第44話:反撃の先手
暗闇へと消えていったグランの後姿を目で追い、リヴィウスは小さく罵る。
こんなときに魔力が底をつきかけるとは、やはり契約が不十分の状態で力を使い過ぎたか。
残り少ない魔力を練って器を修復しながら、リヴィウスはどうするかと思案する。
倒そうと思えば倒せる。だがあまり時間をかけてもいられない。ディアナの向かった先にグランが追いつくのも時間の問題だろう。
少しばかり遊びが過ぎたなと相対する巨体を見上げる。
——面倒だ。あまり好きではないが、もう喰らってしまおうか。
冷淡にその瞳を細め、目の前の獲物を見据える。
そのとき、視界の端で何かが動いた。
目の前でゴーレムが大きく体勢を崩す。足元から伸びる巨大な植物の蔓が、鎖のようにゴーレムを拘束し地に縫い留めようとしていた。
力任せに引き千切ろうとするが、蔓は容赦なくゴーレムを締め上げ、呑み込んでいく。
関節がありえない方向へと曲がり、鎧の隙間から伸びた蔓はその装甲を剥がし落としていく。
やがて、鈍い音を立てゴーレムは金属の塊へとなり下がり崩れ落ちた。
「——君は?」
崩れ落ちたゴーレムの陰から戸惑ったような声がリヴィウスへと届く。
困惑と警戒。二つの色を乗せたそれぞれの視線を受けながら、リヴィウスは杖を構えるヘンリーとレナードを見返した。
「自己紹介をしてもいいが、そんな暇がお前たちにあるのか?」
半歩下がり通路の向こうを示す。嫌な風が通路を駆け抜けていった。
「この先にグラン・オルフォードが行った。お前の大事な娘もそこにいる」
レナードの顔色が変わる。道を開けるリヴィウスの横をすり抜け、レナードは通路の先へと駆け出す。それを見送りながら、リヴィウスは背後に残るヘンリーへ視線を向けた。
「聞きたいことがありそうだな」
「そうだな。だが、今はそんな場合じゃない」
「理解してくれていて何よりだ」
意味深に視線を交わした後、ヘンリーは一つ溜息だけ残しレナードの後を追った。
その背を見届け、リヴィウスもまた最後の決戦の場へと駆けた。
◆
ディアナに扮したリヴィウスがグランと共に部屋で舌戦を繰り広げている頃。
本物のディアナは魔術師ギルドの通路をそろそろと進んでいた。
纏ったルナタイトのケープを両手で抑える。
万が一途中で脱げてしまったら一大事だ。決してずれないようにと神経を研ぎ澄ませながら、ディアナは慎重に通路の端を目的の場所へ向かい歩を進めていた。
自分を落ち着かせるように、ディアナはついさっきリヴィウスと作戦を立てたときのことを脳裏に思い出していく。
◆
「いいか。国家魔術師は偽者だ」
潜入する前、魔術師ギルドを遠くから観察しながらリヴィウスが言った言葉に、ディアナは驚いて振り返る。
「偽者? どうしてわかるの?」
「日数が合わない。転移石を使ってもこの都市に国家魔術師が来るのは早すぎる」
「……どうして転移石の位置を知ってるか、聞いてもいいかしら」
「ここ数日、暇な時間はたっぷりあったからな。それくらいの情報収集はしてある」
「貴方、勝手に外を歩き回ってたわけ⁈」
「説教は終わってからにしてくれないか。聞くつもりもないが」
やや話が脱線しかけたものの、大筋の内容はこうだ。
あの結界術の前に配置されていたゴーレムは、おそらくグランの仕業だということ。
あのゴーレムを破壊したため、グランに悪魔の存在が嗅ぎつけられた可能性があること。
グランは悪魔を狙っており、そのためディアナを手中に収めようとローズベルト家へ介入してきたこと。
「どうしてオルフォード卿は悪魔を狙っているのかしら」
「いつの時代だって、魔術師は力を求めるもんだ。それが自分の物だと信じて疑っていないのなら猶更、取り返したくもなるだろう」
迷惑な話だ、と毒づくリヴィウスは心底魔術師が嫌いらしい。
だがそうやって道具同然のように扱われていれば、そう思うのも無理はないとディアナは思った。
「グラン・オルフォードは、おそらくローズベルト商会を周囲から孤立させ、突き崩そうとしているんだろう。配下に国家魔術師なんか騙らせて、ご丁寧に連行しているのがいい証拠だ。
——それを逆手に取る」
意地悪くリヴィウスが笑う。
あまりに普通過ぎて忘れるが、そういうあくどい表情をしているとき、彼はやはり悪魔なのだなとしみじみと思わせてくる。
「俺がお前に扮して時間を稼ぐ。頃合いを見てわざと正体を明かし、ギルド内で暴れる。
そうすればあの魔術師も化けの皮が剥がれるだろう。何かがあるとギルド内の連中に思わせることができれば、あいつも潔白ではいられなくなる」
「それは良い作戦ね。で、その間に私が二人を助け出せばいいのね」
「いや違う。お前はあの結界術を解除しろ」
まさかの言葉にディアナは目を丸くする。
「お父様とリックを助けるんじゃなくて?」
「それじゃ根本的な解決にはならない。最悪、罪を公表され商会は追いつめられる一方だ。そうできないようにしないといけない。
——つまりは、相手にとって最強の手札を得る必要がある」
「最強の手札……」
言われて思い出すのは地下道の乳白色の光だった。ミネルヴァの遺した厳重な結界術に守られた、ゴーレムが守護する転移石。
「ゴーレムに護らせるくらいだ。十中八九、あの先の何かをあの魔術師は狙っている。
それを先にこちらが頂く。
ずっと後手に回っていたが、そろそろ先手を取ってもいい頃だ」
箱は持ってきただろう、と問うリヴィウスにミネルヴァの箱を見せる。
「それは鍵だ。だがただの鍵じゃない。あの言葉を見ただろう? おそらく、最後の鍵は自分で見つける必要がある」
「自分で……」
「俺には無理だ。神聖術に、悪魔は太刀打ちできない。
お前が、やらないといけない」
できるな?
まっすぐにディアナを見つめるリヴィウスを、ディアナもまたまっすぐ見つめ返す。
「できるできないじゃないわ。やるのよ」
「いい返事だ」
◆
第三資料庫へ辿り着く。ディアナがノブを握れば、リヴィウスがあらかじめ魔術を仕込んでいたバングルが光り術式を解除する。
呆気なく開いた扉を潜り、ディアナは奥へと進んだ。あのときのように壁に背を付け、燭台を勢いよく引く。
衝撃でひっくり返らないように足に力を込め、ディアナは切り替わった光景へ目を向けた。明かりのない通路が、延々と闇の向こうへ伸びている。
ごくりと唾を飲み込む。本能的な恐怖が、ディアナの足を竦ませる。ともすれば呑み込まれてしまいそうな心を叱咤して、ディアナは目を閉じ深く息を吸った。
「——しっかりするのよ、ディアナ・ローズベルト。私が、やらなくちゃ」
目を開ける。少しだけ闇に慣れた目は、しっかりと目の前の通路を映し出していた。
箱を抱え直す。ディアナは闇に向かい駆けた。
延々と続くような通路の先、リヴィウスが破壊したゴーレムの残骸がそのときのまま姿を現す。
まさか動き出さないかと恐る恐る視線をやりながら通り過ぎようとしたとき、その横に倒れこむ一つの影を見てディアナは息を呑んだ。
「リック!」
「う……」
フードを外し、駆け寄って肩を揺すれば顔を歪め呻き声を上げる。ところどころ汚れているが、目立った怪我はなさそうだ。呼吸も安定している。
命に別条がないことを悟り安堵の息を漏らすと、うっすらとリックが目を開けた。
「お嬢様……?」
「リック? よかった、気が付いたのね」
「俺……たしか変な人形に襲われて……」
記憶を探るようにぼんやりと言葉を零すリックは、しばらくしてはっと上体を起こす。
「お嬢様! ここは危険です。早く逃げて!」
「落ち着いて。いったいなにがあったの?」
「それが……俺にもよくわからないんです。鍛冶屋に向かおうとしていたら、突然あれのもう少し小さいやつが襲ってきて」
戸惑うようにリックは倒れ伏しているゴーレムの残骸を指さす。
あれの、ということはやはりグランが裏で糸を引いていたのだ。
短剣に悪魔の力が宿っているのを知っていて狙ったのか。競売のときから疑われていたのだろうか。
「ごめんなさい。私が貴方に短剣を預けたから……」
「お嬢様が謝ることじゃありません! それに、短剣を最初から狙ってというわけじゃなかったと思います」
「どういうこと?」
リックの言葉にディアナは眉を寄せる。
困惑するディアナに、リックもどう説明しようか悩んでいる様子だった。
頭をさすりながら、リックは言葉を探す。
「ええっと、あの小さいやつに襲われて、俺は気を失ったんですけど。
気が付いたらここにいて、少ししたらあのギルド長がやってきて。
色々聞かれているうちに、短剣が相手に見つかったんです。そしたら、急に顔色を変えたっていうか。
なんていうか、予想外って感じでした」
「予想外……」
つまり、グランは短剣を持っていたからリックをゴーレムに攫わせたわけではないということだ。
なら何故、リックは狙われたのだろう。
疑問は残るが、まずはやるべきことをやらなければ。頭を振り、ディアナはリックを見つめる。
「とにかく、早くここから離れましょう。歩くことはできる? この通路をまっすぐ進めば資料庫に出るわ。なんとかギルドから脱出して」
「お嬢様は?」
「私は逃げる前にやらなくちゃいけないことがあるの」
ディアナは目の前の結界を見つめる。
それは何も変わりなくそこにあった。オーロラのような乳白色の薄い膜が煌めき、その奥で転移石が光を放つ。
この先に、何があるのか。ミネルヴァは何を隠し、グランは何を求めているのか。
悪魔に関しての決定的な何かなのか。それとも、まったく別のものなのか。
今の段階ではわからないが、ディアナは家族のため、自身の未来のために、この結界を解除し、それを手に入れなければならない。
脇に置いていた箱を手に取ろうとしたそのとき、背後から土を踏む音が聞こえた。




