第62話:力の証明
心地良い殺気が突き刺すように肌を刺激する。
久しぶりに堂々と暴れられる機会に、リヴィウスは気持ちが高揚してくるのがわかった。
ローズベルト商会の日常は、平和といえば聞こえがいいが、悪魔のリヴィウスにとっては少々退屈だった。
別に大戦ほどの刺激を求めているわけではない。
だが、たまにはこうして動かなければ不満は募る一方だ。
それはいただけない。何事に対しても、ストレス発散というのは必要だ。人間も悪魔も、それは一緒だろう。
リヴィウスは、次々と飛び出してくるヴェクスを見据え、右手を構える。
その手を中心に小さく魔術式が展開し、魔力を糧に周囲のマナが変容していくのを感じた。
ちょうどリヴィウスへ襲い掛かろうとしていたヴェクスの目の前で、灼熱の炎が爆ぜる。怯んだヴェクスは体勢を崩し、突っ込んできた勢いのまま地面へと激突した。
続けざまに横から狙って来た個体は上体を低くして避ける。駆け出した勢いは殺さずに、リヴィウスは襲い掛かるヴェクスたちをいなしながら巣を目指した。
大地の裂け目が近づく。荒々しい岩肌に、無数の穴が開いているのが見える。
遥か下方に覗いた水流を目指し、リヴィウスは躊躇なく地を蹴った。
浮遊感が襲う。空中に投げ出された己を喰らおうと、巣穴から飛び出してきたヴェクスが鋭く牙を剥いた。
体勢を保ちながらリヴィウスは風を捉えヴェクスの捕食から逃れる。そして逆に、その薄緑色の体表を容赦なく踏みつけた。
「借りるぞ」
その背を蹴り、再び空中へと身を躍らせる。
靴の先に魔力で生み出した見えない足場が現れる。それを踏みしめ、リヴィウスは再度後方へ飛んだ。
そのすぐ脇をヴェクスの鋭い爪が切り裂いていく。
すぐさま術式を展開する。瞬時に宙へ現れた鎖はヴェクスの首へ巻き付いた。
ぐいと引く。獰猛に荒れ狂う翼竜の手綱をしっかと握り、リヴィウスはだんだんと近づいてくる川べりに緑色の光が反射するのを視界に捉えた。
地面近くを滑空するヴェクスの背から飛び降りる。
重たい衝撃が足に響く。砂利を巻き上げ滑るように着地すると、眼前に目的のものがあった。
緑の濃淡が、荒廃した大地の中で鮮やかに映える。
崖に開いた巣穴とは異なり、川べりに直接枯草を敷いて作られた巣の中に、ヴェクスの卵石はあった。
天然とは思えない、凹凸のない優美な卵形の宝玉へと、リヴィウスは手を伸ばす。
その途端、周囲のヴェクスが一斉に滑翔した。
宝玉を狙うリヴィウスを屠ろうと次々に迫る。
僅かに見えていた空を覆い尽くすかのような一斉攻撃に、リヴィウスは臆することなく術式を展開した。
リヴィウスを中心に、地面に複雑な術式が円形に浮かび上がる。
そして、足元からせり上がるように一筋の風が生まれ、ヴェクスの巣窟を完全に呑み込んだ。
立ち上がった旋風は風の柱となり、ヴェクスらを巻き込んでいく。
だが、腐っても風の翼竜。激しい風のうねりにうまく乗り、軌道を整えると再びリヴィウスへと襲い掛かる隙を狙うように旋回し始めた。
「そうだ。うまく乗ってろよ。——そのほうが都合がいい」
もう一つ術式を展開する。風に、仄かに甘い香りがまとわりつく。
香りは風に混じりヴェクスらを包み込み、深い夢へと誘っていく。
殺気立っていたヴェクスの瞳から力が抜けていく。徐々に高度を落とし、一体、また一体と緩やかに地へと降りたっていった。
甘い風が余韻を残しつつ収まっていく。峡谷内に立っている者はリヴィウス以外におらず、あれだけ牙を剥いていたヴェクスはすべて、地表や巣穴の中で深い眠りについていた。
動くものがいないことを確認し、リヴィウスは再び小さな風を起こす。
風の柱がリヴィウスを持ち上げる。一瞬の浮遊感のあと、リヴィウスの足は峡谷の外の地面を踏んでいた。
「リヴィウス!」
砂を払っていると物陰から飛び出してきたディアナがこちらへ駆けてくるのが見える。
まだ安全確認も済んでいないのに飛び出すのは危機管理がなっていないと思うが、危機なんてどこにもないのだから、まあいいだろう。
「それがヴェクスの卵石?」
ディアナはリヴィウスの腕に収まっている宝玉をしげしげと見つめる。
その瞳の中に隠しきれない好奇心が輝いているのを見て取り、相変わらず魔道具関連には目がないな、とリヴィウスは心中で呟いた。
「この通り。卵石もヴェクスも、ついでに俺も無傷だ。文句はないな?」
遅れて到着したルドルフたちに、リヴィウスはやや芝居がかった仕草で卵石を掲げて見せる。
それを見たデニスは「おお、」と感嘆の声を上げ、ルドルフは眉間の皺を一層深くした。
「これは、すごいですよ! まさか本当に、たったお一人でこの問題を解決してしまうなんて」
デニスの素直な称賛にリヴィウスの気分も良くなる。悪魔にとって、これくらいの難易度では準備運動にもならないが、褒められれば悪い気はしない。
だが、ルドルフのほうは素直には程遠いらしい。大方、実力は認めるがこの若造が気に入らない、といったところだろうか。
ルドルフの中で己の評価がどうなろうと、リヴィウスの知ったことではない。
大事なのは契約者であるディアナが、その願いを滞りなく叶えるための環境が整うかどうかだけだ。
ルドルフの提示した課題はこなした。ならばもう、これ以上とやかく言われることはないだろう。
リヴィウスにはそれで十分だった。




