旅立ち
「れ、レインボーアーチ!?」
予期せぬ相手の登場にグレイストは慌てて鞭を構える。
レインボーアーチ……それは国際指名手配されている組織の名前だった。
世界から差別と偏見を無くすという名目で富裕層や王侯貴族の誘拐。
破壊活動を行い、世界中で暗躍している。
「はい、私はレインボーアーチを束ねる者。
呪言のエンジュは部下の一人です」
「コイツが……レインボーアーチの首領」
グレイストはそんなレインボーアーチの首領を睨みつけた。
出現した時からただならぬ気配を纏っていたが、その答え合わせが済む。
目の前に居る存在は決して、生かしておいてはいけない存在だ。
物腰の柔らかさに騙されてはいけない。
「……グレイストさん、私は貴方と戦う気はありません。
今日はお互い引きましょう」
「へえ、私の事を知ってるのね?
レインボーアーチの首領に名を知られてるなんて光栄だわ」
「ええ、よく知っています……貴方が本気を出せない事も」
「なっ!? 何故、その事を!?」
死杯の騎士の言葉に、グレイストは思わず鞭を落とす。
グレイストは先のエンジュとの戦いで本気を出していなかった。
その理由は本気を出す必要が無かったのもあるが、一番の理由は身体。
グレイストは圧倒的な力を持つが、その力に身体が付いていけなかった。
本気を出すと、身体が崩壊してしまう。
現にエンジュとの戦いで一割も力を使っていない。
「何故……ですか。そうですね、強いて言えばファンだからでしょうか」
だが、その事はマックス達にも秘密にしている事だった。
レインボーアーチの……それも首領が知っている訳が無い。
それなのに何故?
「ファン……ですって! ふざけるのも好い加減にして!!」
「……ふざけてなんて居ません。さて、そろそろ私は帰る事にします」
「逃げる気!? 貴方を逃がす訳には!」
「仲間の事が心配ではないのですか? 仲間と私……どっちが大事でしょう?」
「くっ……」
しかし、その理由を聞く事はできなかった。
グレイストは死杯の騎士に背を向け、階段に向かって走り出す。
逃がすのは癪だが、これ以上、マックス達を危険に晒す訳にはいかない。
グレイストは頭を切り替え、外に向かう。
「……安心しました。貴方はやっぱり、昔のままですね。
さあ帰りますよ、エンジュ」
そんなグレイストを見送ると、死杯の騎士はエンジュと共に姿を消した。
部屋には賊とマックス達しか残っていない。
二人が部屋に居た痕跡は完全に消える。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「――マックスさん達、大丈夫かな」
「大丈夫よ……きっと」
それから数時間後、グレイストはリーナと共に病院に来ていた。
待合室の席に座り、静かに待っている。
あれからグレイストは外で待機させていた警官隊と合流。
警官隊に賊を任せ、急いで病院にマックス達を搬送した。
そして、その途中でピアに事情を話し、リーナも回収して今に至る。
処置が始まってから既に二時間……処置が終わる時を今か今かと待つ。
「グレイスト! マックス達は大丈夫か!?」
そうして待っているグレイスト達の元にピアも合流した。
ピアは汗を流し、息も切らせながらグレイストに聞く。
「……分からないわ。外傷は無いけど、受けた呪いがかなり強いみたい。
今、神官達が一生懸命、呪いを解いている所よ」
「そ、そうか……」
ピアは一息吐くと、同じように待合室の席に座る。
今の今までピアは警察署で事情聴取を受けていた。
グレイストに代わり、事の経緯を警察やカッペラ商会に説明する。
本当はグレイストが受けるべきだが、ピアが気を利かせてくれた。
「……それでどうだったの? ドルチェの事は」
そうして数時間の事情聴取を経て、ピアは解放される。
今回の依頼はドルチェの救出。
ドルチェがどうなったのか、グレイストは知りたかった。
「そ、それが……か、帰ってきたんだそうだ、自力で」
「自力で!? それ、どういう事!?」
だが、帰ってきた答えは意外な物だった。
グレイストは声を荒げ、席から立ち上がる。
誘拐された人間がどうやって自力で帰るというのか。
言っている意味が分からない。
「わ、私にも分からん……その場に居たドルチェ嬢がそう言った。
賊に攫われたが、隙を見て逃げ出したと」
「……そんなのあり得ないわ。相手はカッペラ商会会長の孫娘よ?
せっかくの金蔓を逃がす訳ないじゃない」
「私もそう思う。私も同じ事をドルチェ嬢に言った。
だが……」
「逃げ出したの一点張り……でしょう?」
「……そうだ」
二人は深く息を吐く。ドルチェは思った以上に頭の悪い女らしい。
ドルチェは本当にそんな理屈が通ると思っているのか?
だとしたら、本当の馬鹿だ。
蝶よ花よと育てられ、考える頭が育たなかったらしい。
「……私達が倒した賊やレインボーアーチの件はどうなったの?」
「その件はレインボーアーチは指示役。君達が倒した賊は陽動役……との事だ。
賊は指示役であるレインボーアーチにドルチェ嬢を無事に届ける為の陽動だと」
「ふうん、陽動……ねえ。で、その陽動役の賊はなんて言ってるの?」
「そんな話は知らないと言っている。
レインボーアーチと取り引きはしたそうだが……」
「……成程、ね」
これで真実はハッキリした……自分達は嵌められたのだ。依頼人に。
グレイストは怒りの余り、拳を握り締める。
「リーナ、お母さんはピアと大切な話をしないといけないの。
ここでお留守番できる?」
それでも拳を振り解くと、グレイストは満面の笑みを浮かべる。
グレイストは娘の前では良い母親で居たかった。
怒りを抑え、リーナに優しく聞く。
「う、うん。リーナ、お留守番できるよ」
「ふふ、リーナは良い子ね。すぐに戻ってくるから安心して。
さあ、行くわよ」
「あ、ああ……」
グレイストはリーナの頭を優しく撫でると、そのまま席を立ち、歩き出した。
これから起こる光景をリーナには見せたくない。
グレイストはピアを引き連れ、病院裏まで来る……ここなら問題ないだろう。
「ふざけんじゃあないわよ! このクソがあああ!!」
そこでグレイストは怒りを爆発させ、地面に拳を叩き付けた。
何度も何度も地面を殴り、血を撒き散らす。
許せない……許せない。自分達を嵌めた奴らを絶対に許す訳にはいかない。
今は地面だが、いつの日か。
「……君も疲れが残っているだろう。そこまでにした方がいい」
「はあはあ……そうね。ここまでにしておきましょう」
グレイストは血だらけの拳を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。
これで怒りは発散できた……ここから本題に入る。
「ピア、まず貴方の考えを聞かせて……今回の依頼、貴方はどう思うの?」
グレイストは息を整えてからピアに聞く。
既に自分の中で答えは出ているが、一応ピアの答えを聞きたかった。
「……恐らく、私の考えは君と同じだろう。
だから、代わりにカッペラ商会の筋書きを言う……それでもいいか?」
「いいわ。聞かせて」
「……レインボーアーチは活動資金を得る為に身代金誘拐を繰り返している。
今回、ドルチェ嬢を誘拐したのもその為だ。
だが、今回は身代金を得る前にドルチェ嬢が逃げ出してしまった。
わざわざ、賊を雇い、陽動を任せたにも拘わらず」
「ふっ、それが真実ならレインボーアーチは馬鹿の集まりという事になるわね」
グレイストは鼻で笑う。
世界中で暗躍する組織が指示役とはいえ、素人に逃げられた。
そんなマヌケな話があるだろうか?
下手な物書きでも、もう少しマシな話を書けるだろう。
だが、新聞に載るのはこんな話だ……下手な物書きの話が真実になる。
「じゃあ、私の考えを言うわね……ドルチェは最初から誘拐されていなかった。
今回の依頼はストーソを当選させる為の虚偽の依頼。
私達はその為に利用されたの」
そして、この陰謀論じみた話が真実。
病院裏にわざわざ来たのはこの話をする為だった。
「……一応、そういう考えに至った理由は聞いておきたい。いいか?」
「いいわよ。そもそも、今回の依頼は始まりからして可笑しかったわ」
グレイストはそう言うと、ゆっくりと話し出す。
今回の依頼はドルチェが誘拐された所から始まった。
本当は警察に頼るべきだが、万が一の事を考えるとそうはいかない。
結果、傭兵ギルドに依頼が回ってきた。
「でも、それって可笑しいのよ。
カッペラ商会にとって、ドルチェはどんな財宝よりも大切な存在。
何よりも可愛がられている存在よ。
常識的に考えて、護衛は付けてる筈だし、手練れも揃えている筈」
「そして、当然、屋敷には侵入者避けの仕掛けがある……と」
「ええ、そうよ。ドルチェを誘拐するのは不可能と言っていいわ」
そして、侵入者避けの仕掛けの中には魔力探知という物もある。
魔力探知は登録された魔力以外が検出されると警報を鳴らす仕掛けだ。
空間転移の類で上手くドルチェの横に転移しても避ける事はできない。
凄まじい音を鳴らし、再び空間転移できないよう空間を閉じる。
「つまり、ドルチェが誘拐されたというのは真っ赤な嘘。
ドルチェはずっと屋敷に居たのよ。安全な屋敷の中にずっとね」
そんな屋敷から代わりに誘拐されたのがエンジュだった。
賊達は疑いもせず、エンジュをドルチェだと思い、連れ去った。
「問題はどうしてカッペラ商会が虚偽の依頼をしたのか……よ。
その答えがストーソの当選」
カッペラ商会はフォルテが誇る豪商として、強い影響力を持っている。
だが、最近は隣国のバンコから入ってくる安い商品に押され始めていた。
バンコは広い国土と有り余る程の人口を持っている国。
そんな国で大量に作られた商品が今、次々に入ってきている。
いくらカッペラ商会と言えど、このままでは立場が危ういだろう。
「そこに現れたのがストーソ。ストーソは保守派の星。
バンコに対して、普段から色々と文句を言っている人物よ。
そんなストーソが大統領になれば、カッペラ商会は安泰。
だから、カッペラ商会はストーソを支持している。
今回の依頼もストーソを当選させる為に計画したんでしょうね」
ドルチェが誘拐されれば、困るのは誰か? そう、ストーソだ。
そして、逆に喜ぶのは? そう、カルマンドだ。
今回の依頼はそんな大衆の考えを利用した物だった。
まさか、虚偽の依頼をしてまでストーソを当選させようとは誰も思わない。
カッペラ商会は絶対にストーソを勝たせる為にとんでもない計画を立てた。
「まあ、カッペラ商会ではなく、ストーソが計画を立てた可能性もあるけどね。
商会の利益を守る為、孫娘を利用する……そんな親であって欲しくないわ」
グレイスト達はそんな計画にまんまと騙された……という訳だ。
少し考えれば、分かりそうな物だが、そういう時ほど気付けない物。
計画は無事に成功した。
「ピア、私の考えはどう思う? 考え過ぎかしら?」
「……いや、私も同じ考えだ。事情聴取を受けてる時、私は思った。
私達は嵌められたのだと」
二人の間に重い沈黙が流れる……こんな屈辱は他に無い。
カッペラ商会とストーソのせいでマックス達は呪われた。
なのに、その事は絶対に表沙汰にならない。
精々、『救出の際、傭兵達が怪我をした』と新聞に載るくらいだ。
腹立たしい……本当に腹立たしい。
「……今回ばかりは私も我慢ならない。
すぐに他の支部長と共にカッペラ商会を訴える」
「止めなさい、そんな事をしても無駄よ。握り潰されるだけだわ……」
「それくらい分かっている!
だが、これを許せば、第二第三の君達が生まれる!!
レインボーアーチとの繋がりを明らかにした上で、私は訴えるぞ!」
「ピア……」
ピアは押しに弱い……今回の依頼も色々押され、受けたのだろう。
だからこそ、ピアは責任を感じていた。
支部長である自分がグレイスト達を死地に追いやってしまったと。
「……ピア、私達は」
「グレイストさん、居ますか!? 居たら返事して下さい!」
「あっ、は、はい!」
そんなピアに声をかけようとした瞬間、グレイストは呼び止められた。
慌てた様子で一人の看護師がグレイストの元にやって来る。
「すぐに処置室に来て下さい! 大切な……話があります!!」
「……分かりました。すぐに向かいます」
そして、悪い事というのは続く物……マックス達に何かあったようだ。
「行って来い……私の事は気にするな」
「……ありがとう」
グレイストは看護師と共に病院の中に戻る。
口の中に言いたい事を一杯含めながら。
「あっ、お義母さん!」
処置室に着くと、そこには既にリーナと担当医が居た。
リーナは心配そうにグレイストを見つめている。
「リーナ、ごめんなさい……遅くなったわね」
「ううん、大丈夫。それよりもマックスさん達が……」
そのリーナの言葉と共にグレイストはマックス達の方を見た。
マックス達は苦しそうに寝返りを打ちながら、ベッドに横になっている。
とても呪いが解けたように見えない。
「先生、マックス達の呪いは……」
「……残念ながら」
「そうですか……」
その予想は見事当たった。担当医は続けて言う。
「幸いな事に身体の方には異常はありませんでした。
毒も検出されていません。
ですが……呪いの方は解く事はできませんでした」
「くっ……」
エンジュの置き土産……それは思った以上に強力だったようだ。
それでもグレイストは諦めない。
「……では、誰なら解けそうですか?」
「だ、誰ならですか? そ、そうですね……聖王様なら解けると思います」
「聖王……」
ターヴは大きい町だ……その分、神官も優秀で、数も多い。
そんなターヴの神官でも駄目だとなると、あとは聖王しか居なかった。
全ての神官達の上に立つ聖王しか。
「分かりました。聖王を呼んできます」
「えっ? で、ですが!」
「そうするしかないんですよね? だったら、答えは一つです。
私は旅立ちます……マックス達を救う為に」
こうして、グレイストは旅立つ事になった。
その旅が自分の人生を……世界を変える事になるとは知らずに。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
もし誤字脱字がございましたら、ぜひ教えて下さい! 修正致します!
感想・評価・リアクションも募集します! よろしくお願い致します!




