第68話:承認の証
「必要ない。帰ってもらえ」
リヴィウスの部屋へ伝えに行くと、予想通りの答えが返ってきた。
気怠げにソファにもたれて本を読んでいたリヴィウスは、興味なさそうに伝えに来たディアナとローラを手であしらう。
「そういうわけにはいきません! せっかくルドルフ様が手配してくださったんですよ? 追い返すなんて、お嬢様の顔に泥を塗るつもりですか!」
リヴィウスの返答を聞き、当然のようにローラが憤慨し彼を睨む。
「それに必要ないって、リヴィウス様いっつも同じ服じゃないですか! それ何着持ってるんですか? たまには他の服も着てください!」
それは、悪魔だから。
ディアナの内心の突っ込みはローラには届かない。リヴィウスも呆れた顔で彼女を見上げていた。
「違う服を持っていたらいいのか? なら用意しておくから、とりあえずその服屋には丁重にお帰り頂いてくれ」
「そういうわけにもいかないのよね」
ローラの見当違いの指摘はともかく、ディアナはウォルターから預かった手紙を振る。
「『専従魔術師たる者、ローズベルト家に恥じない装いをするように』
——お祖父様から、貴方への言伝よ」
それを聞き、リヴィウスはありありと面倒だ、と言わんばかりに顔を歪めた。
気持ちはわかるが、ここは耐えてもらいたい。なおも動こうとしないリヴィウスの腕を、ディアナは問答無用で掴む。
「ほら、応接室に待たせているんだから。早く来て」
「俺は行かない」
「なに子どもみたいなこと言ってるんですか! 動かないなら、ここで測ってもらいますからね!」
至近距離からローラに睨まれ、珍しくリヴィウスが怯む。その隙に、ローラはディアナとは反対の腕に齧りついた。
ぐいぐいと引っ張りながら、彼女は力任せにリヴィウスをソファから引き剥がそうとする。
「ほら早く! 服引っ剥がされたいんですか!」
「っわかった。わかったから……一回出てけ!」
とうとう根負けしたリヴィウスがディアナとローラを問答無用で部屋から追い出す。
わかったとは言っていたが、これは体よく躱されてしまったんだろうか。
ローラと顔を見合わせ、もう一度突撃するべきかと無言の言葉を交わしたときだった。
ばたばたと、何やら慌ただしい物音が聞こえ、数秒。
ガチャリと乱暴に扉が開き、リヴィウスが姿を現す。
「……で。どこに行けばいいって?」
なぜか先程よりも少しだけ服を乱し、仏頂面のリヴィウスが顔を出した。
◆
「本日はありがとうございました。専従魔術師様のお衣装をご用意できるなんて、とても光栄ですわ」
気品ある笑みを浮かべ、ミシュトレイの老舗工房・クライン&クラドックの女主人がディアナへと優雅に礼をする。
クライン&クラドックは都市の中でも最高級の仕立て工房だ。都市内だけでなく、最近は王都のほうにまでその噂は轟いているという。
ここを手配したというだけで、ルドルフの本気度が伝わってくる。
「それにしても、リヴィウス様は素晴らしいですね。どこをとっても理想的な数字で、つい熱が入ってしまいました。
魔術師様でなかったならば、うちで広告塔として雇いたいぐらいですわ」
「まあ。いつでもお貸しするので、遠慮なくおっしゃってくださいね」
玄関ホールで、二人の貴婦人は当の本人を置き去りに優雅に微笑み合う。
「それでは完成を楽しみにしておいてください。
本来なら、ひと月はお時間を頂戴するところですが……
ルドルフ様たってのご依頼ですもの。クライン&クラドックの総力を挙げて、五日で仕上げてみせますわ」
働く女性の、なんと美しく力強いことか。
堂々と気品ある微笑みを残し、女主人はローズベルト家を後にした。
見送ったディアナは応接室へと戻る。
そこには無作法にも、ソファにぐったりと横になるリヴィウスの姿があった。
もたれかかるどころではない。肘掛けに足を乗せ、座面へ完全に寝転んでいる。
呆れつつ息を吐き、ディアナは横たわるリヴィウスの傍に近寄る。
「ヴェクスよりも手強かったみたいね」
「なんで服を作るだけであんなに細かく測るんだ……理解できない」
「測らなきゃ身体にフィットする服が作れないじゃない」
何を当たり前のことを言っているのか。
ディアナの言葉にリヴィウスはじろりと視線だけ向ける。
「昔はこんなに窮屈な服じゃなかった。
ボタンもなんだってこんなについてるんだ? 紐でいいだろ、紐で」
いったいいつの時代の人間だ。
ぶつぶつと文句を言っているリヴィウスを眺めながら、そういえば久しぶりに召喚されたと言っていたなと思い出す。
あのランタンは、一度召喚すると最低でも百年ほど待たないといけないらしいので、少なくともリヴィウスの服に対する知識は百年前止まりということなのだろう。
「その割には、普段はちゃんと着てるじゃない」
「普段は見よう見まねで擬態してるだけだ。別に一から自分で着てるわけじゃない」
なるほど。服を着ているように見えるだけで、服もまた彼の一部というわけだ。
疲れたように息を吐くリヴィウスは、「さっきは焦った」と呻く。
「あのメイドが無理やり剥ぎ取りにかかるんだからな」
今はディアナの自室でラーノのお守りをしてくれているローラの剣幕を思い出す。
あれは凄かった。正直言って、専従魔術師相手にする態度ではない。
ローラはリヴィウスのことを、完全に手のかかる子どもだと思っているに違いない。
それはそれとして、ディアナは唐突に思い浮かんだ疑問を口にする。
「貴方の一部なのに、脱げるの?」
「身体から分離することはできる。が、そうすると形が保てず消える。
……あのメイドに言っておけ。無理やり服を剥ぎ取るのは、恋人だけにしとけって」
それで焦っていたのか。珍しく慌てていた先程のリヴィウスを思い出し、ディアナは納得する。
一度追い出したのも、おそらくかつて短剣を生成したように服だけ作り出し、着直していたんだろう。
どうりでめちゃくちゃなわけだ。
ディアナは寝転がるリヴィウスの服を見つめる。
普段からリヴィウスは正装を着崩したような恰好をしているが、その洗練された着こなしとは別で完全に服装が乱れている。
シャツはズボンから飛び出ているし、ボタンは留める位置がちぐはぐだ。
さっきは計測を優先にして応接室に直行させてしまったが、この格好でクライン&クラドックの前に出していたのかと思うと今更ながら恥ずかしい。
ディアナの几帳面な性格が疼く。ソファの空いている隙間に腰を下ろし、半分外れかけていたボタンに、そっと手を伸ばしたときだった。
ぎょっとしたリヴィウスが、ディアナの手を力強く掴む。
「何しようとしてる?」
「なにって、直すのよ」
「別にいい。自分でやる」
「できないからこんなことになっているんでしょう」
ボタンに指をかけようとするが押し返され上手くいかない。そこまで抵抗されると、尚更直したくなってしまう。
ディアナが力をまったく緩めようとしないのを見て取り、リヴィウスは口元を引きつらせた。
「……正気か?」
「うるさいわね。なによ、恥ずかしいわけ? 別に減るもんじゃないでしょう」
「ああそうだな。俺は減らない。減るのはお前の淑女的な何かだ」
胸元のボタン前で押し問答を繰り広げることしばし。
埒が明かないと悟ったのか、リヴィウスは急に力を抜いた。
「きゃっ——」
がくんと体勢が崩れ、気が付くと目の前に横たわっていたリヴィウスがいない。
疑問符を浮かべていると、黒猫が足元をものすごい勢いで走っていくのが見えた。
「あ、こら! 逃げないの!」
力を使い扉を開き、速度を緩めずに応接室の外へ飛び出していく黒猫へディアナは叫ぶ。
しかしリヴィウスがその言葉を聞くことはなく、ディアナは一人応接室へと取り残されてしまった。
「——絶対、特訓させてやるんだから」
決意を新たに、ディアナはそう呟いた。




