第57話:後継者への試練
屋敷に戻り、昼食を終えた午後。ディアナはレナードに呼び出され、執務室にやってきていた。
「さて。これでようやく地盤は整った。次はディアナの話だ」
執務机に座る父が商会長としての顔でディアナを迎える。目の前に立ち、ディアナはごくりとつばを飲み込んだ。
いよいよだ。後継者としての最初の一歩。
いったい何から始めるんだろう。顧客への挨拶回りだろうか。共同研究には、どの程度まで介入させてもらえるんだろうか。
ディアナの背後でソファにだらりと座り本のページをめくっている悪魔は無視し、ディアナは期待と共にレナードを見つめる。
「西の玄関口、ルナテソットで星詠祭に合わせて祭典が行われるのは知っているね」
「もちろんよ。毎年ローズベルト商会も出店しているもの」
ミシュトレイから馬車で二日の距離にある、西の国境沿い都市・ルナテソット。
国境となる巨大な湖・ルナ湖の湖畔にあるその都市は、スウィフト王国西部の中でも交易的にも外交的にもとても重要な都市だ。
その都市では、夏に王都で行われる国の祭典・星詠祭の時期に合わせて西の祭典と呼ばれる祭りが行われる。
趣旨は星詠祭と同じだ。大神官が星の巡りを占い、国の行く末を願う。
大戦という、過去の悲劇を繰り返さないという平和への祈りも込められた神聖な祭事だが、西では主に恋人たちが自分たちの運命や未来を占う意味合いが強く、それはもう別の意味でも賑やかだ。
「今年は何を出すの? その手伝いをすればいいのかしら」
「いや。今年はローズベルト商会は出店しない。——君個人が出すんだ」
予想外の言葉にディアナは目を丸くする。
後継者としての下積みが始まるのは理解していた。ケレメン家のミハイのように、父に付き従って少しずつ経験を積んでいくものだと思っていたのに。
「君個人って……私一人で?」
「そうだ。そして開催期間に行われる投票で一位を取る。
それが君に与える課題だ」
重ねられた言葉に、ディアナは今度こそ言葉を失う。
祭典中すべての出店を対象に行われる、お客や関係者による投票。
投票基準は各投票者に委ねられるが、投票理由は一貫している。
すなわち、『この店が好きだ。応援したい』という、店に対しての熱い想い。
西の祭典と呼ばれるだけあって、祭りには多くの店が各都市から集い出店される。
この前のミシュトレイの豊穣祭に匹敵するくらい、いやそれ以上だろう。
その群雄割拠の中、なんの後ろ盾もない状態で、投票一位を取れと言う。
なかなかに無茶な課題だった。
「お父様。それは、いくらなんでも……」
「無茶だと思うかい? だが私が下積みしていた時代は、身一つで行商に放り出されたものだ。
夜盗や魔物に怯えながら各地を放浪し、浮浪者と間違えられ門前払いを喰らう毎日……
当時は父のことを相当恨んだが、おかげでセシリアという至高の存在に出逢うことができた。
ならば、あの試練の日々も無駄ではなかったのだろう」
途中から如何にセシリアという存在が素晴らしいかという惚気に入りそうだったので、ディアナは大きく咳払いをしてそれを中断させる。
リヴィウスもいる前で両親の惚気はあんまり聞きたくない。
「おっとすまない。……まあ、さすがに大事な娘を身一つで放り出すわけにもいかない。
だが、お行儀よく背中を見せて学ばせるつもりもない。
ローズベルト商会は成り上がりの商会。欲しいものは自分で掴み取るのが伝統だ。
祭典への出店は、これ以上ない経験になるだろう」
君が当面やらなければならない課題は、大きく分けて三つだ。
指で示しながら、レナードは要点をまとめる。
「一つは人員の確保。さすがに人的資源が何もなければ難しい。候補はこちらで選出するが、引き抜き、交渉はディアナ自身が行うこと。
一つは企画の選定。投票に直結するものだ。慎重に考えるように。
一つは素材の調達。最低限の資金援助はするが、それ以上必要ならディアナ自身で工面すること。
わかったかな?」
他にもレナードは条件を付けていく。
ローズベルト商会の名前は使わないこと。
ルナテソットに滞在する間、そこにある別荘を使用する許可は出すが、出店に関しては一切商会は関与しない。
そして、私財を投入することは避けること。
必要なときもあるが、あまり身を削るような商売は、長期的に見て賢い選択とはいえない。
「そして最後に。もしも魔道具を売り出すつもりなら、既存の魔道具のみを扱うこと。
君個人で発明した魔道具は企画の時点で許可を出さないからそのつもりで」
「えっ?!」
あんまりな条件にディアナは思わず声を上げた。そんなディアナの様子に、視線だけは本に落としたままリヴィウスが楽しそうに口を開く。
「それはそれは、なんともハードな条件設定だな。まだまだお子様の後継者には、ちょっとつらいんじゃないか?」
「うるさいわね! 他人事だと思って呑気に本なんか読んじゃって。貴方の契約にも関わることなんだから、もう少し真面目に話を聞きなさいよ!」
「生憎、俺はお前の手足として動くことを約束したのであって、頭脳担当じゃない。考えるのはお前の仕事だ。
どうしてもというのなら、手伝ってやらないこともないが?」
どこまでも上から目線の悪魔に反発心が芽生える。「結構よ」と吐き捨て、ディアナは再度レナードに向き直った。
「もうちょっとどうにかならない?」
「ならない。当然だろう。魔道具の新規開発は、慎重に行う必要がある。魔術師ギルドとの権利の問題や安全性の確認、製品化に至るまでの諸々の手続きに特許の申請。
夢を現実にするというのは、思っている以上に過酷なんだよ」
レナードの正論にぐうの音も出ない。
確かに、実際に金品のやり取りをするのであれば様々な現実的な問題が立ち塞がるのは仕方がないだろう。
だが、ディアナの得意分野を一つ潰され、それで投票一位を取るのはだいぶハードルが高く感じた。
「ローズベルト商会が開発した魔道具のレシピを使用して、君自身が一から作成し売るのは問題ない。同じレシピでも、デザインや付加価値を与えることでまったくの別物にすることも可能だからね。そこは、君の腕の見せ所だ」
精進するように、と笑顔を浮かべレナードは一枚の紙をディアナに手渡す。
そこには今回の出店に使用できる予算が書かれていた。その金額を見て、ディアナは固まる。
……想定より、桁が一つ少ない。
「話は以上だ。祭典まで約三ヶ月。君がこの期間で、得難い経験を積むことを期待しているよ。
——と、さっそく動き出してもらいたいのはやまやまなんだが」
前途多難な課題に頭を抱えているディアナに、追い打ちをかけるかの如くレナードは一枚の手紙を取り出す。
格式高い封書には、見覚えのある封蝋印があった。
「後継者としての課題に取り掛かる前に。
——君には、説得しなければいけない相手がいるよね」
ローズベルト商会、元商会長。
現役を退いた今でも、商会ならびに各分野に多大な影響力を持つ、ディアナの祖父。
「ルドルフ・ローズベルトからディアナへ呼び出しのお手紙だ。
心して行ってきなさい」
前途多難なのは課題だけで結構だ。
次から次へと襲い掛かる荒波に溺れまいと踏ん張りながら、ディアナは手紙を受け取るのだった。




