第73話:平行線のお茶会
「初めまして、ディアナよ。会えて嬉しいわ」
丁寧に歓迎の意を表すノエルに、ディアナも微笑み返す。
彼女の案内で、ディアナは早速森へ入ることになった。村人に別れを告げ、森の中にある魔女の小屋へと向かう。
何度も歩き固められた小道を進んでいくと、森に抱かれるようにぽつんと小屋が建っていた。
小屋の周りは小さな畑になっていて、ディアナには何かわからない植物や根菜が普通の作物に交じって植えられている。
木製のドアに掛けられた真鍮のベルが涼しげな音色を鳴らし、ディアナを中へと迎え入れた。
小屋の中は、思っていたよりも普通だった。飾り気のない木製の家具と、ところどころに置かれた植物の鉢植え。
だが、よく見ると普通とは違うところも見えてくる。
窓の近くには薬草が吊るされ、棚には瓶詰にされた鉱物や粉末が並んでいる。
お茶を用意しているノエルの横には、どう使うのか見当もつかない不思議な形をした器具があった。
「どうぞ。お口に合うかわかりませんが」
マグカップに入れられた温かな紅茶からは、甘い香りが立ち上っている。一口含むと、蜂蜜の甘さがじんわりと染み渡っていった。
朝露に濡れ、冷えた身体に心地良い。少しずつ春の温かさを感じる季節になってきたが、森はまだ寒い。
ショールを羽織ってきて正解だったと、ディアナはマグカップを両手で包み込み指先を温める。
「——それ」
しばし温もりを享受していると、不意にノエルが口を開いた。深い紺の瞳がじっとディアナの胸元に注がれている。
「素敵なブローチですね」
感情の読めない瞳のまま、ノエルはただそれだけを口にする。
会話の糸口を掴みたいのか、それとも別の意図があるのか。わからず、ディアナは「ありがとう」と返した。
「ノエルも、こういうのを着けてみるのはどうかしら。夜色の髪に、金や銀の色は良く映えると思うわ」
「……いえ。私は、そういうのは必要ないので」
ノエルは静かに首を振る。
沈黙が痛い。ローラを筆頭に、普段ディアナの周りには黙っていても勝手に話す人間しかいないので、黙り込むタイプの人間相手にどう会話を引き出していったらいいのか皆目見当がつかない。
しかしこのまま紅茶を飲んでいるだけでは何も始まらない。ええいままよと、ディアナはマグカップを置きノエルに向き直った。
「——お師匠様のことは、残念だったわ。商会としても、彼女にはとてもお世話になったもの。
挨拶に来るのが遅れて、ごめんなさい」
先代が亡くなったのは去年の冬だと聞いている。
その頃ディアナはまだ成人しておらず、兄の死を抱えたまま、ただ淑女の仮面を被る日々だった。
だが、そんな事情ノエルには関係がない。後継者として立ったのがつい最近だったとしても、過去のノエルに寄り添えなかったことをディアナは悔やんだ。
「今からでも、貴女にしてあげられることはないかしら。
お父様からの支援を断ったと聞いたけれど、このままだと生計が立ち行かなくなるんじゃない?
ただ支援だけを受けるのが気まずいというのであれば、まずは私の課題の手伝いをするところから始めてみるのはどうかしら。
私も最近、後継者として立ったばかりなの。貴女が手伝ってくれたら、とても心強いわ」
ノエルは黙ったまま、ディアナの言葉を静かに聞いている。そこから読み取れる感情はない。
まるで、水面に映る月を掴もうとするような手応えのなさに、ディアナはどうするかと思案する。
「商会の仕事を『過ぎた役目』と言っていたようだけれど、私はそうは思わないわ。
さっきの麦畑での様子を見ても、貴女が素晴らしい魔女だというのはよくわかるもの。
——それでも不安があるなら、私からお父様に掛け合ってあげる。
ノエルに負担がかからないように、環境を見直してもらうわ。
……それでも、だめかしら」
おずおずと、ディアナはノエルの様子を窺う。その瞳は軽く伏せられ、ディアナと目が合うことはなかった。
これは長期戦だろうか。ディアナが今日中の説得を諦めようとしていたそのとき、ノエルがようやく口を開く。
「お気遣い、有難うございます。ディアナ様のお心は、とても嬉しく思います」
「なら——」
「ですが、申し訳ありません。私の心は変わりません。
商会の仕事を、引き継ぐつもりはありません」
申し訳ありません、と深く頭を下げる。
静かな、けれど決して揺るがないノエルの決意を見て、ディアナは二の句が継げず黙り込んだ。
「師匠がお世話になったローズベルト商会には、私も大変感謝しています。
私の行いは、そのご恩を無下にするようなことだと、自覚しています。
……ですが、無理なのです。ディアナ様やレナード様の進む道は、私のような魔女には、眩しすぎる」
生計については心配いりません。
ノエルは淡々と、棚にある瓶へ視線を移す。
「これでも薬師として、近隣の村々を回り金銭を得ています。
自分一人の生活を支えるくらいならば、今の暮らしで十分です」
打つ手がなくなったディアナに、ノエルはゆっくりと視線を戻す。
「このような場所まで足を運ばせてしまい、申し訳ありません。
どうぞ、都市の門が閉まる前にお引き取りください」




