百三十六
「あなた方が拘束している新谷 紅が、真体ではないことは承知されていると思いますが」
有利香の問いに、水野はため息を交えながら「ええ」と答えた。
「WGBGに出場していた新谷は、『疑似体』であることは判明しております。
彼は、彼の指示者が彼自身の『真体』であること、そして、その背景にあなたがいることを示しました」
「………」
有利香は、無言で、静かに両目を閉じた。
しばし、沈黙の気流が2人を包むが、水野の方が断ち切った。
「この沈黙の持つ意味は、呵責ですか?
あなたは、ボクからのお願いを聞き入れて、ここへ来てくれて、全てを話すと言ってくれました。
それは、あなた自身が相当の覚悟を持って行動されているものと解釈し、ボクはあなたに敬意と謝意を表しています。
今は、私がした『予言』に関する質問の回答を進めて下さい」
「承知しました……」
有利香は、ゆっくりと両目を開き、水野を見つめた。
「私が、あなたに全てを話すと決断したことは、決して『予言』の行く末にある『特定未来』の損得に基づいた判断では無いことを誓約します。
これは、私の判断であり、このことが『特定未来』にどのような影響を与えるのかは、計り知れないことです」
「もちろん、それは信じていますよ」
水野は、軽快に言った。
「私が新谷に出した指示は、『予言』を仄香から乖離すること、のみです。
手段については、特段の指示はしておりません。
そして、これは、この要素が、もっとも重要な意味を持っていたのかもしれませんが、新谷が、この任務について、悪意を抱いて臨むであろうことを、私は承知していました」
「未必の故意、ですか?」
そこで、水野が訊ねる。
「そのようにおっしゃられても、否定できない事実です。
試作段階の『LARGEシステム』が、その時点で未だ稼働できていない状況で、新谷が浦崎刑事を殺害するかどうかはわかりませんでしたが、その可能性については、私自身の能力で、『予測』できていました」
有利香は口を止め、水野の様子を伺った。
水野は、落ち着いた様子で、少しだけ笑みを見せていた。
「正直に話していただきましたね。その勇気に感謝いたします。どうぞ、続けて下さい」
有利香は、細く息を吐き、安堵の表情を示した。
* * *
「段さん……バトルスーツ……用意してあるんです………」
長門 暁海は、全裸でいる段 深緑のそばに駆け寄ろうとするが、パーヴェル・シュトキンがそれを制した。
「今、彼女に近寄るのは危険だ。
かなりの高熱で覆われ、端で見ているボクでも、『防御』を施さなければ、大火傷していると思う」
「裸でいる乙女を放置できますか!」
暁海は怒鳴り声を上げ、パーヴェルはその勢いに竦み上がった。
「あけみはん、ウチに何か用か?」
段は、キョトンとした顔で、暁海を見た。
「すぐに、これを着て下さい」
暁海が強引に段に近寄ろうとするので、パーヴェルは『防御』の焦点を暁海に移した。
「気いつこうてもろて、おおきに、なんやけど、ウチらは全身で攻撃できるこれが最強なんや」
「このスーツは、あらゆるエネルギー耐性が優れてて、『攻撃側面』に対する支援能力も備えています」
「バカね、あんたたち。銃口を向けられてる立場のくせに、私がオメオメと許すと思ってるの?」
リーダー格の賊が甲高い声を上げる。
段は、目を細めて、賊を睨む。
「なら、撃ってきたらエエがな。
1発しか撃てん弾を、はよ撃ちや」
段の挑発に対して、賊は全身を震わせた。
自棄っぱちの攻撃をパーヴェルが警戒し、バリアの範囲をできるだけ広くした。
暁海も、再度『超小型保護具』を設定し、自らとサロモンの防御に加担した。
段は、表情を緩め、ゆっくりした動作で暁海から受け取ったバトルスーツを着用した。
「ぴったりやな。あんたら、よくウチのサイズがわかったな」
「深藍さんのサイズで作ってみたんです。ぴったりで良かった」
暁海が無邪気にはしゃぐ。
段は、唇をキュッと結んだ。
「深藍………そうか……深藍は、あんたらんとこにおるんやな………」
「ちょっと! アンタたち、私を無視しないでよ」
賊が喚くと、段の視線が再び賊に向いた。
「やかましな……はよ撃ってこんかい!」
段は、凄みを効かせて怒鳴った。
賊は、悲鳴を上げながら、『固体弾』を段に向けて発射した。
段の全身の輝きが大きく増し、右手の人差し指と中指を立てて構えた。
『固体弾』の行き先は、まさに段が立てた二本指の中心にあった。
衝突と共に、『固体弾』は激しい爆発音を上げながら破裂し、その破片が『流れ弾』となり、八方に飛び散った。
パーヴェルは、その『流れ弾』の動きを目で追い、陣営に飛んできた弾を『防御』で防いだ。
段は、「ちっ」と舌を鳴らし、賊が発砲した方角に向けて、『光弾』を放った。
金色に燃え上がった『光弾』は、流星のように閃光を発しながら、段の前方に超高速で突き進んだが、部屋の壁に衝突し、大きな範囲で爆発した。
そこで飛散した破片なども、パーヴェルが完璧に防御し、サロモンや暁海たちは掠り傷すら負わなかった。
「逃げられたか」
段が悔しそうに呟き、『観音化』を解いた。
「最初から逃げるつもりだったらしいな」
パーヴェルが段に近づいて言った。




