第70話:意固地な心
「——うん。いいんじゃないか」
父の執務室にて。
何度目かの提出でようやくレナードから及第点をもらえ、ディアナは安堵の息を零した。
差し戻された企画案の数は、正直数えたくない。
「これなら十分に戦えるだろう。だが、戦い方はこれからディアナ自身で考えないといけない。
——そして、戦うには仲間が必要だ」
レナードは企画案とは別に、一枚の書類をディアナへと差し出す。
そこには、おそらくレナードが推薦する人材候補の情報が簡単に記されていた。
「東の魔女……?」
「ミシュトレイの東に森があるね。そこに最近代替わりした魔女が住んでいる。
君の企画を実現するために、きっと助けになってくれるだろう」
魔女は、魔術師とは異なる奇跡を操る存在だ。
ディアナもあまり詳しいことは知らない。だが、魔術師が魔力を使い『魔術』という奇跡を起こすのに対し、魔女は精霊や妖精に語りかけることで『魔法』という奇跡を起こすのだという。
今回ディアナが売り出そうとしている品は、元々先代の東の魔女が用意した魔法のレシピを用いる魔道具だ。
確かに味方になってくれたら頼もしいだろう。
「ところがだ。少しだけ困ったことが起きている」
「困ったこと?」
突然の風向きの悪さにディアナは眉をひそめる。
レナードは頷きながら、ディアナに渡した書類の一部を指で示した。
「代替わりした、と言っただろう。先代は高齢でね。去年の冬に、寒さに耐えきれず亡くなったらしい。
商会も商品開発で先代にはだいぶ世話になったから、その後も後継が生活に困らないよう最低限の支援をしていたんだが、一年を区切りにとうとう断られてしまってね」
「断られたって、支援を?」
支援する側が打ち切るのはあり得る話だが、支援される側が断るのは珍しい。
驚き目を丸くするディアナに、レナードも少し困った表情を浮かべた。
「こちらとしては、先代同様、後継とも良い関係を築きたいと思っている。
だが、彼女は『自分には過ぎた役目』と先代の役目を引き継ぐことを固辞していてね。
おそらくそのことも、支援を断る理由の一つにあるんだろう」
商会が契約を結んでいたのは先代だ。
書類上の関係だけでいけば、商会と後継の魔女とはなんの関係もない。
再契約を固辞しているのに、その相手から支援を受けるのは、確かに居心地が悪く感じても仕方がない。
「そこで君の出番だ。
彼女の閉じた心を開き、彼女が何を求めているのか、その本音を引き出し対処する。
歳も十八と君と近い。我々には言いにくいことも、ディアナになら話せることもあるだろう」
やってくれるかい、と向けられる視線をディアナは自信をもって受ける。
憧れの父に頼られているという実感が、殊更にディアナの心を嬉しさで満たしていくのを感じた。
「もちろん。悩みを聞いて、再契約に繋げたらいいのよね。
私に任せて」
「もちろん再契約までこぎつけられたらそれが一番いい。だが、相手には相手の言い分がある。
まずは、君の出店の手伝いだけでもしてもらえるよう交渉してきなさい」
「わかったわ」
「ああ、それと」
意気揚々と執務室を出ていこうとするディアナを、レナードが呼び止める。
「リヴィウスを連れていきなさい。東の森は比較的安全な場所だが、何が起こるかわからない。
対策は十二分にしておくほうがいいからね」
ぴたりとディアナの足が止まる。
先程まで胸を満たしていた高揚はすっかり鳴りを潜め、代わりにふつふつと出処のわからない苛立ちが生まれるのを感じた。
「……別に、これくらいリヴィウスがいなくてもできるわ」
返す言葉に棘が混じるのを感じる。
振り返り、ディアナはレナードの目に戸惑いと心配の色が覗くのをはっきりと見た。
燻っていた苛立ちが膨れ上がり、その衝動のままにディアナはレナードへ鋭い視線を向ける。
「ただ勧誘するだけでしょう? 東の森だって、馬車でほんの二時間くらいじゃない。
わざわざリヴィウスと一緒に行く必要なんてないわ。私一人でできます」
頑としてリヴィウスの同行を認めないディアナに、レナードは諦めの息を吐く。
「わかった。だが、何かあったらすぐに連絡を入れるように」
「……わかったわ」
自分が子どもじみた態度を取っていることは薄々自覚している。
レナードの譲歩に、ディアナも反発することなく渋々頷いた。




