第三十六話 放棄された支部・境界
外では感じた気配も、室内に足を踏み入れた時点で曖昧になってしまった。集中して探れば誰がどこにいるか、も分かるかもしれないがこの状況下ではリスクが高すぎる。結局、こちらに意識を向けている存在を察知する程度に留めるしかなかった。
「……どこにも、異変はありませんね」
「そうですね。怪異はいるけど、特別おかしいかと言われると……」
アランさんも今のところは顔色が悪い、だけで済んでいる。どこかの部屋に踏み入れた時点で戦闘が始まるかと思っていたんだが……少なくとも今のところは音沙汰がないな。
残っている部屋ももう殆どない。遅延行為……なら少々手荒な手段に出る必要があるが、わざわざ遅延させる意味が分からないな。時間が経過することで相手が有利になるとしたら……こちらの疲弊を誘う事、になるが。ちらりとアランさんに視線を向ける。
「正面突破しますか?」
「そうしたいのはやまやまなんですが……志葉さん、本体の居場所って分かりますか?」
「いえ」
「俺もどこが中心なのか、が分からないんですよね。なのでこの状況で下手に空間をこじ開けると逆に遠ざかりかねない」
「ですがこのままでは……」
言葉の途中で視線が扉の奥へと向く。何もない……底なしの空間が広がっていた。気配を探れば更にねじ曲がっていくような揺らぎがあり、俺とアランさんは頷きあってから扉の奥へ踏み込む。
不快感は依然として消えない。だが先程まであった感覚よりも鮮明に、より強く悪意を感じるようになったので中心に近付いているのは確かだろう。隣を見ればアランさんは寧ろ平然と…………平然と?
「大丈夫ですかアランさん」
「…………ああ、問題ない」
「……アレンさん?」
明らかに先程までのアランさんじゃない……というかこの気配は知っている。オーシャンに呼ばれたときに見せた存在と同じだ。違いがあるとすれば瞳の色くらいで……落ち着いた緑の瞳が、静かに俺を見据えている。
「まぁ隠す必要もないか……そうだな。不本意だがまたらしい」
「大丈夫なんですか」
「長引かなければ、まぁ」
やはりアランさんの精神は限界だったのか。暴れたり倒れたりすることなくアレンさんに代わった……のは、良いことなんだろうか。ここが最深部ではない以上、自力で動けるというのは明確なアドバンテージかもしれない。
「戦闘は」
「出来なくはないが俺がこの身体になれていない。あんまり期待しないでほしい」
「分かりました」
会話は出来る、意思疎通も問題ない。……アランさん自身の意識がないのは心配だが、今はとにかく進むしかないな。
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