百三十七
「新谷 紅の行動いかんで、『予言』の達成度合が左右される、という状況は、大海に手紙入りのビンを投げて、遠くにいる特定の友人に届けられるかを検討するのと同じくらい、不確実な状況と思われがちですが、確実性を得ることは可能です。
なぜなら、利得を目的とした場合、市場という制約のある経済範囲に、必ず新谷が姿を現すことになるからです。
新谷の爪先がどこに向くかは、数えるほどの選択肢しかありません。
その選択肢を全て管掌できれば、『砂場』で遊ぶ子供と同じです」
「新谷の行動パターンをある程度、予測できていた、ということですね」
そこで、水野が訊ねる。
「『IMEA』の登録会社は5社しかありません。そして、岡産業を除く4社は、技術提携関係にあります。
『予言』を持ち出した新谷は、かつてラズベリースケール社の研究員だったこともあり、ウィリアム・ゴースワンと親しい関係にあるとなれば、流れは決まっています。
『予言』を手に入れたゴースワンは、他の提携会社と協力して、『予言システム』の開発に取りかかったのです。
そして、当然ですが、私とゴースワンの間では、情報共有が行われています」
「『予言システム』の基本機能について、教えて下さい」
そこで、水野から質問が入る。
有利香は淀みのない供述を継続しながらも、『予言システム』の概要説明に流れていった。
まるで、水野からの質問内容があらかじめわかっていたような、切れ目が無く、滑らかな展開だった。
「『予言システム』の基本機能は、特定した未来を達成するための行動の選定を行うことです。
そして、その選定の権限は、物理的干渉を行うまでを含めています」
「何だって?!」
水野が、驚きの声を上げた。
「『予言システム』が行動まで起こしている、というのですか?
予言の内容を人間に伝えることなく……人間の判断を得ずに……」
「ヒトの行動は、常に時間の流れの中にあります。
ならば、流れを管理することによって、ヒトの判断に導きを与えることが可能ということになります。
それが、物理的干渉です」
「………」
水野は、しばし言葉を失っていた。
有利香は、構わず説明を続ける。
「ルが求めている理想的な未来には、『予言システム』の性能面や稼働する期間といった想定が、当然に含まれています。そして、その達成のために、必要な資源の選定を行うことを重要視しています」
「その……資源…というのは……ヒトの存在も含まれているのですよね………」
水野は、掠れた声で、何かに怯えているように震えながら、有利香に訊ねた。
「人的資源、物的資源、全てを指しています」
有利香は、明確に言い切った。
「第三者による妨害行為で、理想的未来の達成に必要な資源が損なわれ、達成困難な状況に陥る虞があります。
特に重要人物の維持は、最優先事項と言えるでしょう」
「………」
水野は、再び沈黙したが、しばしの時を経て、一言だけ、こう呟いた。
「……それが……『裁定者』の存在に繋がるのですね………」
* * *
「あの賊は」
と、パーヴェル・シュトキンは、段 深緑によって激しく破壊され、瓦礫と化した治療室の出入口あたりに目を向けながら、言った。
「『固体弾』は、使用する『権限者』の『意志』によって威力が強弱し、相当な破壊力が出せるとしても、キミには通用しないことを詠んでいたようだな」
「何の目的があったんやろな?」
段は、舞い上がって身体に付着した埃を払いながら訊ねた。
「キミを復活させることと、キミの力を見届けるためだろう。
その成果を持ち帰らせてしまった。
だとすると、実は彼らがキミの味方である可能性も否めないな」
「ウチの好きなタイプやない」
の一言で、段は一蹴した。
「でも、敵味方で区別するなら、ウチが縛られたままで、ウチのことを調べようとしてたあんたらも、ウチの味方やないな」
段は、キリリとした目つきで、パーヴェルを見つめた。
サロモン・ハーシュがバツが悪そうに、そわそわした。
「サロモンはん」
段に呼ばれ、サロモンの背筋が伸びた。
「あんたを責めてるわけやないよ。
あんたは、優しいヒトや。
ウチには、ようわかる。
きっと、あんたらは命令に従っただけなんやろな。
命令には、ウチの解放ゆうのは無かったんやと思う。
深藍からウチの印象聞いとったら、ウチのことを警戒するのも、しゃあないわ」
「あの……これから、どうなさいます?」
長門 暁海がおそるおそる段に訊ねる。
「おっしゃる通り、段さんが拘束された状態での調査を指示されていました。
段さんが目を覚ましてしまう展開は、全然想定していなかったのは事実です。
でも、こうして、段さんが目覚めてくれたんです。指示にはありませんが、私たちの社長に会ってみませんか?」
「親切で言ってくれてるんやろうから、ありがたいんやけど、あんたらのところには行けれんな」
段は、きっぱりと断った。
「なぜです?」
「あんたらのボスは、羽蕗 梨菜なんやろ。
だったら、ウチにとって宿敵や。
会うわけにはいかんのや」
「宿敵って……羽蕗さんは、そんな風には……」
「羽蕗 梨菜が、ウチのことをどう思っとるかは知らん。
ただ、ウチには宿敵でしかないんや。
それに、深藍が……ウチが一緒におるのは、きっとイヤがると思う」
「それは違うぞ。梨菜さんも、深藍さんも、キミのことを心配して………」
パーヴェルが間に入ろうとすると、段が構えを取って警戒した。
「力ずくで連れていくつもりでも、ウチは絶対に応じんで」
「いや……ボクはそんなつもりで………」
パーヴェルは両手のひらを見せて、その気は無いことをアピールした。
「……ウチのことは心配せんでエエよ。
ウチは、何とでもできるから………」
段は、背中を見せ、壊れた出入口の方へ向かった。
「段さん、待って」
と、サロモンが言った。
段の足が止まった。
「……かんにんな……サロモンはん……やさしゅうしてくれて…おおきに……」
段は、再び前進した。
その後に暁海が声をかけたが、もう振り返らなかった。




