第九十一話 背を押したのは
「憂いは晴れたか?」
「え」
夏音くんと月野さんの治療を済ませたレンリさんからの言葉に、思わず動きを止める。視線を向けてもレンリさんは振り返らない、忙しそうに動き回るばかりで、ともすればさっきの言葉が幻聴なのかもしれないと思わせるような。
月野さんは後始末のためにすぐ部屋から出ていった、夏音くんは万が一を考えて雅也くんと一緒にいる。室内にいるのは俺とレンリさん、それに眠っている泰誠だけだから、聞き間違いではないんだろうけど。
「憂い……ですか」
「負担になったとしても、ついて行く理由があったんだろ?」
「……まぁ、俺のせいで泰誠が連れて行かれたんで」
立ち入るならもっと慎重に行うべきだった。様子がおかしいことと、狙われる可能性が高いことは充分に情報としてあったのに。少しの油断と傲慢であれだけの影響が出た、弁解の余地がなさすぎる。
無理を言ってついていった先で、東雲さんと会えたのは僥倖だった。泰誠の育ての親であり、泰誠にとって誰よりも優先すべき人物。本人の意思と泰誠の意思は食い違っているけれど、真相を知れたことはメリットだ。
「……強く、なりたかったな」
本当は力が欲しかった、無理だと知っていたけど。レンリさんは俺の呟きに視線を向ける。強ければ、力があればこんな悔しい思いをしなくて済んだのに。
「ま、強さがあったら踏み込めなかっただろうが……」
「え?」
「東雲だって無力感に苛まれてたんだ、お前が踏み込めたのは、明確にお前を守護対象としてみれたからだぞ」
「……!」
レンリさんの言葉は衝撃的で、けれど腑に落ちる説明だった。アランさんや皇は強すぎて踏み込めない、対等だから油断されて、守護対象だから不意をつけた。……きっと、対等じゃなかったら取り繕われただろうし、守護対象でなかったら説得は成功しなかった。
「……複雑」
「そう落ち込むなよ。お前が今回踏み込まなかったらもっと酷いタイミングで東雲は連れていかれただろうし、そもそもお前じゃなきゃ東雲の内心を暴けねぇ」
そう言われても慰めにはほど遠い。たらればに意味はないし、踏み込みづらいだけで藍沢先生やレンリさんでも泰誠を説得することは出来そうじゃないか。
「…………どうして、俺だけなんでしょうね」
東雲さんも同じことを言っていた。俺でなければ駄目だった、と。お世辞かもしれないけど、互いの存在すら知らない二人に同じことを言われると、偶然として片付けることに戸惑いを覚えてしまう。
「そりゃ決まってんだろ、それはお前が───────」
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