第十六話 思い出を遺して
「宇月、少し良いか」
「あれ、あやめさん……ですよね?」
「ああ」
おかしいな、あやめさんに俺が声を掛けられる理由はないと思うんだけど……。ももくんが飛び降りてどこかへ行くのを見送ってから、俺は出来るだけ何でもないように声を上げる。
「どうしたんですか。アランさんならいませんけど」
「いや、お前に用がある」
「……俺に?」
わざわざ俺を名指しした意味が分からず怪訝な声を出せば、あやめさんは懐から何か……厚みのある四角いものを取り出す。
「白糸診療所にあった証拠なんだが、……お前が持っていた方が良い気がして」
「これ、は……」
失くしたはずの、全て処分されたはずの写真がどうしてだろう、一枚だけとはいえ目の前にある。思わず言葉を失った俺に、あやめさんは慌てたように言葉を重ねた。
「えっ泣……!?いやそんなに苦しいものなら別に俺が保管するんだが、いや本当に掃除中に見つかったものだから他意はなくてだな……!」
「すみません違います。……そっか、まだ残ってたんだ」
こんな自然に笑う両親、もう何年も見ていなかった。昔の思い出なんて楽しかったことより辛かったことばかり刻み付けてしまって、何も覚えていないと思っていたのに。
「残って……たんだなぁ……!」
しわしわにならないように、涙で濡れてしまわないように目を擦る。大声を上げて泣けるほどの感情はもう抱かないけど、まだ残っていたという事実がじんわりと胸を暖かくさせた。
「ありがとうございますあやめさん」
「あ、ああ……悲しんでる訳じゃないなら良かった」
ちょっとだけ反応は挙動不審だったけど俺が悲しみで泣いていた訳じゃない、と理解してこくこくと頷きを返す。純粋に心配させちゃったな、俺も覚悟が出来てなくてみっともなく泣いてしまったのが悪いんだけれども。
「それと、これは……?」
「同じ場所で拾った。一応その……血がついて落ちていたから、形見の品じゃないかと思ったんだが」
「血が……」
「ああ。いや、これに関しては別に突き返してもらっても構わない。俺も流石に無神経だったと今後悔している」
何の変哲もないナイフだが、手元でぐるぐると回せば妙に馴染みがあった。……あやめさんはこれを両親が使っていたと思っているようだが、恐らくこれは俺が使っていたものだろう。使っていた、というのも正しくないな、両親に贈られた、護身用のナイフだ。
「これ……俺のナイフですね」
「え、ん、うん……?」
「俺の護身用ナイフです。失くしたと思ってたんですけど、どこにありました?」
「えっと……確か、本棚の裏に……」
「本棚の裏!?」
どんだけ飛んでったんだこのナイフ。そりゃ見つからない訳だよ。
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