人に歴史あり
「――おらおらおら! どんどん、かかってこぉい!!」
狼の群れに襲われる少年と老人。
だが、二人もただやられているばかりではなかった。
武器を手にし、攻撃を仕掛ける。
特に少年は腕を振り回しながら、果敢に向かっていった。
少年の武器は拳。一匹一匹殴り飛ばしながら、倒していく。
「だ、駄目だ! どんどん向かってくる!?」
「ですね。これは参ったな……」
しかし、いくら倒しても狼達は減らなかった。
倒される度に次の個体が前に出る。
よほど腹を空かせているのだろう……全く、退く気配が無い。
「……オウカ君、ここは」
「大丈夫ですよ! 前にも言ったでしょ、俺は雷神だって!
雷神の戦いはこれからが本番です!!」
それでもオウカと呼ばれた少年は諦めていなかった。
オウカは全身に力を込める。
「はあああああ……ふん!!」
すると、オウカの拳にビリビリと電気が纏わり始めた。
その電気は淡い光を放ちながら、雷を思わせる轟音を響かせる。
雷撃魔法だ。雷神を自称するオウカは雷撃魔法の使い手だった。
「うらうらうら! 第二ラウンドの始まりだ!!」
そんな雷神は拳に電気を纏わせたまま、再び狼達を殴り始める。
拳に宿った電気は雷と同等の物。
触れれば、雷に打たれたような凄まじい一撃が全身を駆け巡る。
並みの狼が耐えられる攻撃ではない。
「くぅうううん……」
「へへ、楽勝楽勝!」
結果、狼達は見る見るうちにその数を減らしていった。
一際大きく強そうな狼も、たった一撃でやられていく。
自らの拳を武器にするだけあって、オウカの実力は本物。
そこに雷も加わった……オウカが負ける要素は全く無い。
オウカは調子に乗って、どんどん前に出る。
「くっ、来るな!!」
「も、モゼさん!?」
だが、どんなに強くてもオウカは一人。
一度に相手にできる数には限界がある。
狼達はオウカの横を抜け、モゼと呼ばれている老人の元に向かった。
「し、しま!」
そして、そのまま一斉にモゼに襲いかかる。
前に出過ぎたせいでオウカはその攻撃を止める事はできない……万事休すか。
「させないわ!」
そこにグレイストとリーナが割って入った。
グレイストは炎の壁を出現させ、モゼを守る。
遅れたが、なんとかギリギリで間に合った。
「やれやれ、肝が冷えたわ……リーナ、いけるわね!」
「うん!」
さあ、ここからが本番だ。二人はそのまま狼の群れと戦い始める。
鞭を振るい、槍で突き、次々に倒していく。
「やあ! せい!」
「……良い腕ね。流石、私の娘だわ」
そんなリーナの武器は槍。身の丈ほどある大きな槍を獲物にしていた。
子供ではとても扱えそうにない武器だが、自分の手足のように動かす。
狼達はその槍捌きに手も足も出なかった。
「モゼさん、あの人達は……」
「……恐らく、味方だ。彼女達と協力して、ここを突破するぞ!」
「は、はい!」
それにモゼとオウカも続く。話を聞くのは戦いが終わった後だ。
「ふう……手間取ったけど、なんとか片付いたわね」
数分後、狼の群れは無事壊滅した。焼かれ、殴られ、全て倒される。
エンジュを倒したグレイストがただの狼の群れに負ける訳が無い。
グレイストは狼の死体を焼きながら、一息吐く。
「あ、ありがとうございました……貴方達が来なかったら私は」
そんなグレイストにモゼは頭を下げながら近付いた。
街道から離れた所で突然現れた二人組……正直、怪しさしかないが。
グレイストの戦いぶりを見て、モゼは善人だと確信する。
モゼは心からグレイストとリーナに感謝した。
「……私は人として、当然の事をしただけです。気にする必要はありませんよ」
それに対し、グレイストは満面の笑みで応える。
お礼を言われるのはいつぶりか。
嫌な事が続いていたグレイストだったが、その言葉で少し救われる。
「では、私はこの辺で……リーナ、行くわよ」
「う、うん」
だが、これ以上のお礼を貰う訳にはいかない。
人を助けたと言っても、今の自分は密入国者。決して、良い人間では無い。
密入国者だとバレれば、一緒に居たモゼとオウカもただでは済まないだろう。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
グレイストはリーナの手を引き、足早に去り始める。
「い、いえいえ! 何かお礼をさせて下さい!!
貴方達が来なかったら、私は死んでました!
夕食……そうだ、夕食を作ります! こう見えて、料理の腕は確かなんです!」
「俺からもお礼をさせて下さい!
俺だけだったら、モゼさん死んでたので!!」
しかし、そんな事を知らないモゼとオウカは全力でグレイストを引き留めた。
モゼとオウカにとって、二人は命の恩人。
このまま何もせず、帰す訳にはいかない。
モゼとオウカは真剣な表情でグレイストを見つめる。
「お義母さん、どうするの? 急いで逃げる?」
「ううん……」
この様子だと、何を言っても聞いてはくれないだろう。
急いで逃げれば、追っては来ないだろうが。
そんな事をすれば、かなり感じが悪い……できればしたくない行動だ。
となれば、取れる行動は一つ。
「……分かりました。お言葉も甘えさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます! 腕によりをかけて、作らせて頂きますね!!」
「俺も手伝います! 下処理は任せて下さい!!」
こうして、グレイストはお礼を受ける事になった。
諸々の事を考えると悪手だが、仕方ない。
これも何かの縁だと思い、夕食を楽しむ事にする。
「――美味しい! どれも美味しいよ!」
「だろ? モゼさんの作る料理は最高なんだ!」
それから数時間後、グレイストとリーナは夕食を楽しんでいた。
モゼが作った料理は仔羊のステーキ。豆のスープ。自家製パン。
それを星空の下、切り株のテーブルで食べる。
普通なら、周囲の景色や音が気になる所だが。
「……本当に美味しいわね。私、他人の料理を美味しいと思ったの初めてだわ。
モゼさん、料理人なんですか?」
「ええ、まあ……昔はそうでしたね。今はしがない商人ですが」
モゼの作った料理が絶品過ぎて、全く気にならなかった。
肉は唇で噛み切れるほど柔らかく、肉の旨味と特製ソースが口一杯に広がる。
スープは豆の甘さが伝わるものの、しつこくなく飲み易い。
そして、パンは肉とスープによく合い、全体のバランスを上手く取っていた。
グレイストはこれほど美味しい料理は今まで食べた事が無い。
「モゼさん、おかわりある? リーナ、もっと食べたい!」
そんな料理だからか、リーナは一瞬で平らげた。
特に仔羊のステーキはあっと言う間に完食する。
リーナはステーキ皿を見せ、おかわりを要求した。
「こら、我儘言わないの。モゼさん、すみません……」
「いえいえ、いいんですよ。ですが、困りましたね。
ステーキ用の肉はさっきので最後だったんですが。
あっ、そうだ」
モゼはそうして差し出された皿にある物を載せた。
「これ、なあに?」
「魚の干物です。ステーキほど美味しくないと思いますが、どうぞ」
リーナは皿に載せられた干物を見つめる。
茶色くてパサパサの乾燥した何か……一見すると、美味しくなさそうだが。
「じゃあ、いただきまあす。モグモグ……」
「……どうですか?」
「お、美味しい……これも美味しいよ!」
一口食べた瞬間、リーナは笑顔を見せた。
干物はリーナ好みの濃厚な味だったのだ。
リーナはあっと言う間に干物も平らげる。
「ふむふむ、お口に合ったようでなによりです」
その姿を見て、モゼは嬉しそうに何度も頷く。
リーナの食べっぷりは気持ち良かった。
美味しそうに物を食べる姿にモゼの心は温かくなる。
「本当にありがとうございます……リーナ、お礼は?」
「モゼさん、ありがとう!」
「ふふ。いえいえ、こちらこそ」
こうして、夕食会は和気藹々とした雰囲気で進んでいった。
さっき会ったばかりの四人だが、すっかり仲良しになる。
これもそれも全て、モゼの料理が美味しい御蔭だろう。
「成程、里帰りの為にヴェスパーへ」
「ええ、もう何年も帰っていないので久しぶりに帰ろうかと」
そうして仲良くなった四人は話に花を咲かせるようになった。
グレイストは自分が傭兵である事。聖王庁に行く事を二人に話す。
そして、モゼの悲鳴を聞いて、助けに来た事も伝えた。
「それでその後は聖王庁に行くんだ!」
「へえ、それは大冒険だな」
勿論、全て言うつもりはない。嘘を混ぜながら、それらしい話を作る。
いくら仲良くなったと言っても、全て話すにはまだまだ時間が必要だ。
二人を巻き込まない為にもグレイストは慎重に言葉を選ぶ。
「……里帰りか。俺には一生、縁の無い言葉だな」
「えっ、どうして?」
「それはええっと……はい」
だが、話は思わぬ方向に転がる事になる。
オウカは握り拳を解き、グレイストとリーナに見せた。
「赤い……数字」
「貴方、罪印持ちだったの?」
そこには四百九十二という赤い数字が刻まれていた……間違いない、罪印だ。
オウカはグレイストと同じ罪印持ちだったのだ。
突然の事にグレイストとリーナは目を丸くする。
「ええ、罪印持ちです。結構、意外でしょ?」
オウカはそう言うと、続けて言う。
オウカはバンコにあるジカという村の出身だった。
ジカは貧しく、産業も何も無い小さな村。
食っていく為には、毎日働く必要がある。
「でも、俺は働かなかった……働くのを許されなかった」
罪印持ちは村に不幸を齎す……オウカは村長からそう言われた。
オウカ自身はやる気があったのも、働くのを禁じられる。
「で、十五になった時に村を追い出されました。
働かない奴は村から出ていけ……という感じで」
モゼと会ったのはその後の事だ。
バンコとヴェスパーの国境を超え、兵士に追われていた所を助けられる。
オウカにとって、モゼは命の恩人だ。
「懐かしいですね……あれからもう一年ですか」
「いえ、二年です。俺、十七になったんで」
「そうか、二年……時が流れるのは早いですね」
オウカはその恩を返す為、モゼと一緒に行動している。
二人で各地を回っていた。
「人に歴史あり……ね。毎日、辛かったでしょ?」
「うん……大変だったね」
二人はそんなオウカの話を聞き、なんとも言えない気持ちになる。
オウカは淡々と話したが、その内容は軽く流していい物ではない。
子供の頃に受けた傷は心に残り続ける……平気そうにしても辛い筈だ。
「いいえ、全然! 遊んだり昼寝してましたから!
ああでも、一応辛い事はあったかな?
雷撃魔法を使うと、時々自分が痺れるっていう!
今回は運良く、痺れませんでしたけど!」
だが、オウカはそれを表に出さない。
ケラケラと心の底から楽しそうに笑う。
その笑みは強がりか、本心か……確かなのは笑い話ではないという事だ。
「……実は私も罪印持ちなの。こう見えて」
そんなオウカに続き、グレイストも自分が罪印持ちである事を明かす。
グレイストは右掌をオウカとモゼに見せた。
オウカが話したのだ。自分が言わないのは不公平だろう。
「……驚いた。まさか、グレイストさんも罪印持ちだなんて」
「でしょ? こう見えて、犯罪者なのよ私」
罪印は前世で罪を犯した者に刻まれるという烙印だ。
その為、罪印持ちは昔から差別され、虐げられてきた。
オウカが言われた『村に不幸を齎す』というのも罪印持ちにはよくある話だ。
何の証拠も無いのに好き勝手言われる。
罪印持ちは体のいいサンドバッグだった。
「……グレイストさんも苦労されてきたんですね」
「いいえ、私なんて全然ですよ。
そう言うモゼさんの方が苦労されてきたんじゃないですか?
モゼさん、ダリラ出身ですよね?」
「……ええ、そうです」
そして、話はモゼに続く。夜はまだ始まったばかりだ。
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