第九十三話 貴方の特別になれますか?・前編
「……また、死に損ねた」
声が聞こえて、視線を向ける。まだぼんやりとしている今しかないと判断して口を開いた。
「でも、俺は泰誠が生きててよかったと思うよ」
「ただのエゴじゃないですか、そんなの」
「うん。どれもこれも、突き詰めればただのエゴだ」
普段とは違う取り繕われていない声。薄布を一枚隔てたまま、直接視線を交わすことはないままに言葉を紡ぐ。声が震えないように、動揺を悟られないように。
「失態を侵したのは俺だった。故に、泰誠が死んでいたら俺の責任になっていた。だから俺は生きていてほしい、と思う」
「話題を切り出したことを失態だというのなら、違和感を覚えていながら何も言いださなかった私の方が責任としては重いでしょう」
「死人に口はない」
「ならば死者に価値もない」
取り付く島もなし、か。一つ一つ感情を探りながら言葉を引き出す。焦ってはいけないし、激情を見せてもいけない。ただ淡々と言葉を返す必要がある。
「泰誠、お前が生きていくことを……東雲透さんが、望んでいたとしても、これはエゴになる?」
「……死者の言葉を代弁することこそがエゴに当たるのでは?」
「本来ならね。でも、今回だけは死者の言葉でもないし、エゴにもならない」
乾いた唇を舐める、頭がくらくらして目が回りそうだ。付け入る隙を与えてはならない、出来るだけ言葉に集中させて、泰誠の本音を引き出す必要がある。あの聞こえなかった言葉を、もう一度引き出す必要が。
「東雲さんはお前に生きてほしいって言っていた。代わりにならなくていい、ならないでほしいって。本当は自由に生きてほしかった、バックアップ要員とその素体、じゃなくて、親子になりたかったって」
「……有り得ないでしょう。それが許されるような立場ではないことは、他ならぬ透本人が分かっていた筈です」
立場、か。成程、研究者達が殊更に強調したのはそれか。立場が違う、価値が違う、そうやって刷り込まれた認識を、透さんは看破できなかった。少なくとも泰誠は透さんの前でこの話をしたことがない。
「いくら優秀な魔術師、研究者であろうと人は人。望まぬ立場に縛られ、誰にも言葉を聞いてもらえない状況にしたやつらのことを、泰誠は信じるの?」
「……」
「理解出来ないと遠ざけるのは簡単だし、特別だと言って敬うのも簡単。簡単だからこそ――――問いたい、泰誠の選択は、本当に東雲さんを尊重するものだった?」
「……そんなこと言われても」
「分かってるはずだよ泰誠、だってお前は、ただ見ない振りをしていただけなんだもの」
そして、見ない振りをしているのは今の俺も一緒だ。意を決してカーテンを引く。逃げられないように片腕をついて、目を逸らされないように頬に手を添えた。
「沢山の言葉を聞いて、沢山否定をされたんだと思う。けれど、今この場にそいつらはいない。東雲さんもいないけど、だからこそ今なら、言えるんじゃない?」
「――――…………おれ、だって」
泰誠の声が小さく地面に落ちる。微かな震えは指摘せず、言葉の続きを待つ。縋るような、引き寄せるような指が服にかかって、逃がさないと言わんばかりに強く引かれた。
「生きていてほしかったし、一緒に、生きたかった……!私が代わりになって生き返るのなら、最低だと罵られようともそれでよかったんですよ!」
「……それは、東雲さんが特別だから?」
「違います!確かに透は”特別”かもしれなかったけれど、別にそんなのどっちでも良かった!」
「じゃあ、どうして?」
「初めて――――俺を、俺として認めてくれた人だったんです。何にもなれない俺を、誰かにならなきゃ価値がなかった俺を、受け入れてくれた人。だから――――!」
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