近くにいる気配がある。アランさんが駆け寄ってきている気配も。分かっている、気付いている、それでも体は自由に動かない。思い出せ、思い出せと俺の脳が叫んでいる。
「誰、を……?」
「ユウヒさん?」
「記憶が……?」
そこまでいうならどうか教えてくれよ、足りない記憶の答えを、消された記憶の正解を!歯を食いしばって目を凝らす、耳を澄ませて声の主を探す。
「アランさん、ユウヒが……」
「ええ。どうにかしたいのは山々なんですが……」
まだ見えない、聞き取れない。だけど状況としてはこれ以上ないくらい整っている。きっと記憶を失ってから今までで一番声の距離が近い、思い出せるはずなんだ、全部は無理でも一部くらい……!
「逃げ、るな、馬鹿マスター……!」
忘れたくない記憶だった、失っていい記憶じゃなかった、分かってるからこうやって歯を食いしばっている、必死に声を探している。俺の本能が思い出せと俺を責め立てている。
「……少し、様子を見ましょう。恐らく今俺達が出来ることは何もない」
「はい」
二人が静観を選択してくれたのは僥倖だった。時間的猶予が出来た、と判断して思考を少しだけ考察に回す。何故あの日誌で記憶が呼び起こされた?アランさんと皇さんも触れていた、俺が触れることがトリガーだとしたら、何のために?
もう一度日誌に視線を落とす。何の変哲もない日誌、落ちたことで開かれたページも特段変わったところは……いや。
「その、マークは……!」
「マーク?」
俺の言葉にアランさんが日誌を取り上げてくれた。霞む視界の中でも分かる、特徴的なマークをなぞる。きっと俺では起動出来ない、けれど、これは確かにマスターの魔術式だった。
「マスター……!」
「このマークが、ユウヒの――――」
俺の言葉に皇さんも真似をするようにマークに触れた瞬間、なんの予兆もなく魔術式が起動した。
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