第7話:提案するのは三つ目の道
「ねえ。提案があるのだけれど」
ディアナの言葉にリヴィウスは顔を上げる。
「なんだ。言っとくが対価に対する交渉なら受け付けないぞ」
「それはもうわかってるわ。だけど不公平だと思わない? さっき言ったように、この契約は私が望んだものじゃない。なのに突然魂を差し出せだなんて。
納得するためには根拠が必要よ。その根拠を得るための手伝いくらいは、してくれたっていいんじゃないの」
「何が言いたい」
金色の目が細くディアナを見つめる。
動じることなく、「三つめの選択肢を提案するわ」とディアナは指を立てた。
「契約破棄する方法を探す。
さっき、貴方は魔力の器によって現世に留まっていると言ったわよね?
なら、その器さえどうにかしたら、異界に還れるってことにならない?」
「なるほど。それで?」
悪魔は否定しない。つまりは、そういうことだ。
光明が見えてきて、ディアナは言葉に熱が入る。
「魔力の器を破壊する方法を探して、契約を破棄する。
それが、私の提示する『第三の道』よ」
外見だけは平静を装い堂々と、相手に弱みを見せないよう毅然とした態度でディアナは要求を突きつける。
「商家の娘として、可能性を探らずに相手の要求にただ頷くだけなんて無様な契約はしたくないの。
魂を対価に差し出すことが『絶対条件』だというのなら、契約破棄の方法の有無を明らかにすることは『前提条件』だわ。
そこをはっきりさせないことには、命を懸けるに値する願いなんて、到底考えることはできない」
どうだと挑むように悪魔を見つめる。
金色の瞳が、瞬きもせずじっとディアナを見つめている。
その静かな眼差しに逸る鼓動を抑えながら、ディアナはただ待った。
とても長い数秒が過ぎ、ようやく悪魔が口を開く。
「いいだろう」と感情の読めない静かな声は告げた。
「確かに、一理ある。俺だって叶えるのはつまらないものより、心の底から願うような強い望みのほうが叶え甲斐がある。
お前がそんな強い願いを得るために必要だというのなら、納得するために契約破棄の方法を探す手伝いをしてやったっていい」
「じゃあ――」
「だが期限はつけさせてもらう。『ない』ということを完全に証明することはできないからな。
いつまでも探し続けて契約を先延ばしにされるのはいただけない。
商家の娘だというのなら、それは当然だろう?」
先に釘を刺されディアナはぐうと唸る。少しだけ考えていた手段は悪魔の胸の内を見透かすような視線に放棄せざるを得なくなってしまった。
「と、当然よ」と視線から逃れるようにディアナは明後日の方向を向く。
「期限を決めればいいんでしょう。それなら――」
「三日だ」
「三日⁈」
何年くらいなら誤魔化せるだろうかと考えていたディアナの耳に、ありえない日数が飛び込み目を剥く。
「ちょっと、いくらなんでも短過ぎるわ。
今まで見たことがない方法を探すのに適した日数とは、とても思えないんだけれど」
「そうはいってもそれが限界だ。それ以上はお前の身体がもたない」
「……私の身体?」
なぜそこでディアナの身体が関係してくるのかと首を傾げる。
「今契約は不完全な状態なんだ、」とリヴィウスは再びランタンを空中から取り出す。
そのランタンの中では小さな火がぼんやりと灯っていた。心なしか、先程見た時より微かに火が小さくなっている気がする。
「召喚とは別に、魔力の器を維持するにも魔力が必要だ。
そればっかりは契約者である人間から得る必要がある。
あの夜、気を失っただろう。あれは、魔力が俺に流れ込み過ぎて魔力切れを起こしたからだ」
リヴィウスの言葉に、ディアナはあの夜体験した抗いがたい強烈な睡魔を思い出した。
あれは肉体を守るための防御反応だったのか。
納得しながら、新たに浮かび上がった疑問がつい口を出る。
「今はなんともないけど」
「それは俺がランタンに残った魔力を利用しているからだ。
だがその魔力も残り香のような僅かなものだから、もって三日。それ以降は契約者であるお前から魔力を得る必要がある」
魔術師でもないお前の魔力じゃ、半日ともたない。
冷酷な事実を突きつけ、悪魔は未来を語る。
「骨と皮だけのミイラになり衰弱死。それが三日後のお前の姿だ」
リヴィウスの言葉に、ディアナはぎょっとする。
「そんなの嫌よ!」
「だから契約を完全なものにする必要があるんだ。対価が確定している今、お前が願いを定めれば契約は成立する。
成立さえすれば、俺はランタンからでもお前からでもなく、大気中のマナを取り込んで魔力を得ることができるようになる。
そうすれば、少なくとも衰弱死は免れる」
言っていることは筋が通っている。
だが、どうしてもディアナは不信感が拭えない。期限を狭めて契約を急かすなんて、詐欺師の常套手段だろう。
疑念をありありと表情に乗せたまま、ディアナは口を開いた。
「でも、願いを叶えられたら魂を取られるんでしょう? 本当に三日しかもたないの?
早く契約を叶えてしまいたい貴方が、適当に言っているだけじゃなくて?」
「どう思おうと勝手だ。
だが忘れてやいないか? さっきお前は『私の前から消えて』と俺に言ったな」
唐突な話題の転換に眉を寄せる。いったい急になんの話だと文句を言いかけ——あることに気付いたディアナは、血の気が引いた。
その様子を見て、リヴィウスが悪魔らしくその両目を細める。
「その言葉を俺は願いとして叶え、とっとと魂をいただいたってよかったんだ。
だが俺はそうしていない。そんな騙し討ちで願いを叶え対価をいただくのは、俺の矜持に反するからな。
俺は契約にはきちんと向き合い、契約者が心の底から望む願いを叶える。
そのためならご令嬢の機嫌をとることも、無駄だとも思える契約破棄の方法を探す手伝いをすることも、やぶさかじゃない」
ディアナは眩暈がした。この悪魔の言っていることは真実だろうと、納得してしまった。
魂を取られずにこうしてまだ命の拍動を刻んでいることが、何よりの証拠だ。
それはつまり、三日というタイムリミットもまた、真実だということに他ならない。
時間すら自身の味方でなかったとは、あまりにも絶望的状況すぎる。
だが、一度落ちるところまで落ちると気分は吹っ切れるものらしい。
三日。上等である。
ふつふつと心の底から湧き上がってくる、怒りとも笑いとも区別できない妙な感情のまま、ディアナは拳を握り力強く足を踏みしめた。
「いいわ、やってやろうじゃない。
三日で方法を探して、こんな馬鹿馬鹿しい契約なんて破棄してやるわ!」
人はそれを自棄と呼ぶ。
だが、ディアナは真剣だった。真剣に、この無謀ともいえる勝負に挑むしかなかった。
やらなければ、待つのは死だ。それだけは、絶対に避けなければならない。
「そうと決まれば行くわよ。時間は無駄にはできないわ」
「行く? なんだ、もう当てがあるっていうのか」
「当然でしょう。というか、そこしか考えられないわ」
見当のついていない様子のリヴィウスに、ディアナは笑みを浮かべる。
ここまで好き勝手に引っ掻き回してくれているのだ、これくらいは意趣返しをしていいはずだ。
そうしてディアナは告げた。おそらくこの悪魔が、この都市で最も嫌っているだろう場所の名前を。
「魔術師ギルドよ」
次回から、『魔術師ギルド編』開幕です!
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