第8話:馬車の中での作戦会議
「魔術師ギルド?」
ディアナの言葉を聞いて、リヴィウスはあからさまに気分を下降させた。
不機嫌さを隠そうともせず器用にその愛らしい顔を歪め、信じられないというようにディアナを見つめる。
「正気か? なんであんな陰気臭い場所に行かなきゃならない。
まさか本当に訴えるんじゃないだろうな」
「そうじゃないわ。悪魔契約のことなら魔術師が一番知っているはずでしょう。なにかしら資料はあるはず。
三日しか時間がないのなら、選り好みしている場合じゃないわ。
……それとも怖いのかしら」
挑発するように微笑むと、案の定悪魔はピンと耳を立て、苛立たしげに尾で机を打つ。
「怖い? 俺が? 冗談はよせ、怖がらないといけないのは向こうだ。俺じゃない」
「ええ、もちろんそうよね。頼りにしてるわ、悪魔さん」
にこりと笑えば黙り込んだ。口を開いては閉じ、また開いたかと思えば、そのまま深い溜息へと変わる。
「どこまでもお供いたしましょう、お嬢様」
わざとらしい猫なで声で反論を諦めた悪魔に、ディアナは心の中で勝利の拳を握りしめた。
「ばれたら即投獄だってのに、無謀なのか豪胆なのかわからない奴だな。
普通、己に降りかかろうとする火の粉は避けるものだ」
「その中にしか手に入れたいものがないのなら、私は火中にだって手を突っ込むわ」
そりゃ勇敢だ、と呆れた口調で呟くリヴィウスを残し、ディアナは扉へと手をかけた。
向かうのは父の書斎だ。魔術師ギルドへ向かうための一手を打たなければならない。
部屋を出ていきかけ、ディアナは思い出したように机の上の黒猫を振り向く。
目が合うと、まだ何かあるのかというように見返してくるリヴィウスに、ディアナは「もう少し目立たない姿になれない?」と尋ねた。
「屋敷内で黒猫は目立つわ。ギルドに入れてもらえるかもわからないし」
ディアナの言葉に面倒そうに尾をくねらせたリヴィウスは、だが否定はせず黙って身体を捩じった。
柔らかな身体はそのまま溶けるように黒い炎となり空中でかき消える。
消えたあと、机の上に硬質な音を立て落ちたのはバングルだった。
細身の銀細工に青い石が合わさったデザインは、今の服装にも馴染み違和感がない。
「上出来だわ」
満足げに笑みを浮かべると、ディアナはバングルを身につけレナードの部屋へ向かう。
ノックをし入室すれば書き物をしていたレナードが顔を上げた。ディアナの姿を見て、意外そうに瞬きする。
「ディアナ、どうしたんだ? もう調子はいいのかい」
「ええ、少し休んだら良くなったわ。
それでお父様。魔術師ギルドに書簡を届けさせると言っていたでしょう。
あれ、私にやらせてもらえないかしら」
「それは構わないが、どうして急に? あまりギルドの上役と会うのは好まないだろう」
レナードの疑問はもっともだ。ディアナは今まで、徹底して魔術師ギルドとの関わりを避けていた。
ギルド長が頭でっかちの魔術至上主義男だったからということもある。
ことあるごとに魔術の優位性を語り、内心人を見下していた陰険男を思い出す。
瞬時に生まれた苛立ちを押し隠し、笑顔を張り付けたままディアナはあらかじめ考えていた言い訳を口にした。
「確かにギルド長には進んで会いたくはないけれど、お父様が約束しているのは融和派の方でしょう?
お父様と仕事がしたいなんて言う方がどんな魔術師なのか、興味があるわ」
そう言うと、レナードは「そうか」と少し嬉しそうに笑い書簡を取り出した。
「約束は昼過ぎだ。何かあってはいけないから、馬車で行くといい。準備させておこう」
「わかりました」
昼食後、受け取った書簡を手にギルドへ向かうための準備を行っていると「私も行きます!」とローラが名乗り出てくれた。
普段ならありがたい申し出だが、今回は目的が目的なだけに断った。足早に馬車へ乗り込みようやく息をつく。
魔術師ギルドはローズベルト家がある広場周辺とは正反対の位置にある。いつもならば5分もあれば着く距離だが、今は豊穣祭もあり通行可能な道は限られている。少なくとも半時間はかかるだろう。
歩いて行ったほうが断然早い。時間がない今、そうしたい気持ちを敢えてディアナは抑える。
一見時間を捨てるような愚かな行為だが、じっくりと作戦を練るにはちょうどいい時間だった。
「資料はどのあたりにあると思う?」
駄目元で問いかけると、「そう簡単には見つからないだろうな」と、意外にもまじめな返答が手元のバングルから返ってきた。
「悪魔契約は秘術中の秘術だ。少なくとも一昔前までは、一部の国家魔術師が王命の下ようやく行使できるような代物だった。
国家魔術師ならともかく、一般の魔術師がその存在を知っているかは疑問だな。
儀式や契約に関する資料となればなおさらだ」
「そこについては少し希望があるの。ミシュトレイの西側には古代文明の遺跡があるのよ。
古代魔術文明の遺跡がね」
この辺り一帯ではかなり大きな規模らしい。ディアナがまだ物心つく前から周囲の研究者や魔術師がこぞって調査に乗り出していたのを思い出す。
現在はもう調査を終えているが、そのときの調査資料がギルド内に保管されている可能性は十分にある。
「どうだかな。重要な資料は国家魔術師が管理している可能性もある」
「そうはいっても王都まで行くわけにいかないもの。三日しかないのよ? 行程の半分で命が尽きるわ」
「だからさっさと願いを決めてしまえばいいんだ。
あるかどうかもわからない契約破棄の手段を探すのに時間を取るよりも、命を懸けても後悔しない願いを考えるほうに時間を費やす方がずっと有意義だと思うけどな」
な?と明るく提案する悪魔に「くどいわよ」とディアナは低く呟く。
「言ったでしょう。契約破棄の手段があるかどうか、確認できるまでは契約に応じない」
「わかってる。言ってみただけだ。契約者の覚悟を踏みにじるような真似はしない」
あっさりと引き下がったリヴィウスは、少しだけ考えるように沈黙すると「まず一般魔術師が目にできるような場所にはないだろう」と答えた。
「トップレベルの人間しか閲覧権がないような、重要機密を取り扱う資料庫が狙い目だろうな。
そういうところは大抵厳重な魔術で保護されている。
ギルド内でも魔術強度の高い場所や魔力濃度の濃い場所を見ればあるはずだ」
「そんなのわからないわよ」
「ああそうだった、普通の人間はその目で見えるものしか認識できないんだったな。不便なこった」
皮肉げに笑う悪魔にむっとするも、事実なので黙っておく。
反論しないディアナに気を良くしたのか、リヴィウスは「そういうことなら仕方ない」と機嫌良く声を発した。
「俺が探ってきてやろう。お前は書簡を届けておけ」
「取ってきてくれるの?」
「勘違いするな。俺は資料庫の場所を探るだけだ。資料を見つけるのはお前自身でやらなきゃならない」
「なによ、そこまでしてくれるなら資料だって見てきてくれたらいいのに」
脹れながら言うと、リヴィウスは「俺はあくまでも手伝いだ」と冷淡な口調で告げた。
「お前の力が及ばない部分を補助する程度ならしてやるが、すべてを俺に預け願うなら契約してもらわなきゃ困る。
契約を介さないというのなら、欲しい未来は自分で掴み取らなきゃならない」
諭すような言葉にディアナも渋々ながら頷く。
悪魔の言うことを聞くのは癪だが、言っていることは正論だ。
リヴィウスにすべてを任せるのは難しそうだ。とすると、次に問題なのは行動時間だ。
「書簡を届けている間に貴方が探ってくるのはいいわ。
でもそのあとはどうするの? さすがにギルド内を一人でうろつかせてはもらえないわ」
「適当に騒ぎを起こすからうまくはぐれろ。迷ったとでも言えば疑われはしないだろう」
「勝負は十数分というわけね。まるで密偵になった気分だわ」
その通りだろと言うリヴィウスの言葉は無視する。
馬車はだいぶ進んでいた。ぐるりと外壁沿いに大きく迂回のルートを取っていた馬車から、柵と煉瓦で囲まれた施設が見えてくる。




