第4話 公爵令嬢、自由を満喫する!
五歳の誕生日にスーとラーを授かってから、あたしの生活は一変した。
何が変わったかって?
ヴェルディア公爵家の中で、あたしの存在が完全に消えたのである。いや、もちろん、透明になったわけではない。
光魔法を使えば姿を見えにくくすることはできるけれど、そういう話ではなくて。
家族からも使用人からも、いないものとして扱われるようになったのだ。廊下ですれ違っても挨拶されない。食事に呼ばれることもない。侍女が部屋を訪れることもなくなった。
これぞ、徹底した黙殺というやつだろうか。
……あれ?
もしかして、あたしの光魔法、知らないうちに発動しっぱなしになってる?
「スー、あたし、ちゃんと見えてる?」
窓際で本を読んでいたスーが顔を上げた。
「うん。ちゃんと見えてるよ、マナ」
「ラーにも見える?」
「もちろん! マナ、今日もかわいいよ!」
「ありがとう!」
そうなのよ。この世界のあたし、めっちゃかわいいのよ。
大きな瞳に、整った顔立ち。前世のあたしからすれば、鏡を見るたびに感動してしまうほどの美少女である。
……自分で言うのも何だけど、本当なんだから仕方がない。
しかも、髪型はショートボブ。
この世界では、貴族の女性は長い髪が美しいとされているらしい。お母様もお祖母様も長髪だったし、屋敷で見かける貴族の女性たちも、みんな髪を長く伸ばしていた。
でもねぇ。
あたし、ショートボブが好きなのよ。
洗うのも乾かすのも楽だし、何より動きやすい。それに、今のあたしの顔には絶対にショートボブが似合うと思うの!
ちなみに、髪を切ってくれているのはラーである。
最初にお願いしたときは少し驚かれたけれど、あたしが希望する髪型を説明すると、すぐに理解してくれた。
しかも、これがなかなかの腕前なのだ。
「マナ、今日も髪がきれいにまとまってるね!」
「ラーの腕がいいからね!」
「えへへ!」
おかげで、いつでも理想のショートボブを維持できている。
……専属の美容師までいるなんて、あたしって意外と贅沢な生活をしているのでは?
まあ、その美容師さん、普段はスライムなんだけど。
そうだ! カチューシャなんかつけたら、もっとかわいくなるんじゃない? 思い立ったが吉日。さっそく手持ちのリボンを取り出し、カチューシャのように髪に通して、鏡を覗き込んでみた。
「…………」
何これ、やっば!
美少女過ぎ。
いやいやいや、ちょっと待って。
ただでさえかわいいのに、リボンをつけただけで可愛さがさらに増してしまった。
これは反則では?
「スー! ラー! 見て見て!」
「うん。すごく似合ってるよ、マナ」
「わあっ! かわいい! ラーもそのリボン、大好き!」
ふふふ。そうでしょう、そうでしょう。前世では、こんなふうに自分を着飾って楽しむ余裕なんて、あまりなかったものね。
今世では、思う存分おしゃれを楽しんでやるんだから!あたしは鏡の前でくるりと一回転した。うん。どこから見てもかわいい。
よし、決めた。
このリボンのカチューシャ、今日から毎日つけることにしよう!
「マナ、ほかの色のリボンも試してみる?」
ラーが興味津々で尋ねてきた。
「もちろん! でも、まずはこの色を基本にしようかな」
「じゃあ、ラーもおそろいにしたい!」
「いいね! 三人でおそろいにする?」
そう言うと、スーが少し困ったように笑った。
「僕も?」
「もちろん!」
「……じゃあ、僕は胸元につけることにするよ」
なるほど。スーは執事姿だから、リボンを胸元につければちょうどよさそうだ。
ラーは髪に、スーは胸元に、そしてあたしはカチューシャ。うん。三人でおそろいって、何だか家族みたいで嬉しいな。
……いや、もう家族なんだけど。
そうして鏡の前で楽しんでいたとき、ふと気づいたことがある。
「……あれ? このドレス、ちょっと短くなってない?」
鏡に映る自分の姿を、もう一度よく見てみる。
以前は足首近くまであった裾が、今では少し上がっている。袖も、何となく窮屈になってきたような気がする。
そういえば、五歳の誕生日以来、新しい服を一着も用意してもらっていない。まあ、そもそも誰も部屋に来ないのだから、服だけ届くわけもないんだけど。
「マナ、少し大きくなったもんね」
ラーがドレスの裾をつまみながら言った。
「そうなのよ。子供って成長するものなのよねぇ」
当たり前のことなのに、この屋敷の人たちは忘れているらしい。
あたしの衣装棚には、以前から着ていたドレスばかりが並んでいる。どれも可愛らしいけれど、動きやすいとは言い難い。
しかも、これからさらに背が伸びたら、着られなくなるものも増えてくるだろう。
「ラー、服のお直しってできる?」
「うん! 多分だいじょうぶ!」
「じゃあ、一緒にやってみよう!」
それから、あたしとラーの洋服お直し作戦が始まった。
裾をほどいて長さを調整したり、縫い目を直して少し余裕を持たせたり。ラーは覚えが早く、あたしが説明すると、すぐにきれいに縫い直してくれる。
……何という器用さ。
前世のあたしより、ずっと裁縫が上手なんじゃない? あたしのスライム、万能過ぎ。
でも、いくらお直しをしたところで、ドレスはドレスである。魔法の練習をするときも、庭を歩くときも、長い裾が邪魔になる。
それに、スカートだと動きにくい。
「ねえ、ラー。もっと楽な服を作ってみない?」
「楽な服?」
「そう! あたしが日本で着ていたような、Tシャツとズボン!」
「ティーシャツ?」
「うん。こういう形でね、頭と腕を通して着るの。ズボンは足を一本ずつ通すんだよ」
あたしは紙に簡単な絵を描いて説明した。
……うん。
家の間取り図ほど難しくはないはず。
たぶん。
「マナ、この絵、こことここってつながってるの?」
「……線を間違えただけっ!」
相変わらずの画力である。でも、ラーは何度か説明を聞くうちに、ちゃんと理解してくれた。
「なるほど! これなら動きやすそうだね!」
「そうでしょう!」
問題は材料である。
ドレスをほどいて作り直すこともできるけれど、屋敷の中を移動するときには、今までどおりの服を着ていた方がよさそうだ。
無視されているとはいえ、わざわざ目立つことをして波風を立てる必要はない。
「布って、どこかにないかなぁ?」
「屋敷の裁縫室に、布地をしまってある保管庫があったよ」
スーが教えてくれた。
「おおっ! そんな場所が!」
さすが公爵家。衣装を仕立てたり修繕したりするために、いろいろな布地や糸が保管されているらしい。
しかも、かなりの量があるという。
「じゃあ、少しだけ拝借してもいいかな?」
「使われていない布地もたくさんあったよ」
「よし! お願い!」
こうして、スーとラーに頼んで、布地や糸、裁縫道具を少しずつ集めてもらった。
もちろん、目立つほど大量には持ってこない。
……いや、そもそも誰もあたしのことを気にしていないんだから、気づかれないかもしれないけれど。
それでも、用心するに越したことはない。
材料が揃うと、さっそくラーと二人で服作りを始めた。型紙の書き方を教えると、ラーは器用に紙に書いてくれる。
Tシャツは、なるべくゆったりした形に。育ち盛りだもんね。ズボンも、動きやすさを優先する。Tシャツの形は、どうにか思い描いていたものに近づいてきた。問題はズボンである。
前世で当たり前のようにはいていたズボンも、いざ一から作ろうとすると、なかなか奥が深い。足を動かしやすくするための布の取り方や、腰回りのゆとり、裾の長さなど、考えることが意外に多かった。
「マナ、ここはどうする?」
ラーがズボンの前側を指さした。
「そこは……あれ?」
あたしは思わず手を止めた。
そういえば、ズボンの前って、どうやって開け閉めするんだっけ?
紐で結ぶ方法もあるし、ボタンを使ってもいい。でも、せっかく前世の服を再現するのだから、できればもっと便利なものが欲しい。
「ファスナーだ!」
「ふぁすなー?」
「そう! 引っ張るだけで開けたり閉めたりできる、すっごく便利なもの!」
あたしは紙に細長い二本の線を描き、その間に小さな歯を並べてみた。
……うん。説明用の絵としては、相変わらず微妙である。
でも、今度は何となく伝わったらしい。
「この小さなところが、くっついたり離れたりするの?」
「そうそう! 金属で作られたものもあるけれど、樹脂製のものもあったんだよ」
樹脂。
プラスチック。
そこまで考えたところで、あたしの頭に懐かしい言葉が浮かんだ。
「……PLA!」
「ぴーえるえー?」
「植物から作れるプラスチックの一種よ!」
そうなのだ。前世のあたしは、実は3Dプリンタが欲しかった。
自分で考えた形を立体にして、好きな小物や便利な道具を作れるなんて、夢のような機械ではないか。機種ごとの性能を比較したり、どんな材料が使えるのか調べたり、購入したら何を作ろうかと想像を膨らませたりしていた。
そのときに知った材料のひとつが、PLAという植物由来の樹脂だった。もっとも、結局3Dプリンタを購入することはできなかったけれど……
欲しくなかったわけではない。むしろ、欲しくて欲しくて仕方がなかった。
ただ、前世のあたしには、自由に使えるお金がほとんどなかったのだ。
欲しい機種を見つけても、価格を確認しては諦める。材料や道具の費用まで考えると、なおさら手が出ない。
何度も眺めた商品ページを閉じるたび、胸の奥に小さな未練が残ったものだった。
でも。
今は、どうだろう。
あたしには錬金術がある。
材料さえ用意できれば、物質を分離したり、性質を変えたり、形を整えたりすることができる。もしかして、3Dプリンタそのものがなくても、欲しかったものを作れるんじゃない?
「……すごい」
「マナ?」
「すごいよ、ラー! あたし、今なら3Dプリンタがなくても、いろんなものを作れるかもしれない!」
「すりーでぃーぷりんた?」
「前世でずっと欲しかった機械なの! でも、お金がなくて買えなかったんだよねぇ」
ラーは不思議そうに首を傾げたあと、にっこり笑った。
「じゃあ、今は作れるようになったってこと?」
「うん! まだ試してないけど、たぶん!」
言い切ってから、あたしは自分の勢いに少し笑ってしまった。
何しろ、プラスチックを一から作った経験なんてない。前世で知っていたのも、3Dプリンタの材料としての特徴が中心で、製造工程については詳しいわけではなかった。
それでも、基本的な仕組みなら何となく覚えている。
植物のデンプンを糖に変え、その糖から乳酸を作り、精製して、分子をつなぎ合わせていく。確か、そんな流れだったはずだ。
もちろん、実際にはもっと複雑な工程が必要なのだろうけれど、そこは錬金術の出番である。
「まずは材料だね。ジャガイモかサツマイモが欲しいな」
「それなら、厨房にあったよ!」
「おおっ! さすがラー!」
こうして、あたしのファスナー開発が始まった。
◇◇◇◇
まずは、ジャガイモからデンプンを取り出す。実は、これ自体はそれほど難しいことではなかった。
『魔法基礎書』に書かれている金属性の基本的な操作を応用すれば、材料の中から目的の成分を分離できるのだ。
ただし、デンプンを取り出すことと、それを糖に変えることは別問題である。あたしは小さな器に取り出したデンプンを眺めながら、しばらく考え込んだ。
「……よし。まずは糖化から!」
物質の構造を意識しながら、少しずつ魔力を流していく。最初は何の変化も起きなかった。次に試したときは、思っていたものとは違う状態になってしまった。
それでも、何度かやり直すうちに、ようやく目的の糖を得ることができた。
「できた!」
「やったね、マナ!」
「でも、ここからが本番なのよねぇ」
次は発酵である。糖から乳酸を得るための変化を、錬金術で再現していく。
これが思った以上に難しかった。
『魔法基礎書』には、物質の分離や変化についての基本は書かれている。けれど、乳酸の作り方も、プラスチックの製造方法も載っていない。
つまり、ここから先は自分で考えるしかないのだ。
あたしは前世の記憶を頼りに、魔力の流し方や働きかける対象を少しずつ変えながら、何度も試してみた。
発酵に相当する変化を起こし、得られたものから目的の成分を精製する。
そして最後は重合。
小さな分子をつなぎ合わせ、大きな分子へと変えていく。言葉にすると簡単そうだけれど、これがまた難しい。
つなぎ方が悪ければ、思ったような性質にならない。魔力を強く流せばいいというものでもなく、むしろ繊細な制御が必要だった。
それでも、試行錯誤を重ねた末に、ようやく小さな樹脂の塊ができあがった。
「……できた?」
あたしは恐る恐る、それを指先でつまんだ。
軽い。
硬さもある。
しかも、ちゃんと形を保っている。
「できたーっ!」
「マナ、すごい!」
思わずラーと手を取り合って喜んでしまった。
でも、まだ完成ではない。
前世で調べたとき、一般的なPLAは熱に弱いと知っていた。高温になる場所に置くと、変形してしまうことがあるらしい。
服に使うなら、丈夫であることはもちろん、熱にも強くしておきたい。
それに、ファスナーは何度も開け閉めするものだ。硬いだけでは駄目で、適度なしなやかさも必要になる。
「せっかくだから、耐熱性も高めたいな。それから、簡単には割れないようにして……」
「まだ変えるの?」
「もちろん! 作れるってわかったんだから、もっと使いやすくしたいじゃない!」
あたしは完成した樹脂を手に取り、もう一度、金属性の魔力を流し込んだ。
今度は分子のつながり方や素材の性質を意識しながら、熱への強さと、繰り返し力を加えても壊れにくい性質を組み込んでいく。
もちろん、思いどおりにできたかどうかは試してみなければわからない。
そこで、薄い板や小さな棒を作り、曲げたり、温めたり、何度も力を加えたりして確かめることにした。
結果は、なかなか上々。
……いや、ちょっと待って。
あたし、今、ものすごいことをしていない?
金属性って、世間ではあまり評価されていないらしいけれど、これだけいろいろなものを作れるなら、むしろ大当たりの属性なんじゃない?
まあ、いいか。
今は世界の常識について考えるより、ファスナーを完成させる方が先である。
◇◇◇◇
樹脂ができたら、今度はファスナーの部品作りだ。
細かい歯を一つずつ作り、布に取りつけ、スライダーを動かして噛み合わせる。
最初の試作品は、途中で歯が外れた。
二つ目は、動きが硬すぎた。
三つ目は、何とか閉まったものの、開こうとした途端に引っかかった。
くっ……
「……ファスナーって、こんなに難しいものだったんだ」
「でも、最初よりずっとよくなってるよ!」
「そうだね。もう少し!」
ラーが部品を布に固定する方法を工夫してくれたおかげで、少しずつ完成に近づいていく。
そして、何度目かの試作で。
シャッ。
「……あれ?」
シャッ、シャッ。
あたしはスライダーを上下に動かした。
引っかからない。
歯も外れない。
ちゃんと開いて、ちゃんと閉じる。
「ラー! できた! ファスナー、できたよ!」
「やったー!」
あたしたちは、またしても大喜びした。
たった一本のファスナー。
でも、あたしにとっては、それ以上の意味があった。
前世では、欲しいものがあっても、お金がなくて諦めることが多かった。
それが今は、材料を探し、方法を考え、自分の手で形にすることができる。
何だか、胸の奥に小さな灯がともったような気がした。
ああ、そうか。
あたしは、こういうことがしたかったんだ。
「よーし! これをズボンにつけよう!」
「うん!」
「それから、次はパーカーも作りたい!」
「ぱーかー?」
「フードのついた上着だよ! 前をファスナーで開け閉めできるようにするの!」
あれ?今はフーディって言うんだっけ?……ここは日本じゃないし、パーカーの方がしっくりくるからそのままでいいや。
「それ、便利そう!」
「でしょう!」
こうなったら、思い立ったが吉日である。
ズボンが完成したら、今度はパーカー。
せっかくだから、色違いも作ってみたい。
もちろん、リボンのカチューシャとの組み合わせも考えなくちゃ!
……あれ?
あたし、最初はドレスが小さくなったから、代わりの服を作ろうとしていただけだったよね?
それがどうして、プラスチックの製造にまで発展したのだろう。
まあ、楽しいからいいか!
人生、楽しんだ者勝ちなんだから。
◇◇◇◇
前世で着ていたものを思い出しながら、ああでもない、こうでもないと相談して、ようやく一着目のズボンが完成した。
せっかく作ったファスナーも、ちゃんと前側についている。
試しに何度か開け閉めしてみたけれど、動きは滑らか。縫い目が引っ張られても外れる様子はない。
うん。大成功!
Tシャツも完成したところで、さっそく着替えて鏡の前に立ってみる。
「……おおっ!」
何なの!? ドレス姿とは、まったく違う可愛さじゃない!
しかも、動きやすい!
腕を上げても、しゃがんでも、裾を踏む心配がない。その場で軽く跳ねてみた。
「最高!」
「マナ、すごく動きやすそう!」
「そうなの! ラーも作ってみる?」
「うん! ラーも着てみたい!」
こうなると、もう止まらない。
続いて取りかかったのは、前開きのパーカーである。
まずはフードの形を考える。頭にかぶったときに窮屈にならず、脱いだときには背中に自然に収まるようにしたい。
前世では何気なく着ていたけれど、改めて考えると、服って本当によくできている。
あたしが形を説明し、ラーが布を裁断して縫い合わせる。途中で何度か仮縫いをして、袖の長さや肩回りを調整した。
そして、最後にファスナーを取りつける。
「できた!」
完成したパーカーを羽織り、前のファスナーを閉めてみた。
シャッ。
「おおおっ!」
今度はフードをかぶってみる。
鏡の中には、ショートボブにリボンのカチューシャをつけ、Tシャツとズボンの上からパーカーを羽織った、とびきりかわいい女の子が立っていた。
……いや、あたしなんだけどね。
「ラー! これ、最高じゃない!?」
「うん! すっごくかわいい!」
「スーはどう思う?」
それまで本を読みながら、ときどき作業を手伝ってくれていたスーが、こちらを向いた。
「よく似合ってるよ、マナ。それに、動きやすそうだね」
「でしょう! これなら魔法の練習にもぴったり!」
フードを下ろして、もう一度鏡を見る。
うん。リボンもちゃんと見える。
せっかくのお気に入りなんだから、隠れてしまったらもったいないものね。
結局、あたしたちは夢中になって何着も作ってしまった。色違いのTシャツに、丈の違うズボン。パーカーも何色か用意して、余った布で小さな袋まで作ってみた。
もちろん、カチューシャ用のリボンも忘れない。こうなったら、服に合わせてリボンの色を変えるのも楽しそうだ。
……ああ、楽しい。
前世では洋服を買うにもお金のことを考えなければならなかったし、古くなっても手直しして着ていたから、悲しくなることもあった。
でも、今は違う。
古くなった服を直すことも、新しい服を作ることも、あたしたちにとっては楽しい時間なのだ。そう考えると、服を買ってもらえないことだって、悪いことばかりではないのかもしれない。
もちろん、普通なら困ることだし、子供の服くらい用意してほしいとは思う。
でも、今のあたしにはラーがいる。スーもいる。そして、自分で工夫するための時間も、魔法もある。
だったら、できないことを嘆くより、できることを楽しんだ方がいいじゃない。
それにしても、この世界の町の人たちは、どんな服を着ているのだろう?あたしが知っているのは、屋敷の使用人たちの服装くらいだ。たぶん、町の人たちでも、こんなにラフな格好はしていないんじゃないかな。
……まあ、実際に見たことがないからわからないけど。
でも、誰もあたしに注目していないし、部屋の中で着る分には問題ない……よね? 屋敷の中を移動するときだけ、今までどおりドレスを着ておけばいいんだし。
波風は立てない。余計な注目も集めない。
その代わり、自分の部屋では好きな服を着て、好きなことをする。
「うん! これで決まり!」
こうして、あたしの衣装棚には、ドレスのほかにTシャツとズボン、そしてパーカーが並ぶことになった。
……公爵令嬢の衣装棚としては、かなり珍しいことになっている気がするけどね。
それにしても、こうして三人でおしゃれや服作りの相談をしていると、家族に無視されていることなんて、すっかり忘れてしまう。
もちろん、あたしだって、まったく気にならないわけではない。
前世のあたしだったら、きっと今よりずっと傷ついていただろう。
どうして誰も来てくれないのか。どうして自分だけが、こんな扱いをされるのか。
そんなことばかり考えて、誰かに必要とされようと必死になっていたかもしれない。
でも、今は違う。
誰も来ないということは、誰にも邪魔されないということでもある。
好きな本を読んでもいい。魔法の練習をしてもいい。ラーと一緒に服を作って、スーとくだらない話をして笑ってもいい。
あたしを見ようとしない人たちのために、あたしまで自分の楽しみを見失う必要なんてない。
考え方ひとつで、同じ出来事も違って見える。
もちろん、嫌なことが嬉しいことに変わるわけではないけれど、そこに別の可能性を見つけることはできるのだ。
それに、よく考えたら。
公爵令嬢なのに、門限もお稽古もなし!
これって、ものすごく自由なのでは!?
ふふふ。そう考えたら、何だか得した気分になってきた。
何しろ、あたしにはやりたいことが山ほどあるのだ。




