第46話:最終決戦の地へ
視界が白に染まり、浮遊感が襲う。次に地に足がついたとき、ディアナは広々とした空間に出ていた。
四角い大きな空間はまるで巨人の棺のようだった。独特な模様が描かれた石壁が天井まで続き、頭上もまた同じ石造りの天蓋で塞がれている。
四方には巨大な柱がそびえ立ち、かつては明かりを灯していただろう燭台の名残がそこかしこに見えた。
見たことはないはずだが、何か既視感がある。いったいここは、どこなのだろう。
「ここは……」
背後からヘンリーの驚く声がし、ディアナは振り返る。周囲を見渡しながら、ヘンリーは信じられないものを見たような表情を浮かべ呻いた。
「古代の地下遺跡か? だが、こんな場所の報告はなかったはず」
ヘンリーの言葉にディアナは既視感の正体を知る。
都市の西側に広がる古代文明の遺跡。その雰囲気に、この地下空間はとてもよく似ていた。
「貴様が知らなくて当然だヘンリー。ここはかつて師が誰にも明かさず封印した場所。
あの転移石以外では決して辿り着けない、秘術の舞台だからな」
ようやく戻ってくることができた、とグランは歓喜の声を隠さず足元を見る。
そのときディアナは、ようやく床一面に複雑な召喚陣が描かれているのに気付いた。
どれだけの年月が過ぎようと風化しないようにと深く刻まれた真円と複雑な図式。ディアナには決して読み解けない、魔術の神秘を表す古代文字。
それがなんのためのものか、ディアナにもすぐにわかった。
「これで、ようやく悪魔を我が物にできる——!」
「っそんなの無理よ、悪魔を呼ぶには膨大な魔力が必要なんでしょう? 貴方一人じゃ不可能だわ!」
思わず叫ぶディアナに優越感に浸った視線を向けたグランは、懐に手を入れる。
「魔力ならばここにある」
杖を振る。何もなかった空間が、白く歪んだ。
現れたのは一冊の本だった。白い革張りの、分厚い本。
見るだけでその異様さが誰の目にも伝わってきた。革が脈打っているように感じる。まるで革が、まだ生きているような。
「そんなまさか……魔力は保存することができない。あれだけの量を、魔導書に封じるなんて……」
不可能だ、とぽつりと漏らすヘンリーにグランは「この魔導書は特別なのだ」とその表紙を撫でる。
「複数の魔力が混じってるな。厭な気配だ」
呟くリヴィウスの言葉に、レナードは何かに気付いたように顔を上げる。
「——近年の失踪者は、君の仕業か?」
「ご名答。選別には意外と骨が折れた。魔力が高いが消えても問題のない人物となるとなかなかどうして数が少ない。
そこの小僧も魔力の高さをゴーレムが感知し攫ったようだが……どうやら短剣の力を誤認したらしい。
私としては良い偶然だった」
リックがびくりと後ずさる。彼が攫われた理由がようやくわかった。
魔力を集めるため暗躍していたゴーレムが、短剣の力をリックのものと勘違いしてしまったのだ。
「これだけの魔力量……いったい何人の命に手をかけた」
「さてね。崇高な目的の前では些末なものだ。数えるのすら馬鹿馬鹿しい」
魔力が溢れ出す。命に宿る力が空間を満たし、術式へと流れ込んでいく。
閉鎖された空間だというのに、銀を纏う風が術式を中心に渦巻いていく。顔を覆うディアナの腕をリヴィウスが掴む。
「集まれ。離れていると面倒だ」
一箇所に集まったディアナたちを囲うように、リヴィウスの黒い炎が地を走る。銀の風はその内側へは入ってこず、ただ周囲を抉るように暴れまわった。風に触れた石が砂のように崩れる。
「召喚途中でこれか。結構な大物だな。顕現すると厄介だ」
「どうにか止められないの? この召喚陣を破壊するとか」
刻まれた巨大な召喚陣に目を向ける。深く刻み込まれているが、うまく削り古代文字の一部を消してしまえば召喚は失敗に終わるのではないか。
どうにか近寄れないかと身を乗り出したとき、すぐ目の前を熱線が掠めた。慌てて炎の中に身を戻す。
「余計なことはしないでもらおう」
憎しみを込めた眼差しでグランがディアナを鋭く睨みつける。
卑しい、商人の血めと吐き捨てながら、グランはその視線を今度はレナードへ向けた。
「嫡男を排除したとき、すべて諦めればよかったものを。娘を担ぎ上げ、他所の血を交えてまで商会を繋ごうとするとは。やはり平民は誇りとは無縁らしい」
頭を殴られたような衝撃に、ディアナは沈黙する。周囲の音がすべて消え、まるで時がディアナの周りだけ止まったようだった。
——今、この男は何と言った?




