助け合い
「――ふわあああ……ほんと、律儀ね。
わざわざ、見送りに来てくれるだなんて」
次の日、まだ朝靄が立ち込める中、グレイストは町の入り口に立っていた。
あの後、事の経緯をピアに説明すると、グレイストは急いで家に戻った。
事は一刻を争う……休んでいる暇は無い。
グレイストは袋に荷物を詰め込めるだけ詰め込むと、そのまま家を出た。
そして、見送りに来たピアと合流する。
「やはり、行くのか? 呪いを解く為に……」
マックス達が受けた呪いは進行は遅いが、確実に命を蝕む強力な呪いだった。
対象を少しずつ弱らせ、最期は激痛で殺す。
効力を弱める事はできるが、それでも持って半年。
対象は死の恐怖を味わいながら、死ぬ事になる。
エンジュの意地悪さがよく出ている最悪の呪いだ。
「勿論よ。ライフライブの一員として、マックス達の呪いは私が解くわ」
そんな呪いを解けるのが聖王だった。聖王は世界最強の光聖魔法の使い手。
普段は聖王庁と呼ばれる聖地に居て、そこで力を揮っている。
その力は絶大で、一目見ただけで並みの呪いを解呪できる程だ。
そんな聖王であれば、エンジュの呪いも解く事ができるだろう。
「だから……リーナの事は頼んだわよ」
「……分かった。任せておけ」
当然、リーナは留守番だ。聖王庁はターヴから離れた場所にある。
そこに行くには馬車を使っても一週間。歩きでは一か月以上かかる。
帰りも合わせれば、さらに倍だ。
とてもじゃないが、リーナを連れていく訳にはいかない。
道中、山賊などに襲われる可能性も考えると、子供にはきつい旅になる。
グレイストは断腸の思いでピアにリーナを任せた。
「ありがとう……それじゃあ、行ってくるわね。
あまり、思い詰めないでよ?」
「安心しろ。リーナ嬢を預かる手前、下手な真似はしない。
そっちこそ、気を付けて行ってこい」
「ええ、気を付けるわ」
こうして、グレイストは旅立った。
心の中で何度もリーナに謝りながら、ただひたすら歩く。
この選択が一番、リーナやマックス達の為になると信じて。
「ふう……やっぱり、舗装されてない道は疲れるわね」
それから十分後、グレイストは街道から離れた場所を歩いていた。
それも人目に付き難い森や林の中を。
ただ聖王庁を目指すだけなら、こんな道を通る必要は無い。
グレイストが今通っている道は近道でもなんでもなかった。
「……仕方ない。一旦、休みましょ。
私が倒れたら、元も子もないわ」
なら、何故通っているのかと言うと……その理由は入管法にあった。
聖王庁は今、グレイストが居るフォルテの隣国。ヴェスパー王国の中にある。
その為、まずはヴェスパー王国に入国する必要があるのだが。
「はあ……これもそれも全部、ストーソのせいよ」
ストーソによって、入管法が前よりも厳しくなってしまった。
改正理由は治安維持の為……反対意見も多かったが、無理矢理改正する。
結果、フォルテから出るのに倍以上の時間がかかるようになった。
特に罪印持ちは何か月も審査が必要になり、ろくに出国できなくなっている。
今から審査していたら、とてもマックス達を救う事はできない。
「だから、バレないように国境を出るんだよね?」
「そうよ。こそ泥のように隠れているのもその為。
私は法律を破ってでも、マックス達を救うわ」
勿論、見つかれば、ただでは済まない……それでもグレイストはやる。
こういう理由もある為、リーナを旅に連れていく訳にはいかなかった。
「で、何で居るのリーナ?」
なのに、リーナはグレイストの隣に居た。
頬を大きく膨らませ、切り株に座っている。
「お義母さんを追いかけてきたの! リーナ、留守番なんてしないからね!!」
リーナはそう言うと、足をバタバタと動かし始めた。
リーナはグレイストに似て、我の強い性格だ。
一度こうと決めたら、そう簡単には変えない。
グレイストがどう言っても、家に帰る事は無いだろう。
「はあ……全く、仕方ないわね。家に置き手紙は残した?」
「ううん! ピアさんに直接言った!!」
「ちょ、直接……押しに負けたのね。可哀想に」
なら、答えは一つだ。
グレイストは大きく息を吐くと、リーナの頭を撫でる。
「分かったわ。好きなだけ付いてきなさい。
ただし、我儘は無しよ! あれ食べたい、これ食べたいとか言っちゃ駄目!!」
「うん、分かった!」
こうして、旅の仲間にリーナが加わった。
本心は連れていきたくないが。
だからと言って、勝手に付いて来られても困る。
リーナの安全を考えるなら、これしか無かった。
「そうと決まったら行くわよ! 目指すはヴェスパー王国の国境!!
そこまでは休憩無し! 全速力で付いてきなさい!!」
「うん!!」
グレイストはリーナを連れ、森の中を走り始める。
歩を緩めるつもりはない……一気に国境まで駆け抜ける。
「よし……リーナ、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
そうして走り始めて一時間、二人は無事に国境まで辿り着く。
遠回りをしたが、思ったよりも早く辿り着いた。
二人はそのまま近くにあった茂みに潜み、周囲の様子を窺う。
「わああ、おっきい川! それにおっきい橋!!
お義母さん、あれが国境なの?」
「そうよ。ほんと、おっきいわよね」
フォルテとヴェスパーの国境線は川に沿って引かれている。
ヴェスパー山脈から流れるオーロラ川が国を分けていた。
そして、そんなオーロラ川に架かっている橋が両国の関所だ。
橋の入り口にそれぞれの関所が立っている。
「関所も大きいね。お義母さん、どうやって忍び込むの?
リーナ、泳げないよ」
オーロラ川は流れが早い。尚且つ川幅の広い川だ。
過去何度も泳いで渡ろうとする者が現れたが、全て失敗してきた。
リーナは勿論、グレイストが泳いで渡る事は不可能と言っていい。
また、仮に泳げたとしても橋には見張り台があった。
川を渡ろうとする愚か者は真っ先に見つかり、撃たれる事になる。
「ううん、そうね……一応、お母さんだけだったら渡れる予定だったのよ」
「えっ、どうやって? あんなに凄い流れなのに」
「ふふふ、それはね……歩いて渡るのよ」
「歩いて?」
だが、そんなオーロラ川にも一つ穴があった。それは水深の深さ。
場所にも寄るが、人の背丈以上の深さがある。
一度沈めば、二度と浮き上がる事はできない。
普通なら、それは何の穴にもならないが。
「川底を歩く時にはとっても都合が良いのよ。それ」
グレイストは火炎魔法の使い手だ。
やろうと思えば、オーロラ川を一瞬で蒸発させる事ができる。
その力を応用してやるのが川底渡りだ。
やる事は簡単……自分の身体を炎で包み込み、川に入るだけ。
すると、通常なら水に押し流される所を炎が全て蒸発させる。
流されずに進む事が可能になるのだ。
あとはそのまま川底を歩き、対岸まで行けばいい。
「か、川底渡り! それ、とっても楽しそう!!
リーナもやりたい!」
「それなんだけど……リーナ、この川を見て。
すっごい綺麗でしょ?」
「うん、すっごい綺麗!」
「でしょ? でも、こんなに綺麗だと、煌々と燃える炎は上から丸見え。
つまり、見張りにも見えちゃうの。
私だけならともかく、リーナも渡るとなると誤魔化せないわ」
「えー、ダメなの」
問題は他にもある。
グレイストがいくら天才と言っても、オーロラ川の水量は圧倒的だ。
自分に向かってくる分だけを蒸発させると言っても、負担は大きい。
対岸に着く頃にはクタクタになるだろう。
そして、そこにリーナも加わるとなると……渡り切るのは絶望的だ。
「じゃあ、どうするの?」
「それを今、考えてるの……何か良い方法はないかしら?」
グレイストは目を瞑り、ゆっくり考え始める。
川は流れが早く、泳ぐ事はできない。見張り台はそれぞれの関所に一つずつ。
常に一人見張りが居り、交代は朝昼晩の三回。
橋の入り口に関所がある為、関所を通らず、橋を通る事は不可能。
難問だ……当たり前と言えば当たり前だが、穴が無い。
一見すると、川底を歩く以外、国境を超える手段は無いように思える。
「……私ったら馬鹿ね。既に答えが出てるじゃない。
底を歩くっていう答えが」
だが、グレイストは答えを見つけた。ニヤリと笑うと、すぐに実行に移す。
「――おーい、交代だ! 早く降りてこい!!」
それから数分後、フォルテ側の見張り台。
そこでは丁度、見張りが交代していた。
梯子を登って、一人の男がやってくる。
「おっ、もうそんな時間か。今日の昼飯はなんだ?」
「ふっふっふ、喜べ……芋のスープ。芋の天ぷら。芋入りパンだ」
「げっ、また芋かよ。これで一週間連続、芋だな」
フォルテ側の関所では最近、芋が安く手に入るからか芋尽くしだった。
朝昼晩、芋芋芋……食事だけが楽しみの見張りにとって、それは由々しき問題。
朝番の男は露骨に嫌そうな顔をする。
「そんな顔するなよ。今日耐えれば、明日は肉祭りだぜ?
鶏肉豚肉なんでもござれだ」
「はあ……まあな。
じゃあ、後は任せた。その肉祭りの為にも、見逃すなよ」
「ああ、分かってる」
それでも明日の肉祭りをしっかり楽しむ為、男は手を抜かなかった。
談笑している間も警戒を怠らない。
「……とは言っても、誰も通らんだろうがね」
しかし、相手が悪かった。
常識を超越するグレイストには通常の警戒では意味が無い。
この間も国境を抜けている。
「ふう……上手くいったわね」
「うん! 流石、お義母さん!!」
二人は橋から遠く離れた地面から顔を出す。
グレイストの答え……それはトンネルだった。
地面や岩を溶かし、掘り、対岸まで繋がる。
川底から駄目なら地面の下……これがグレイストの答え。
これなら川底を歩くより見つからず、負担も少なく済む。
「だけど……ごほごほ。埃を吸い込み易いのは欠点ね。
リーナ、貴方は大丈夫?」
「うん! リーナは大丈夫だよ!!」
それでもこれ以上の答えは無いだろう。
二人は見事、国境を超える。
「さて、ここから先はヴェスパー王国よ。
関所みたいに詳しく調べられる事は無いけど。
バレたらただじゃ済まないから、騒いだりしちゃ駄目。
いいわね?」
「うん、分かった!」
だが、二人の旅はまだ始まったばかりだ。
これから一か月、二人は異国の地を歩き、聖王庁を目指す必要がある。
国境超えはあくまで最初の試練でしかない。
「うっ、うわあああ!?」
現に新たな試練が二人の前に立ちはだかる。二人の耳に男の悲鳴が届いた。
「こ、この声は!?」
「くっ……行くわよ、リーナ!」
二人は急いで悲鳴の元に向かう。
山賊か魔物か……なんにせよ、放っておく訳にはいかない。
「モゼさん、下がって下さい! ここは俺が!!」
「む、無茶だ! いくら君でも、この数では!?」
悲鳴の元、そこには二人の男が居た。一人は少年、もう一人は老人。
二人は百を超える狼の群れに襲われていた。
グレイストとリーナはその様子を少し離れた所から見つめる。
「こ、このままだと、あの人達は……でも」
リーナは拳を握り締める……助けに行きたい。
だが、今の自分達は犯罪者だ。下手に動けば、捕まってしまう。
リーナはどうすればいいか、分からなかった。
「……リーナ、迷う事は無いわ。
確かにここで助けに向かえば、私達は目立つし、顔も割れる。
だけど」
そんなリーナにグレイストは答えを示す。グレイストは鞭を出現させた。
「困っている人が居たら助ける! それはどんな時も変わらない答えよ!!」
そして、そのまま狼の群れに突撃する。
助け合いの精神……それはどんな時でも優先される。
「うん、分かった!」
それにリーナも続く。こうして、二人の新たな試練が始まった。
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